前を向くきっかけ(IF)

 行為が終わって、お互い疲労感を感じながらベットに転がる。裸のまま空気にさらされるのが、今になるとなんだか肌寒くてシーツを手繰り寄せた。そんな僕を見てか、ミケちゃんが笑う。


「なに、どうかした?」

「いえ、ただ……幸せだなあ、って思って」


 その言葉に、思わず眉を顰めたくなった。彼にとって、これが幸せであるはずがないからだ。

 僕は警察官で、彼はまだ大学生だ。そんな僕と彼の今現在の関係は、おそらくセフレである。お互いリスキーで、そしてお互いの時間を奪っている。この行為のどこが幸せなのか、僕には見当もつかなかった。


「ねえ、千蔭さん。もしもの話なんですけど」


 僕の考えて居ることなんて露とも知らないのだろう。彼は、穏やかな表情のまま続けた。


「千蔭さんが捜査一課長で、俺がそのバディで、それ以外も信頼できる仲間が一課に居て、みたいな。俺たちに、そんな未来があったら、どうですか?」

「そりゃあ、良い場所だなあと思うけど」

「ですよね!とても──とても素敵なことだと思うんです」


 そういう彼の目は、ここではないどこか遠くを見ていて、ただのセフレのはずなのに、どうしてかその目が気にくわなかった。


「じゃあ、現実にしちゃえば?」

「え?」

「だから、バディ。僕が捜査一課に戻って、君も捜査一課に入れば、実現可能だよ」


 僕の提案にミケちゃんは目を丸くした。こちらも見ているミケちゃんがなにか言う前にベッドから降りる。


「さて、じゃあ僕はシャワー浴びてくるから」


 背後から届くミケちゃんの声をBGMに、ベッド下に散らばった衣服を適当に回収しながら浴室へ向かう。洗面所の扉を閉めれば声はずいぶんと聞き取り辛くなった。


 きっと、彼は僕のところまでこれるだろう。でも、本人に今のところそれがない。だから、正直諦めていたんだけれど。


 浴室に入って、シャワーの蛇口を捻ってシャワーを浴びる。体の表面の諸々が流れていくのが分かった。


 でも、彼がそれに憧れを持っているならば、話は別だ。彼は有能で、手元に置けるものなら是非おきたい。それに、きっと彼なら、僕の行動理念を理解してくれるだろうと言う、なぞの確信があった。


シャワーをとめて、水を吸った髪を絞る。きっと今頃、彼は一人で悶々と考え込んでいるのだろう。その様を思うと、小さく笑みが零れた。


 戻ったら、彼はどんな表情を見せるだろう。慌てたままか、それとも既に覚悟をきめたそれか。


 体のけだるさなんて気にならないほど、それが楽しみだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る