私を連れ去って①
6月の終わり。少女は一人、海を眺める。
潮の香りと波の音が心地よい。少女は靴を脱ぎ海沿いを歩いた。砂に着いた足跡は波に攫われ消えていく。
少女は思う。私も波に攫われ、この広い海の一部になれたらどれだけいいだろう。水平線に沈みゆく夕陽を見ながら、独り涙を流した。
本格的に夏らしい気温になった、7月初旬。朱音はいつもの休日通り、だがしやなとりへ足を運んでいた。
「こんにちは」
朱音は入口の扉を開け挨拶をする。店内にはお菓子を真剣に選ぶ子供とレジに一人の男性がいた。いつもと同じように店の中から挨拶が返って来る。しかしその声は、店主、
「いらっしゃいませ」
「
「今日はいないですね。ここ最近は特に店を空ける事が多くて」
「そうなんだ。私もしばらく会ってない気がするよ」
ここ数週間、景は店を空けることが多かった。業務の殆どを真に任せ、景は別の仕事をしていたのだ。
「名取さん、探し物で忙しいのかな?」
「さあ? でも、俺が駆り出されてるってことはそうなんじゃないかな」
「真くんは何か聞いてないの?」
「聞いたんですけど、答えてくれないんですよ」
朱音は、景がいない事に少し落胆の表情を見せた。その表情を見ていた真は、朱音に対して話を振った。
「朱音さん、名取さんのこと好きすぎませんか?」
「そ、そんなことないわよ!」
「いやいや、見てれば分かりますよ。まあ、朱音さんもいい年だし、そろそろ結婚相手欲しいですよね。あっ、だったら名取さんに頼んでみたらどうですか? 私の恋人候補を探してくださいって」
「あのね、年上をからかわないでくれるかな。私、貴方より5つは年上よ」
朱音と真は歳こそ離れているが、お互い、働き始めた時期、通い始めた時期が同じだった為、直ぐに打ち解け、軽口を叩けるほどの仲になっていた。
「まこと兄ちゃん! これください!」
「はいよ。50円だな」
お菓子を選び終えた子供がレジで会計をする。子供はポケットから出したお金を見ながら呟いた。
「あれ? 5円足りない……」
「ったく。しゃーねぇな。ほら、おまけだ45円でいいぞ」
「マジで! ありがとう! さすが、まこと兄ちゃんだぜ!」
そういうと子供は駆け足でお店を出て行った。
「いいの? 勝手にそんなことして?」
「別にいいの。あの子はどうせまた来るから」
そういうと真は自分の財布を取り出し、足りない5円を補った。
「貴方、あの子たちに甘すぎない?」
「なんだかんだ慕ってくれるからな、嬉しいんだよ」
「私なんておばさん呼ばわりされるのよ!」
「子供たちからしたら、それくらいに見えるんですよ。きっと」
朱音はショックを受けた。確かに、普段から外見に特別気を使ってるわけではないが、それでもそこまで老けてないと思っている。
「私……老けて見えるのかな……」
「ちょっとそんなに落ち込まないで下さいよ! 朱音さんは十分若いですって、そりゃ女子高生とか女子大生と比べたら多少老けてるかもしれないですけど」
「真くん、全くフォローしてないわよ」
「と、とにかく! 朱音さんは綺麗な方ですよ。所詮、子供言う事ですからあまり気にしなくてもいいですって」
朱音と真は容姿についての話をヒートアップさせていた。店内には他に客はなく、二人の声だけが響く。そんな中、カランと小気味のいい音が二人の耳に届いた。
「いらっしゃいませ」
二人は話を中断し、真は挨拶をする。そこにいたのは、学校の制服を着ている、小麦色に焼けた肌が健康的な女子高生だった。
「あ、あの……店長の名取さんはいらっしゃいますでしょうか……」
どうやら来客は景に対してのようだ。
「すみません。今、店長は不在でして」
「そ、そうですか。あの、いつ頃戻りますか?」
「少しお待ちいただけますか? 連絡して聞いてみます」
そういうと真は暖簾の奥へと姿を消した。
朱音は少女と二人きりになり、少し気まずい沈黙が流れた。少女には元気がなく暗い印象を持ったからだ。見た目とは対照的にと言ってもいいくらいに。
しばらくして、真が戻って来た。
「名取さん、直ぐには戻れなそうです。急ぎの要件であれば代わり聞いてくれって言われましたけど、どうしますか?」
少女は少し考え込む。ほどなくしてと閉じた口が開かれた。
「い、いえ……大丈夫です。急ぎでは、ないので……。ごめんなさい。失礼します」
少女は言い終わると、二人に背中を向け去ろうとする。その姿があまりにも哀愁を帯びたものであった為に、思わず朱音は呼び止めていた。
「待って!」
少女は振り返る。依然、表情は暗い様に感じた。むしろ、暗さを増しているとさえも感じる。
「あの、なにか?」
「悩み事があるならお姉さんたちが聞くわよ。急ぎじゃなくても、名取さんに話しておくことは出来るから。ねえ真くん?」
「まあ、そうですね。君さえ良ければ、聞かせてくれないかな?」
「え? えっと……」
少女は少し悩んだ末に、だがしやなとりへ来た目的を話し始めた。
「悩みというか、お願いがあって。ここの店長さんは探し物は何でも見つけてくれるって噂で聞いて」
噂。景の裏の仕事については、基本口外しない事を依頼者に約束しているが、それでも相手が人である以上広まってしまう。しかしそれは、一部都市伝説のような扱いとされていた。東京郊外のどこかに何でも見つけてくれる駄菓子屋があるのだと。
「実は友達を捜して欲しいんです」
「人捜し……」
朱音は以前、景と共に受けた
「実は、一か月前に友達が行方不明になって……」
行方不明。ここ数ヶ月、立て続けに行方不明者が出ているニュースを朱音は見ていた。話を聞く朱音の横で、真は紙に内容を書き起こしていた。
「私、水泳部で友達も同じ部活なんですけど、よく海に行ってたんです」
「海? 一か月前だとまだ海開きしてないんじゃ?」
「はい。泳いでいたわけじゃなくて、海沿いを歩いただけです。それで、二人でいたんですけど、私が飲み物を買いに少し離れて戻ると
「しょうこ?」
「あ、はい。友達の名前です……。靴と靴下だけ砂浜に残ってて、姿がなくて。私……探した、んですけどっ、見つがぁ、らなくて……」
少女は堪えていた涙を流し始めた。
突然消えた友達を捜して欲しい。朱音と真の考えは一致していた。これは急ぎの依頼だと。
「俺、名取さんにもう一回電話してきます!」
「わかった。私はこの子の話をもう少し聞いてみる!」
再び、真は暖簾の奥へと姿を消す。
「えっと、それじゃあ。まず、貴方の名前を聞いてもいいかな?」
「私、
良心から依頼を取り継ごうと考えた朱音と真。しかしこの時の二人には、この依頼の結末が悲しく、醜く、恐ろしいことなど知る由もなかった……。
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