第2話 魔王、黒歴史を作る
さてさて、瀬良家の日常を堪能してもらったところで本日は入学式である。
真新しいブレザーに身を包み、初めての通学路を歩く。先ほどまで醜態を晒していた両親も娘の晴れ舞台に相応しいビジネススーツをきっちりと着こなしており、まるで私をエスコートするよう横に並んでいた。
まさに紳士淑女たる佇まい。さすが名俳優たち。化けるのが上手い。普段は両親を鬱陶しく思っている私でも、この時ばかりは誇らしく思ってしまうというもんだ。
桜で染まる校門を跨いだ後、両親とは一旦別れる。私は教室、彼らは体育館だ。
「真央ちゃん。ママたちと離れ離れになっちゃうからって、泣かないでね」
「私は幼稚園児か」
でも懐かしいなぁ。初めて幼稚園に預けられた時、子供っぽく振舞うために周りの幼児を真似て号泣したっけ。もう十年も前の話か。
って、そんな思い出に浸ってる場合じゃない。
まずは早いとこ同志を見つけたい。が、教室から体育館へ移動する途中や、体育館に集まる新入生を見回してもそれらしき人物は見当たらなかった。まあ同志を見つける方法なんていくらでもある。今は普通に新入生として新しい学校生活に胸を弾ませるだけだ。
入学式はつつがなく終わり、新入生は保護者とともに各教室へと移動する。
必要な書類を提出して担任から軽い挨拶があった後、保護者は解散。子供だけが残った教室で待ち受けていたのは、恒例の自己紹介だった。
予想通りの流れに、私は細く微笑んだ。
では、ここでおさらいだ。私には今、二つの懸念事項がある。
一つは今後寄ってくるであろう男どもを遠ざけたいこと。
もう一つは顔も知らない同志とどのようにコンタクトを取るか。
この二つをいっぺんに解決する秘策があるのだ。それがこの自己紹介である。
五十音順に男女分け隔てなく並んでいる机。瀬良の『せ』なので、私の席は教室のほぼど真ん中だ。
順番が来た私は立ち上がり、全クラスメイトの前で堂々と宣言した。
「
どうだ、某有名ライトノベルをオマージュした自己紹介だ! 痛々しかっただろ!
さて、みんなの反応は……。
「「「「「…………」」」」」
見回してみると、誰も彼もがバカみたいに大口を開けて唖然としていた。
みんなドン引きしているな? よしよし、良い反応だ。
「以上!」
満足した私は、得意げに鼻を鳴らして着席した。
一瞬の静寂があった後、我に返った担任が戸惑いながらも次の生徒へと促した。
上出来だ。これでみんな、私が痛々しい子だと認識したに違いない。
いくら私が絶世の美少女だろうと、自分を魔王だと宣う女と交際したい男はいないだろう。つまり一つ目の懸念はこれで解決した。
さらに噂にでもなってくれれば、他のクラスにいるかもしれない同志の耳にも届くはず。《魔王》という単語を聞きつけ、向こうから話しかけてくるのを座して待てばいいだけだ。
完璧な作戦。一つの行動で二つの利を得る、まさに一石二鳥の体現。
いやぁ、怖いね。自分の才能が怖い。こんな秘策を思いつけるのは……私、だけ……。
…………。…………。
ヤ、ヤバい。今になってめっちゃ恥ずかしくなってきた。な、なんだコレなんだコレ、顔から火が出てるんじゃないかってくらいほっぺが熱いんだけど! えっ、ヤバいヤバいマジでヤバい! 羞恥心が私の自尊心を抉っていくぅ。ああああ穴があったら入りたい、この場から消え去ってしまいたい! 死にたい死にたい死にたいうわああああああああああ!!!!
その後も他のクラスメイトの自己紹介やら担任の業務連絡等があったらしいのだが、両手で顔を覆い隠して羞恥に悶える私の耳には何一つ入ってこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます