第3話 サザンの街

 円形の中央広場を挟み、街を南北に貫くように横断する大通りに、並んだ多くの露店から活気溢れる呼び込みの声が飛び交っていた。通りには露店に吸い寄せられるようにして、普段の数倍の人々がごった返していた。

 活気があるのは、年が明けて初めて開催される春の市だからだ。

 このカモフ地方特有の厳しく長い冬を身を寄せ合うように過ごしてきた人々にとって、春になって再開される市は、新しい季節の到来を告げる合図でもあった。

 春、夏、秋の年三回開催される市の中でも、春の市は特に待ち遠しいイベントなのだ。

 十日間に渡って開催される市の間、辺境である街にしては驚くほど多彩な品揃えと、それを目当てにした多くの人で賑わいを見せる。開催期間の間だけでこの街の人口のおよそ十倍の人が訪れるとも言われていた。

 並べられる商品は、この地方特産の岩塩はもちろんのこと、日々の生活に使われる火石ひいし水石みずいしと言われている魔法石。家畜の燻製肉や乳製品、小麦や野菜などの農作物が主に並んでいるが農具や馬具などの道具類もあり、王都から船団を組んで遡上してくる商人が煌びやかな装飾品や海外からの渡来品などで彩りを添えていた。

 アルテミラ王国の辺境に位置するこのカモフ地方は、今でこそ産出される岩塩によって潤っているが、元々は誰からも忘れられたような貧しい土地だった。

 遙かな昔、氷河によって削り取られた雄大なU字型の谷は、その景観の美しさとは裏腹に人々に自然の厳しさを突き付けてきた。枯れた大地は僅かな実りでさえ出し渋り、豊かにエメラルド色の水を湛えたキンガ湖も、岩塩から溶け出した塩分により水の恵みすら与えてくれなかった。

 雪こそ少ないものの、西に聳えるンガマト山脈から吹き下ろす風が、谷の底にしがみつくように暮らす人々に容赦なく吹き付ける。

 そんな厳しい地にあって、それでも人々が営みを重ねていく理由は、この大陸有数の岩塩の採掘坑があるからだ。

 何世代にも渡り掘り進められた岩塩坑は深さ十六階層にも達し、坑道の総延長は数百キロメートルにもおよび、カモフのみならず王国の財政をも支える重要な基盤のひとつとなっていた。

 カモフ各地から採掘される岩塩を集積する中心となっているのが、春の市の開かれている街であり、この街の名をサザンといった。

 岩塩を求めてこの地に集った商人達が、川の中州に柵を築き賊の備えとしたのが始まりだ。

 やがて人が集まり市を形成し開拓村となり、さらに人が集まり町となった。そうして出来上がったのがサザンである。

 柵の名残は現在も残っていて、この国では珍しい城郭都市という形態をとっている。街の周囲を高さ十メートル、厚さ三メートルの城壁がぐるりと覆っていた。

 入り組んだデルタ地帯に造られているため、城壁に加え川が天然の壕となり防御力は極めて高いが、立地上、街の規模はそれほど大きくはない。

 俯瞰から見ると歪な楕円形をした街の直径は、最も広い所でも八百メートル程度しかなく、狭い所では僅か五百メートルだ。その中におよそ一万人を越える住民がひしめき合うように暮らしていた。また城壁の中に入りきれない人々が、おこぼれに与ろうと街の外のデルタ地帯に、点在するように集落を造って暮らし、サザンとその周辺で数万人の人口になる。

 城壁に囲まれた市街に入るためには南北二つの城門か、港が併設している西門しかなく、南北に穿たれた城門を抜けるためには、手前に流れるハスキ川を渡らなければならなかった。

 川幅はそれほど広くはないものの幾筋もの流れに分かれたハスキ川が流れているため、サザンへは幾つもの木製の橋を渡らねばならず、また城壁へと至る直近の橋は跳ね橋となっていた。

 南北にある城門を結ぶように街を横断している通りが、市が開催されている大通りだ。本来の道幅は十五メートルあるが、現在は露店が連なり半分ほどの道幅となっている。南北の大通りは、街の中央にある広場を挟んで北側を北通り、南側を南通りと呼ばれている。

 通りの中心部にある広場は、直径五十メートル程の円形で中央広場と呼ばれ、普段は常設の市場が開かれていた。

 広場からは南北の大通りの他、東西に縦断する幅十メートルの通りがあり、こちらは西に行けば西門に繋がり、東は領主邸へと続いている。この東西の通りは広場を挟んでも呼称は港通りのままだが、十字に交差するふたつの通りはサザンの目抜き通りとなっていた。

 市の露店は、広場を中心に南北の通りに偏っていて港通は、南北通りほど広くないこともあり、港への物流の通りであるため露店は出ていない。広場の東側は領主邸へ繋がるため、そもそも出店は禁じられていた。

 露店の種類も中央広場と南北の通りで性格が異なっている。岩塩を中心にカモフの物産が数多く並ぶ中央広場。アルテミラ各地から商人が買い付けてきた銘品が数多く並び人々の目を楽しませている北通り。普段中央広場に店を出している商人たちが、日用品や食料品を中心に露店を連ねているのが南通りだ。

 もちろん食べ物を振る舞う屋台なども、各通りに万遍なく店を連ね、香ばしい匂いや甘い匂いを辺りに振りまき、人々の鼻孔を刺激していた。

 小さな街で開催されている市ではあるが、辺境と侮れないほどの品揃えと人出を誇っている。そのため広場の端には臨時の衛兵詰め所が設けられ、絶え間なく起こる酔っ払いの喧嘩や掏摸すりなどの犯罪に目を光らせていた。


「こりゃうめぇ!」


 金髪の少年たちは、南通りの南門に近い露店で串焼きを頬張っていた。

 両手に串焼きを手にし、口から肉汁が零れ落ちる事も気にせず、大声で笑いながら左右交互に串焼きを口いっぱいに頬張っている。


「旨そうに食う奴らだな」


「ああ、見てるとこっちも食いたくなってくるぜ」


「何があんなに笑う事があるんだか」


「あれで普通にしてりゃ、言うことなしなんだが・・・・」


 食べ物を提供する露店の並ぶこの辺りは、最も人通りの多い場所のひとつである。そんな中でも大声で騒いでいる少年達は、その喧噪に埋もれることなく目に付いていた。

 人々は彼らの年相応な姿を横目に賑やかに雑談を交わす。だが、やがて話題は各地で囁かれ始めている焦臭きなくさい噂へと変わっていく。


「話は変わるが、王都ではいよいよドーグラス公が、このカモフ遠征に乗り出すっていう噂があちこちで囁かれてたぞ」


「そうなのかい? 最近エンの峠でやり合う事が増えたとは思ってたんだが、そういうことなのかい?」


 身を乗り出すようにしながら囁くように語る行商人。だが、地元ではあまり実感はないようで、話を聞いた街の住民はキョトンとした表情を浮かべていた。


「こっちでそれくらいの認識じゃ、まだ大丈夫かも知れないな? 王都じゃ王家の縁戚だからってドーグラス公の人気が高いから、ちょっとした噂でも尾鰭が付いて広まるからな」


 ドーグラス公とはアルテミラの現王家に連なる傍系のひとつ、ストール家の末裔である。現当主の名をドーグラス・ストールという。

 王家と同じ獅子の紋章を使うことを許されてはいるが、王位継承権は低く王都から遠く離れたゼゼー地方を領している人物た。

 ストール家以外の傍系の家系は全て没落の道を辿ったため、王家を除くと唯一の継承権を持っていた。

 ドーグラスが当主となった後、軍備拡張に政策を転換し野心を隠さなくなっていた。隣接するダフやンバイを手中に収め、今はポーに食指を伸ばしその版図の拡大を続けていた。

 五年前にダフを版図に組み込んだことで、カモフと境界が接することとなり、小競り合いが起こるようになっていたのだ。

 ドーグラスのその権勢は王都にも届くようになり、王都では弱体化する現王家に代わってドーグラスを次期王に推す声も少なからず聞かれるようになっていた。


「本当のところはわかんねぇが、火のないところに煙は立たぬとも言うし、そんな噂が広まるって事は無い話じゃねぇんだろな」


「噂通り王を目指すなら、カモフの塩坑は手に入れておきたいだろうしな」


「となるとこの市もいつまで開かれるかわかんねぇな。そうなる前に家族だけでもどこかに避難させねぇっと、いけねぇ!」


「ん? どうした?」


「あいつ目立ちすぎた! やべぇ奴に目を付けられちまった!」

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