65話 再会と謝罪
クロノが慕ってくれること自体は嬉しい。
俺は人に懐かれたり好かれるということが余りなかったから。
だが彼女の信頼は認識の誤りの上に成り立っているもので、だからこそ俺は苦しくなった。
かといって既に嫉妬してるなんて言い出す勇気もない。
「……絶対なんて言葉、軽々しく使うな」
「でも、アルヴァさん」
「大体不甲斐ないんだよお前は、そこは俺に嫉妬されるぐらい強くなるとか言ってみろ」
「……はいっ!頑張ります!」
クロノは俺の苦し紛れの説教に嬉しそうに返事をする。
先程まで少女たちに向けていた刃物のように鋭い視線が嘘のようだ。
だが彼女の機嫌が治ったからと言ってそれだけで雰囲気が和やかになる訳はない。
クロノ目当てに寄ってきた娘たちは誰もが暗い顔をして立ち尽くしていた。
さて、どうすればいいだろうか。
クロノが少女たちのフォローに回るとは考えられない。
明るく接しているのはあくまで俺と話しているからだ。彼女たちへの感情が軟化した訳ではない。
寧ろ厳しい追及を再開しかねない。
三度目の正直という言葉もある。もう一度この場から離れることをクロノに促そう。
それでも嫌がられたら少し叱るしかない。
まるで犬の散歩に苦労する飼い主の気分だ。
内心で溜息をついているとショックから立ち直ったらしき少女がこちらを指さして叫んだ。
「わかったわ、あんた……漆黒の剣士様に恋の霊薬を飲ませたわね!」
「は?」
男同士なのに信じられない。何故か頬を赤くしながら少女はこちらを非難してくる。
突然訳のわからないことを言われ俺とクロノは顔を見合わせた。
そしてその様子を見て益々少女の興奮が強くなる。
「え?つまりそういうことなの?」
「女たらしだって噂だけど女だけじゃ物足りなくなってとうとう美少年にまで……」
「薬で惚れさせて毎日奴隷のように……」
キャーと数人の娘たちが同時に高音を発する。こんなの戸惑うしかない。
確かにクロノを奴隷のように扱っていた過去がアルヴァにはある。
だが彼女たちが妄想している奉仕が肉体労働ではないと俺は薄々察していた。
こんな危険人物たちと純真で単純なクロノを関わらせてはいけない。
しかし恋の霊薬とはなんだ。
恐らく惚れ薬の類かと思うが、そんなものが実在するのだろうか。
確かに魔物も魔術も存在する世界ではあるけれども。
「こうしちゃいられないわ、解毒薬を手に入れなきゃ。ギルドに依頼するわよ!」
「ええっ、今月のお小遣いもう使っちゃったわよ」
「それに今街に冒険者が殆どいないってパパが……」
冒険者なら彼女たちの目の前に二人居る。
そう突っ込みたくなったがそれ以上に気になる内容があった。
今街中に冒険者がいないと少女の一人が言いかけていた。それは通常なら有り得ないことだ。
この街はそれなりに大きく栄えている。帰る場所にしている冒険者も多い。
俺たち灰色の鷹団のようにアジトとして一軒家を長期で借り上げているパーティーも少なくない筈だ。
魔物たちが近場に大量出現し、それらの一斉掃討に駆り出されている訳でもない。
ギルドに行った時そんな話は出てこなかったし、何より住民たちの様子が普通過ぎる。
戦闘要員でないとはいえ、近所でそんな危険な事象が発生していれば多少は空気が緊張でひりつく筈だ。
「おい、冒険者が街にいないってどういう……」
「アホ、お前はそういうことベラベラ話すなって言ったろ」
俺が少女の一人に話しかけようとした瞬間、呆れた声と共に小気味のいい音が響く。
「いったぁ!何するのよこの馬鹿アニキ!」
「親父も親父だよ、愚痴を言う相手はせめて口を閉じられる奴にしろっての」
どうやら彼女は背後から後頭部をはたかれたらしい。元気に言い返せるということは威力はそれ程でもないということだ。
それをした人物の声は低いが若々しい。文句の内容から考えると二人は兄妹の関係なのだろう。
「だからって殴ることないでしょ、暴力なんてサイテー!」
「報告書盗み見て優秀な冒険者に手つけようとするお前らよりはマシだよ、人様に迷惑ばかりかけやがって」
「私たちはただ素敵な冒険者様とお近づきになりたいだけよ!誰にも迷惑かけてないわ!」
「あ、凄い迷惑です」
あっさりとクロノが言う。俺はそれに対し無反応を決め込んだ。どうすればいいかわからなかったからだ。
「ほらな、つーか散れ散れ。通行人にも迷惑だ。この迷惑娘たちが」
「何よ!そんなんだから自警団長の息子なのに全然モテないのよ!馬鹿レックス!」
少女の理不尽な罵倒と減らず口に今温泉地にいるツインテールの団員を思い出した。
俺も温泉に浸かって疲れを癒したい。主に精神面での疲労だが。
そんなことを考えている内に突如現れた青年は少女たちを追い払うことに成功したようだった。
大仰に溜息をつくと、くるりとこちらを振り返る。
「悪かったな、あいつら顔が良くて優秀な冒険者を捕まえるのが趣味なんだ」
「……で、戦績はどうなんだ?」
男におどけた調子で言われ、つい性格の悪い返し方をしてしまう。
「実益を兼ねない趣味って感じかな。浮ついた話題で騒ぎたいだけなんだろ」
「妹さんの趣味、すっごく迷惑ですけど」
仏頂面でクロノが言うとレックスと呼ばれた青年は素直に頭を下げた。
「そうだな、二人には迷惑をかけた。特に赤毛のあんたには謝っても謝りたりねえ」
「お、おい……別に彼女の兄貴とはいえそこまですることじゃ」
「いや火猪を体を張って止めてくれた奴がいなきゃ、街は大火事になっていた」
その台詞で俺は彼が火猪退治のときに居合わせた自警団員だということに気づいた。
「別に、俺がしたのは時間稼ぎだけで……」
「その時間が無けりゃ黒髪の坊やが到着する前に死人が出ていたさ。妹はその功績を無視したんだ」
本当に申し訳ない。荒々しい外見の青年はこちらに向かって深々と頭を下げる。
その逞しさと潔さに何故かトマスを連想した。彼はもうこの街にはいないのに。
「そうですよ、それにアルヴァさんが魔物を弱らせてくれたからボクが運良く止めを刺せたんです!」
寧ろ手柄を横取りしてしまって申し訳ありませんでした。そう何故かクロノにまで頭を下げられる。
先程とは違う理由で俺はこの場に居心地の悪さを感じた。
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