序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた
砂礫レキ@無能な癒し手発売中
1章
第1話 さよなら、何もない人生(2022/05/28加筆)
「悪いけど、アンタの部屋もう無いからね」
数年ぶりにかかってきた母からの電話。
ろくな挨拶も無しにそう切り出され俺、灰村タクミは一瞬呼吸するのを忘れた。
こちらの返事など必要としていないのか母は携帯電話の向こうで喋り続ける。
そうだ、こういう人だった。懐かしさと失望を同時に覚えた。
「アッくん、今年から中学でしょ。一人部屋欲しいって言ってたから」
「アッくん?」
「嫌ねえ、自分の甥っ子のことも忘れちゃったの。本当に薄情な子だこと!」
呆れと罵倒が入り混じった大声。受話器の向こうの彼女がどんな表情をしているかさえわかる。
確かに俺は薄情だ。実家にだって十年以上ろくに帰っていない。いや、十五年以上か。
「どうせ孫の顔も見せられないんだから、もっと甥を可愛がりなさいよ」
こういうことを言われるから帰りたくなくなるのだ。
口にすれば何十倍にもなって返ってくるから、そうだねと相槌を打っておいた。
甥について考える。弟が二十歳の時に出来た子供だ。直接会ったことは無いが、ベビー服を着てにっこりと笑う写真は覚えていた。
弟夫妻から一度だけ年賀状が来たのは数年前のことだと思ったのに。
「中学生になるのか。早いなあ」
弟夫婦が実家で暮らし始めてもう十年以上になるのか。
あの時の赤ん坊が既に小学校を卒業していたなんて。お祝いを贈り忘れていたな。
甥に対する申し訳なさと社会人として己の情けなさを感じながら俺は道の隅に立ち尽くしていた。
自分と同じように仕事帰りの大人たちが並木道を行き交いしている。
邪魔にならないようビルの壁に背をつけた。パトカーのサイレンがやけに多く聞こえる。週末の夜だからだろうか。
「本当にタカシを産んでおいて良かったわ。アンタ一人だけなら孫なんて絶対見られなかった」
「それは……ごめん」
「いいのよ、アンタにはずっと前から期待してないから。だって無駄でしょ」
「……そうだね」
もう、三十五歳になる。子供も妻もいない。今は正社員ですらない。
高校卒業と同時に就職を理由に家を出て、その時のままずっと一人でいる。
ぼんやりと働いて、働き続けている。夢も目標もない。あった気もするが忘れてしまった。
「そうよ。でも本当孫にはお金がかかって困るわ。だからアンタの部屋のガラクタ売ったから。仕方ないわよね」
「……別に、いいよ」
母の言葉に傷つきながらも、置きっぱなしにしておいた自分が悪いと諦める。
あの日、生活に必要なものだけ家を出る時に持っていった。
実家に置いたきりにしていたのは子供の頃夢中になった玩具や模型や本の数々。
大切だった筈なのに、どうしてもあの家に長居してまで取りに行く勇気が出ないまま。可哀想なことをしてしまった。
「大したお金にもならなかったけどね。売れなかったゴミは畑で燃やしといたから」
古い小説とか何冊もあった手書きの変なノートとか。
そう億劫そうに告げる母親の声に、自分が家を出た理由を思い出す。
部屋の机の奥、隠していた自作小説を持ち出され馬鹿にされた。
小説家になるという夢を。母と弟に笑われた。
だからあの家にいられないと思った。
でもそれもずっと昔の話だ。母は変わらないが自分は変わった。
昔あれ程夢中になって書いていた作品のタイトルさえ思い出せない。
「あっそうだアンタ、アッくんの中学祝い。書留でもいいから送りなさいよ!」
昔から気が利かないんだから。そう呆れたように言う母にわかったと告げる。
「あの子はね、本当頭がいいのよ。私立はお金がかかるけど仕方ないわね」
「へぇ、私立に行けたんだ」
「そうよ、私もお金を出してあげたの。運動も出来るし良い学校を出て良い会社に入って貰わなきゃ」
可愛い孫にアンタみたいにはなって欲しくないのよ。
その言葉を最後に通話が切れる。
途端、耳に都会の音が入り始めた。仕事帰りの夜道でも、この街は明るい。
実家と違って選り好みしなければ働き先だって困らない。それでも俺は正社員になれていないけれど。
「そうだね母さん、俺みたいにはなって欲しくないよね」
俺だってこうはなりたくなかった。立派な大人になりたかった。
でも毎日生きていけるからそれでいいんだって思い込んで生きていたんだ。貴女の声を聞くまでは。
やっぱり俺は失敗作なんだね。
ビルの壁から背中を離す。家には帰らなきゃいけない。帰って少し寝て、また働かなきゃいけない。
そんな暮らしをきっと体がまともに動かなくなるまで繰り返すだけの人生だ。
「……生まれ変わりたいなあ」
ぽつりと弱音が口から零れる。
「なら、手伝ってやるよ」
そんな応え(いらえ)が聞こえたと思ったら下腹に重い衝撃が走った。
最初は殴られたのかと思った。でもそっちの方がずっと良かった。
俺の体から棒が生えている。違う、これはナイフの柄だ。俺は刺されたのだ。
そういえば昼休み、ネットニュースで通り魔が逃走中だと騒がれていた。
職場の近くだなと思って、それきり忘れた。だから駄目なのか俺は。
なんだか無性に腹が立って同時に何もかもがどうでもよくなった。
だから俺は自分を刺した人間を強く抱きしめたのだ。
「なっ?!離れろよ、死ね!」
「……死ぬよ、死ぬけど」
通り魔が腕の中でもがいて俺の体にナイフが深く入り込む。
それでも簡単に振りほどけないように、きつく抱きしめる。
周囲から悲鳴がやっと聞こえ始めた。
俺の死体がしがみついたままの状態でこいつが捕まればいいと思った。
誰れかが、俺を、褒めてくれればいいと願った。
そうだ、思い出した。俺が本当になりたかったのは小説家じゃなくて。
自分の書いた英雄譚の主人公に、なりたかったんだ。
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