第43話 怪力美少女主人公と元悪役

 部屋に入ろうとしてきた人物はクロノだった。

 腕に抱えている荷物を見るに洗濯物を持ってきてくれたらしい。


「えっ、うわっ、ちょっと!」

「えっ? あっ、ごめんなさい!」


 男子トイレで小用中に女性が入って来たような気まずさと驚きで俺は叫んだ。

 クロノは俺の反応に釣られた形で慌てた声を上げる。

 全部脱がなくて良かった。そう思いながら急いで衣服を整える。

 

「アルヴァさん、起きていらっしゃったんですね」


 ノアさんからはまだ眠っていると伺ったんですけど。

 クロノの声には僅かな驚きがまだ滲んでいる。 

 成程、だからノックしなかったのか。寝ている俺を起こさない為に。

 彼女の行動自体には納得できたが、今度はノアの発言に疑問が浮かぶ。


「いやついさっきまで二人で話してたんだけど……」

「そうなんですか? ボクまたからかわれちゃったのかな」


 あの人、親切だけど時々意地悪なんです。そう拗ねたように言うクロノはノアと大分親しい様子に見えた。

 彼との関係を尋ねるなら今じゃないだろうか。

 俺は洗濯物をタンスにしまおうとするクロノに話しかけた。


「あのノアって奴とお前は知り合いなのか?」

「はい、そうです」


 いや知り合いなのは既にわかりきっているだろう。

 自分の質問の下手糞さに内心歯噛みしながら次の台詞を考える。

 知りたいことが多すぎて何から尋ねればいいかがわからなくなってしまっている。

 取り合えず浮かんだことから訊いていこう。俺は再び口を開いた。


「そういえばスライム退治の時、どうしてノアを連れて来たんだ?」


 トサリと軽い音がする。気が付けば俺の服が床に落ちていた。

 そしてクロノも何故か床に頭を擦りつけている。もしかして土下座をしているのか。

 状況が理解できず俺はただ立ち尽くした。


「あの時は本当にごめんなさい、アルヴァさん。ボクはあなたの信頼を裏切るような真似をしました……!」


 そう床を頭突きでへこませる勢いで謝罪する少女に俺は戸惑うしかなかった。


「目が覚めたら真っ先に謝ろうと思っていたのに、つい忘れてしまったこともごめんなさい!」

「いやそれは言わなくていいから」


 続けて言われた台詞に思わず突っ込みを入れる。俺、主人公をこんな性格にしただろうか。

 確かにブラック環境で何年もこき使われていてもメンタルをやられなさそうではあるが。

 いや、逆にその生活が辛すぎて忘れっぽい性格になったのかもしれない。

 クロノはスライム戦の時に補助魔術をかけてくれという俺の指示を拒否した件で詫びているのだろう。

 確かに彼女のバフが無くて辛かったが、あれは俺の頼み方も悪かった。

 追放前のクロノは自分にそういった能力があることなど全く知らなかったのだから。

 取り合えず俺は怒っていないことを伝えることにした。


「あれは仕方ない。お前に頼んだ俺が悪かった」 

「えっ……」


 クロノが急に絶望した表情になる。

 旅行中親を怒らせて置いていかれそうになった時の俺のようだなと思った。

 しかし俺は彼女にそんな真似はしていない筈だ。

 クロノの不安を浮かべた顔を見ているとこちらも不安になってくる。


「いや、本当に謝らなくていいから」

「ごめんなさい、アルヴァさん、もう二度とあなたに逆らいませんから、もう一度だけチャンスを下さい!」


 俺は配下を見捨てようとしている悪役か何かか? 

 彼女の必死さに若干引きながら戸惑う。そして気づいた。

 小説内でアルヴァがクロノの追放を宣言した際、クロノがアルヴァに懇願したのと同じ台詞だ。


 自分が無能だと思い込まされていた主人公が見捨てられたくなくて必死に土下座するシーンが頭に浮かんだ。

 そしてそれをつまらなそうな顔で見下し、頭を踏みつけるアルヴァの冷酷な姿も。

 大人が必死に謝る子供を痛めつけている。なんて吐き気がする光景だろう。俺は自分の口元を手で覆った。

 何だろう、寒気が止まらない。なのに自分が汗をかいてるのがわかった。


 そのまま沈黙していると、クロノが恐る恐るといった様子で顔を上げた。

 何故か驚いた表情をして急に駆け寄ってくる。

  

「アルヴァさん、ごめんなさい!」


 新たな謝罪の言葉とともに体が浮く。

 クロノの細腕に抱き上げられたのだと気づくのに十秒かかった。


「大怪我をして、起きたばっかりなのにずっと立ち話なんてさせてしまって……」


 今すぐベッドに運びますね。そう言い俺を抱えながらクロノは堂々と室内を歩いた。

 自分より頭一つ分は小さい少女に軽々と運ばれて頭が混乱する。

 よくわからないまま再び寝台に寝かせられた俺はクロノに優しく布団をかけられた。


「後で幾らでも叱られますから、今は休むことに専念してください」


 傷は治して貰ったけど、体力はまだ回復しきっていないみたいですから。

 そう真っ直ぐな瞳で気遣われ、自分が女の子だったらときめいているだろうなと思った。

 というかクロノ、今の段階で既に俺より筋力がある気がする。

 ほっそりした体のどこに大人の男を余裕で抱えて持ち運べる力が存在するのか。

 少し考えて無意識に己にバフをかけているのではないかという結論にいたる。

 無意識というのが問題なのだ。クロノに自らの能力についてちゃんと説明しなければ。

 俺は寝かしつけようとしてくる彼女の手を取って、その行動を止めた。

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