5_夏めく日差し、その影で
三宅猫が目覚めてから一週間が経った今日。
「犯人は現場に戻る……なんて、そんな都合が良ければいいんだけど」
僕は、三宅猫発見現場、つまり最新の犯行現場に来ていた。何かを調べに来た訳では無い。現場は鑑識が既に調べ尽くしている。
ここに来たのは、自分の思考を整理するためだった。
あの時感じた埃臭さが消え去ったその場所を、ぐるりと見渡す。
まず、今回の事件について。連続絞殺殺人事件と名づけられたこれらは、共通点が二つあった。
一つ目、被害者は男女に関わらず必ず強姦されてから絞殺されていること。
二つ目、被害者の傍に必ず新聞などの切り抜きで作られた名前の書いてある紙が落ちていること。
これらの情報から、犯人はおそらく男性で、かつ何か独特な思想を持っているのではないか、という推察がされている。
次に、今までの被害者について。
一人目、十代の中学生男子。あまり周囲と交流の無いタイプだったそうで、中々足取りが掴めずにいた。
二人目、二十代後半の女性。都内に勤めるOLで、今度は逆に交友関係が広く、かつ性格に難ありだったようで容疑者が一気に増えてしまい、狭めることに苦労した。
三人目、二十代前半の女性で、美大生。社交的で明るい女性だったそうで、逆に容疑者が中々見つからなかった。
そして最後に、三宅猫。二十代前半の男性で、警察学校生。唯一の生存者でありながら、事件のショックにより記憶を失っており捜査は困窮している。
最後に容疑者について。容疑者は今のところ三名。全員アリバイがなく、そして全員確固たる動機も見当たらない。
一人目、植田学。二七歳男性で、IT企業のプログラマー兼デザイナー。体格が良く、犯行も可能そうに見えた。犯行推定時刻は悉く一人自宅に居たと答えている。一人目の被害者である中学生男子と交友のある数少ない人間の中で、唯一アリバイが無かったため容疑者となった。
二人目、青木英樹、三二歳男性。平々凡々、という言葉がよく似合う、どこにでも居るようなサラリーマンだった。僕が直接事情聴取を行った相手でもある。体格もごくごく普通な成人男性のそれで、犯行は出来なくは無いだろう。二人目の被害者である女性の上司だが、珍しいことに彼女と折り合いが悪いというような証言は全く出てて来なかった。
三人目、小林直樹、二一歳男性。三人目の被害者と同じ美大に所属していて、被害者とも交友があったらしい。同じ学校の生徒から、三人目の被害者の女性に対して好意を抱いていたという情報があった点と、細身ながら武道経験があるという点がやや怪しいか。
捜査本部では、今のところ全ての容疑者が全て等しく怪しいと見ているため、三名とも同じように調べている。
けど、僕は──
ふ、と思考の渦から意識が浮上したのは、音がきっかけだった。上……一階から響いている。意味もなくそちらを見上げれば、またこつ、と音が響いた。足音だ。……誰か居る?
警戒して、足音を殺して階段を上がる。音からして上にいるのは一人。おそらくこちらには気づいてない。
もう数段で一階に出るあたりで、勢い良く地上に躍り出た。素早く視線を巡らせて、音の主を探れば、そこには。
「あ、あれ? 烏宗田さん……ですよね?」
そこに居たのは、被害者である三宅くんだった。なぜ、と疑問が浮かぶ。彼は病院にいるはずでは?
「……びっくりしたよ、三宅くん、どうしてここに?」
すぐに警戒を解いて疑問を投げる。
「外出許可が出たんで、何か思い出せないかなって思って、あちこち歩いてたんです」
「へえ」
相槌を打ってから、心中に残る疑問を口にする。
「よく、ここがわかったね?」
「新聞とか雑誌とか、あとネットも使って調べて来ました」
「……すごいね」
なんでもないことのように答えられたそれに、最近の子の情報収集能力は高いなあと感心してしまう。それからすぐに、感心してる場合じゃないだろと自分を叱った。
「ていうか、こんなところ来ちゃだめだよ? いくらもう規制線がないからって、ここが、人気がなくて危ない場所ってことに変わりはないんだから」
やや声色に厳しさを乗せて伝えれば、彼ははっとしてからすぐ申し訳なさそうな顔になった。
「あっ……そうですよね、すいません」
「分かってくれたらいいんだ。ここには、何で来たの?」
「電車と、あとバスで来ました」
頭の中に周辺の地図を展開する。このあたりは交通の便が悪く、バス停までだってそれなりに距離があったはずだ。脳内で暫し検討。
「そしたら……病院か、それか病院の最寄り駅まで送って行くよ」
出した結論はそれだった。慌てた様子で断ろうとする三宅くんに対して、重ねて言う。
「もしこれで君をそのまま返して、また何かに巻き込まれちゃったら僕が叱られちゃうんだ。だから、僕のためと思って、ね?」
そこまで言えば、彼はやや腑に落ちないような顔をしながらも了承してくれた。
「パーキングに車停めてるんだ。ちょっと歩くよ」
「はい」
今度は物わかりの良い返事が返って来たことに対して安心しながら、彼を伴ってパーキングに向かう。
「元気なのはいいことだけど。君、病み上がりみたいなものなんだから、色々、気をつけてね?」
「そう、ですよね……すいません、ご迷惑かけて」
「それは大丈夫だよ。どのみち、もうすぐ本部に戻ろうかと思ってたところだから。方向も一緒だし、大した手間にはならないよ」
それでもなお何か言おうとする三宅くんを遮って「ほら、見えてきたよ」と少し先のパーキングを指した。
「さっきも言ったけど、僕のためと思って。君を送っていくのが、大した手間じゃないっていうのも本当だしね」
「……分かり、ました」
僕に迷惑がかかっていることに対して負い目があるな、と踏んでそう重ねても、彼はやはり不服そうに頷くばかりだった。頑固だなあ、と思わず苦笑する。
「……なんですか?」
「いや? 頑固な子だなあと思って」
目敏く気づいた彼に向かって正直に答えれば、三宅くんはむっとして、拗ねたような顔になった。
「俺、もう子、なんて表現される歳じゃないですよ」
その返しに、また思わず笑いが出る。そういう言い方をするところに子供っぽさを感じるんだ、と指摘するのは流石に酷だろうと思ったから、別の理由を口にした。
「ごめんごめん。でも、僕みたいなおじさんからすると、君はまだまだ子供だよ」
「え、おじさんって……そういえば、烏宗田さんっていくつなんですか?」
「さあ、いくつだと思う? ……っと、ほら、着いたよ」
そうはぐらかしながらも、彼を助手席に促す。僕も運転席に腰掛けてから、エンジンをかけた。
「シートベルトつけた?」
「えっと……はい、つけました」
「よし、じゃあ出発するよ」
確認を済ませてからアクセルを踏む。動き出した車の中は、しばらく会話がないままだった。
「それにしても、なんで俺だったんでしょうね」
「うん?」
唐突に振られた話題が、一瞬なんのことか分からなかった。
「……ああ、被害者が、って話?」
僕の確認に対して彼は同意を返してから、「だって」と続ける。
「今までの被害者って、女性二人と、男子中学生でしたよね?」
「そうだねえ」
「女性二人は言わずもがな、男子中学生だって細身な子だったみたいですし、なんて言うか……言っちゃ悪いけど、どうにか力で抑えこめそうじゃないですか」
やはりこれも自力で調べたのだろうか。よく一人でそこまで調べたなと内心で舌を巻きながら同意を返す。
「でも俺は、確かにしっかりした体ではないですけど成人男性で、なんで狙われたんだろうな、って」
「それは、確かにそうだね」
実際、それは本部でも度々疑問視されていることだった。どうして彼は、成人男性であるにも関わらず狙われたのか。まだその謎は、解明していない。
「あと、なんて言うか……俺、すごい普通じゃないですか。顔が良いわけでもないし、珍しいのなんて『猫』って名前ぐらいで」
それを言われて、思わず黙りこんでしまった。
「ていうか、息子に猫って字の名前与えた親は何考えてたんだ、とかちょっと思ったんですけど」
そう続ける三宅くんの言うことを話半分で聞きながら、内心で自問する。
なぜこんな単純な方法に気づかなかったんだろう、と。
「……烏宗田さん? どうか、しました?」
気遣わしげな声色でそう問われて、自問から抜ける。
「ああ、ごめん。ちょっと……気づいたことが、あってね」
「気づいたこと?」
言ってから、失敗したなと思った。もし今考えていることを彼に伝えれば、彼は僕に同行したがると思ったからだ。
「捜査に関することで、ちょっとね」
お茶を濁すと、彼がまたむっとするのが気配で分かった。
「捜査って、俺が被害にあった事件について、ですよね」
回答を返さずにいれば、三宅くんはそれを肯定と取ったらしい。続けて彼が口を開いた。
「じゃあ俺も関係者だ。教えてください」
予想通りの反応だった。だから僕の返答も早かった。
「そういう訳にはいかないよ。君は確かに関係者だけど、被害者だ。そんな君を、捜査の現場なんて危険な場所に連れて行くわけにはいかない」
「でも」
「もうすぐ駅だよ。降りる準備は良い?」
なお言い募ろうとする彼の言葉を遮ってそう促す。彼が押し黙った。諦めてくれたのだろうか。けれど彼が動く気配もなかった。
車が駅に着く。昇降場に車を停めた。
「ほら、着いたよ」
言いつつ彼の方を見て驚いた。彼の表情が、今まで見たことがないようなそれだったから。
「分かりました、降ります。でも降りたらすぐにタクシー捕まえて追いかけます」
僕が呆然としている間も、彼は続けた。
「俺を自分から連れて行くか、俺が勝手について行くか。目に届く範囲に俺を置くか置かないか、選んでください」
彼は、覚悟を決めた顔をしていた。
それを見て僕は、これを折るのは無理だな、と思った。
「……分かったよ」
「じゃあ」
渋々の同意に対して、前のめりになってそう言った彼を遮って「ただし」と続ける。
「どんな時でも僕より前に出ないこと、良い?」
そう条件を出せば、彼はすぐに「もちろんです」と頷いた。
「まったくもう……しょうがない子だなあ」
「……だから俺は」
「子供じゃないって? 分かってるよ」
言いながら、車を発進させる。
……あんな顔、子供にはできっこないもんね。
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