90話 のじゃロリ登場

 その巨大生物が姿を見せた瞬間、今まで立っていた地面はあっけなく崩れた。

 それも当然だ。竜の大きさは目視しただけで体育館レベル。

 洞窟内のワンフロアで収まるようなサイズではない。

 だから地面も天井も砕けて当然なのだ。

 というか地面を突き破って姿を見せたうえで天井も破壊したというのが正しいだろうか。


「おちっ、落ちる!」


 必死にまだかろうじて残っている土色の地面を逃げ回りながら俺は悲鳴を上げた。


『馬鹿め、この場所は現実ではない。夢だと先程自覚したのではなかったか』


 薄紅色の竜に呆れたように言われるが、その声の勢いで吹き飛ばされそうになる。

 

「うわっ」

『だからこの空間では質量など関係ないというのに……女の姿形に惑わされやすいだけあるな』


 全く手間がかかる愚か者よ。よく響き渡る声で竜が溜息を吐く。

 結果生じた突風に対し俺は両手で目をガードした。

 暫くしてから肌で感じる風の勢いが弱まったのを感じ恐る恐る顔から腕をづける。


「は……?」


 俺は思わず間抜けな声を漏らした。


「貴様のような小心者でも、これぐらいか弱き姿なら恐れも大分和らぐだろうよ」


 その尊大な口調は先程まで対峙していた巨竜と同じものだ。

 だがその台詞を発したのは幼い少女だ。俺の腰ぐらいまでの身長しかない。

 桜色の髪に大きな青い瞳。額には瞳と同色の宝石がはめ込まれたサークレット。

 耳があるべき場所からは珊瑚のような角が生えている。

 膝丈のトーガ風ドレスは髪よりも濃い紅色で薔薇の花びらのように見えた。

 台詞と状況から察して、これは竜が俺を気遣って変化してくれたのだと思う。

 確かにこのサイズなら地面を割る心配も踏み潰される心配もしなくていい。

 そのことに礼を言う前に、違う言葉が口から零れる。


「……エレナ?」

『違う、我は叡智の白竜エレクトラじゃ』


 ピンク髪の少女の顔は、俺が散々世話になってきた知の女神に瓜二つだった。

 髪色や年齢での違いはあるが母娘、いや姉妹だと言われれば誰もが納得するに違いない。 


「それはそうであろう。我は知を司る神竜であるからな」 


 知の女神エレナ様と同じ美貌を持つのは当然よ。

 どこか得意げに言われ、俺は素直に頷いた。当たり前のように心を読む所も似ている。


「臆病者だが勘は悪くない。これは褒美じゃ」 


 その台詞と共に俺たちが立っている付近の地面だけ大理石の床に変わる。

 しかしそれ以外の場所は破壊されたままだ。

 だから少し視線を下げれば巨大な地下湖を見ることができた。


「……赤い?」

「我の血が混ざっておるからな」


 竜の少女は何でもないことのように言う。

 湖面の色は血液そのもののぎょっとするような濃い赤ではない。半透明な薄紅である。

 血が薄まった色だと言われるまでは単純に綺麗だと感じた。


「魔王に倒されてやった時にあちらこちらを盛大に切られてな、そこから流れた血で色づいたのじゃ」

「それは……辛かっただろうな」


 思わず口からそんな言葉が漏れる。灰村タクミの死因は刺殺。無意識に刺された個所に手を当てていた。

 巨竜時の姿を考えればその血で湖を赤く染めることは不可能ではないだろう。

 実際そうなっている。

 だが血を流せるからといって流し続けて平気なわけではない。

 多くの血を失えば吐き気と共に体は冷たくなり目の前は暗くなる。

 自分の死因が刺されたことによる失血死だからこそ、目に映る赤色が痛々しく感じた。


「ふん、貴様如きが神竜である我に同情など気安いぞ。」


 そんなことよりも、肝心のものを見ろ。

 細く短い指先で示される個所に言われるがままに視線を移す。


「湖の中央を占める大きな影は我の玉体、そして隅に寄せられ藻のように漂うのが人間どもよ」

「うっ……」


 下の光景に思わず絶句する。

 竜の化身は藻だと例えたが俺には人間の水死体にしか見えない。しかも大量だ。目をそらしたくなった。


「恐れるな軟弱者よ、お前の探し人もあの中にいるのではないのか」

「わかっているよ……」


 神竜エレクトラに叱咤され目を凝らして探す。

 するとある一角にミアンたちの姿を見つけ出すことができた。だからといって安堵は全くない。

 大きな怪我こそないが全員真っ青な顔で目を閉じたまま水の中に浮かんでいるのだ。


「生きて、いるんだよな……?」


 傍らの少女に尋ねる声は自分で思うよりずっと震えていた。


「死んではおらぬ、しかしこのまま引き上げれば死ぬのじゃ」 

「なんでだよ!」


 思わず怒鳴るような声が口から出る。

 捕らわれた仲間たちが想像よりずっと死体めいた様子だったことに、思うよりもパニックになっていたのかもしれない。

 

「やかましい」


 その無礼な行為に対し意外なことに少女は怒らなかった。

 静かに俺を窘めただけだ。


「……ごめん」

「肉体だけ回収しても心は戻らぬ。どいつもこいつも覚めない悪夢に囚われ切っておる」

「覚めない悪夢……」

「不死である我の血が混じった水に浸かっているから飲食の必要がないが、そこから離れたら衰弱して死ぬ」

「そんな……!」


 じゃあどうすればいいのか。地の底を見つめながら嘆く俺を神竜の少女は腕組みをしながら見つめていた。


「あの女魔族の薬は闇の魔力が大量に注ぎ込まれた毒薬、心が壊れ堕ちるまで悪夢に魂を縛り付け続ける」

「魂を……」


 だから肉体だけ救出しても目覚めることはないだろう。

 少女の言葉に深い絶望を感じる。しかしそれは次の瞬間希望に変わった。


「だがその毒を打ち消す方法はある」

「……本当か?」

「うむ。貴様が女魔族の毒にやられ悪夢の世界の住人になった時、その記憶を読んだのよ」


 中々面白い能力を持つ者が仲間にいるではないか。

 そう言いながら叡智の白竜エレクトラは全てを見透かすような瞳で俺をじっと見つめた。


 

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