2_それだって、結局のところ日常である。

 いつもより少し豪華な日替わりは、いつも通り旨かった。いつも通り二人で並んで蕎麦をすすって、支払いを済ませてから席を立つ。


「ご馳走様でした」

「ご馳走様ー、また来るね」

「はい、また元気な姿を見せてね」


 ばいばい、と控えめに手を降って見送ってくれる婆さんに俺は会釈で、千蔭さんは婆さんと同じように小さく手を振って返した。


「しっかし、夕方からは会議かあ。皆と一緒に居られないの、寂しいなあ」

「はいはい、そう言って貰えて光栄ですよ。大人しく仕事してきてくださいね、千蔭さん」

「そりゃあもちろん。それこそみんなのためにもなるしね」


 軽口を叩き合いながらもすっかり歩き慣れた、蕎麦屋から署に向かう道を歩く。そんなときだった。

 ふと、会話の合間で「やめてください」と、女性の小さな声がした。

 

 思わず立ち止まって、音の聞こえた方向を見る。聞こえた音に従って向けた視線の先、近所の人たちもあまり使わないような細い路地があった。

 少し歩いてから俺が立ち止まったことに気づいた千蔭さんが、数歩先で俺を見て不思議そうに首を傾げて、問う。


「ミケちゃん、どうかした?」

「今、そこの路地から女性の声がして」


 視線は路地に留めたまま答える。路地の奥は、この場所からでは影になって見えない。


「女性の? 僕には聞こえなかったけどなあ」

「念の為、見てきていいすか」

「まあ、ミケちゃんが言うならね。時間の余裕も……まあ無くは無いし、ちょっと行ってみようか」

「ありがとうございます」


 千蔭さんからの許可は出た。慎重に路地に近づいて、そっと路地の奥を覗き見る。

 そこでは、大学生くらいの若い女性二人が複数人の男達に囲まれていた。目線だけで男の人数を数える。一、二、……合わせて五人か。近くに来たことによってよりはっきりと聞こえる会話から察するに、恐喝まがいのナンパをしているようだ。

 そこまで確認してから千蔭さんにも視線を向ける。千蔭さんは、いつもよりも少しだけ険しい顔つきで路地の奥を見ていた。


「……できるなら、穏便に済ませたいよね」

「ですね」


 視線はそのまま、千蔭さんが言う。いつもよりも密やかなその声に合わせて、こちらも声量を落として答えた。


「とりあえず僕が説得してみるから、ミケちゃんは保護お願い」

「うす、なんかあったら俺が前出ます」

「えー……」


 俺が前に出ることに渋る千蔭さんに、「千蔭さん」と名前を読んで許しを請う。


「もう、分かった。頼んだよ」


 少しして、俺の希望は承認された。

 短いやり取りだったが、俺がするべきことは分かっていた。

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