第31話 燃やせ良い女
「死にかけたぐらいであっさり死のうとしてるんじゃねえ!お前は死んで御仕舞いでもあの馬鹿親はガキの死を何十年も抱えて生きていくんだぞ!!」
スライムの中のマルコに向かって吠える。言っている最中から、己へのブーメランがグサグサと刺さってくる。
生きることを諦めたとは微妙に違うけれど。あの時の俺が死に急いだのは事実で本心だ。
電話越しに聞く母からの淡々とした言葉が辛かった。平然と居場所を失くされて、子供の頃大切だった物も焼かれた。
俺の事が嫌いで憎くてそうした訳じゃないことに、きっと一番ダメージを受けた。
ただ、いらないだけ。俺は家を捨てて逃げたようなものだけれど追われもしなかったのは必要なかったから。
薄々と察していた事実を、当たり前のように告げられて気分がどん底になった。
でも俺が置いていかなければ小説ノートは焼かれなかった。大事だった癖に守ることもしなかった。
愛されていないことを自覚して悟ったふりをしながら、無意識に母親に甘えていたのだ。
俺の部屋が無くなったと知らされた時、実家に自分の居場所を作り続けたかったエゴに気づいて恥ずかしくなった。
俺の部屋がそのまま存在し続けていることが、俺が彼女に息子であることを肯定してもらっていることなんじゃないかなって。
なんでそんなこと考えて生きなきゃいけなかったんだろう。別にそんなこと考えてないけど。考えていないふりをしたけど。
母親の事も実家の事も全部忘れたつもりで生きていて、でもそんなの全部嘘だったからあんなことで絶望する程ショックを受けたんだ。
ずっと前に家を出て帰ってこない無能な息子と同居している優秀で可愛い甥。そろそろ自室が欲しいと言われたなら部屋位やるだろう。
長く使ってない部屋なんだ。今後俺が使う予定もなかった。放置ゴミを処分することに俺の許可も必要ない。
だったら電話なんてしてこなきゃ良かったのに。そうしたら俺は自分の虚しさから目をそらしてひとりぼっちで生きて行けたのに。
あの時俺は急に寂しくなってしまったんだ。
だから自分の人生に存在価値を作りたくて死んだ。でもこの子供は、俺じゃない。生きるべきだ。
俺だってもう、昔の俺じゃない。
「お前は生きろ!!そしてこのデカブツは絶対殺す!!」
そう叫びながら剣で斬りかかる。スライムの透明な拳を必死で避けて次の斬撃に移る。
体が、いや灰村タクミの意識が攻撃に慣れてきている。するのもされるのも。
これはいいリハビリにはなっているのかもしれない。
スライムコーチが体罰しまくってくるけど俺も殺意マシマシだから仕方ないか。
こいつを倒せたら冒険者として生きていく自信がつく気がする。向うは弄んでいるつもりだろうが俺は命の取り合いだと思っている。
腕が痛い、ついでに腰も。まばたきを我慢しているせいで目が痛い。何故か喉も痛いし鼻も痛い。背中も腹も腿も痛い。
戦うって、こんなにきついことなのか。でも途中で終わりになんて出来ない。少なくともこの勝負は逃げ出せない。
繰り返す。ひたすら繰り返す。体力が尽きるまで。いやもう既に尽きそうなんだけど。
しかしおかしい。単身で全力攻撃を繰り返しているとはいえここまで疲労するものなのか。
昼から夕方まで戦い続けても平気だったのに。俺だけでない、他の連中も。
いつも通りならあんな雑魚に返り討ちなんて遭わなかった。
そうだ、全部あいつがいなくなってからだ。どうして。
「 」
頭にいいのを食らいかけて、意識が刹那飛んでいた。いや混乱したというべきか。
ぎりぎりで避けたと思ったのに、掠っていたようだ。
デカい石で殴られるに等しい攻撃。綺麗にヒットしていたら頭蓋骨が割れていた。
骨は砕けなかったが皮膚は切れたらしく頬が生温さにひりひりとぬるついてくる。
しかし巨大スライム強いな。物理攻撃に耐性ありまくりだし、攻撃は超鈍器だ。しかも体のどこからでも出せる。
もし死んで転生できるならスライムにでもなるか。でも俺だとプチっと潰される雑魚で終わるか。
「いや俺はもう死なねぇけど!!」
吠えて剣を叩きつける。
気が付いたらマルコは人魚の涙を口に咥えていた。よし、と無意識に声が出た。。
けれどこれは俺の声が少年に聞こえていたということで。
つまり自警団の連中の聞くに堪えない発言についても、この当事者の子供は。
「本当馬鹿犬だなお前は、だからスライムは剣で斬れ……あっちい!!」」
呆れたような野次が途中から悲鳴に変わる。
その悲鳴はとても聞き慣れたものだ。自分も何度か出したことがある。
「……どいつもこいつもうるっさいのよ、全然集中できやしないったら」
「……ミアン」
「いいザマねアルヴァ、やっぱりあんたは私の助けがないと駄目じゃない」
女王ぶった笑みを浮かべているその顔は蒼白だ。けれど彼女の周りには小さな炎が幾つも浮かんでいる。
クロノのかけた魔力封印の蓋をミアンがその高いヒールで蹴り壊したことを俺は理解した。
彼女が指定した一時間より大分早い。その紫の瞳は苦痛に潤んでいる。
それでも誇り高く笑って傲慢に振舞う。
そういう女なのだ、ミアン・クローベルという女魔術師は。
「何をやっているのカスども。私に喉を焼かれたくなかったら、さっさとあの人の盾になりにいきなさいな」
それとも二度とお喋りが出来ないようになりたい?
冷徹な王妃のように微笑むミアンに自警団の連中は震え上がった。
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