第6話 『上を目指す』

『しかしお主、本当に召喚魔術を使えぬのか?』


 ダンジョンから脱出すべく上層を目指す俺に、ウンディーネが半信半疑な様子で問いかけてきた。


「ああ、本当だ」


 ちょうどこの階層もあらかた魔物を片付けたあとだ。

 休憩がてら、彼女に俺の現状を説明を見せてやってもいいだろう。


「よし、ここならいいだろう」


 俺は少し広い場所を見つけると、真ん中に立った。


「いくぞ……いでよ《ドラゴン》」


 頭の中で術式を組み立て、即座に魔術を発動。


 ――ぷすん。


 俺の目の前で間抜けな音が鳴った。


 もちろんドラゴンなんて出現しない。

 術式発動時に生じる小さな衝撃波が、俺とウンディーネの身体をわずかに揺すっただけだ。


「……な?」


『マジなのじゃな……』


 興味津々で俺の様子を見守っていたウンディーネが、ドン引きした様子で呟く。


「君を召喚するまで、ずっとこうだった。おかげで、『へっぴり虫』と言われたよ」


「むう……そのあだ名はともかくとして、確かにこの程度の衝撃波では、魔物どころかウサギも狩れるか怪しいところじゃのう」


「一応、爆心地にいれば人ひとり木っ端みじんにできるくらいは殺傷力あるけどな……」


 とはいえ、攻撃魔術に転用するのは難しいだろう。

 召喚魔術の術式は複雑で、発動まで数秒のラグがある。


 罠として運用することはできなくはないだろうが、魔物の動きを予測して直撃させるのはあまり現実的とはいえない。


 しかも、魔物は人間と比べはるかに強靭だし、生命力も高いからな。

 多少手足がもげても襲いかかってくるし。


 一応、冒険者になりたてのころはどうにか使えないかとあれこれ試行錯誤したのだが……結果は無残なものだった。


「ちなみにだけど、君を召喚した手順でも、『ドラゴン』にあたる幻獣は召喚されなかったよ」


『当然じゃ。あやつ……竜王は現世うつしよにおるからの』


「現世にいるとダメなのか?」


『当然じゃ。呼び出す家におらぬのに、呼ばれて出てくるわけがなかろう?』


「それはそうか」


 だが、それで納得した。


 実は、すでに一通り俺が呼び出せるはずの魔獣は試したのだが……結局、召喚できたのは術式『スライム』で応じた彼女だけだったからだ。


「となると、ほとんどの幻獣たちは幻獣界以外の場所にいるということなのか?」


『現世以外の異界に出かけているものもおれば、術士に呼ばれたとしても召喚に応じぬ者もおるぞ。じゃが、それらは少数じゃ。お主が今後召喚術士として身を立ててゆくつもりならば、まずは現世に散らばった幻獣たちを探すことから始めることになるかのう』


「なるほど」


 それはそれで楽しそうではある。

 ウンディーネの対価とも合致するしな。


 もっとも、まずはこのダンジョンを脱出する必要があるが……


『お主が現世の運用方法で召喚魔術を使えぬのはよく分かったのじゃ。じゃが、これからは我をの『力』を存分に使い倒すがよいぞ』


「ああ、そうさせてもらうよ」


 俺は言いながら、『力』を発動させてみる。


 今、俺の頭上にふわりと浮かんだ水球がウンディーネの力そのものだ。


 この水球に魔力を送り、あるいはため込み、力を行使する。


 具体的な力は、《水槍》《水見》《水壁》それと自己再生能力。

 《水壁》というのは、水球を薄い膜状に引き延ばして攻撃をはじいたり、力を吸収するようなものらしいが……今のところ、使う機会がないな。


 というのも、


「――《水槍》」


 バスッ! バスバスッ!


『ギッ!?』『ギギィッ!?』


 水球が、背後から忍び寄っていた腐れ大ネズミどもの眉間を撃ち抜く。

 振り返れば、魔物たちはちょうど魔力の粒子となり消えゆくところだった。


「この、《水見》は便利だな。死角がない」


 おかげで、敵から攻撃を受ける機会がない。

 これが、地味にうれしい。


 なんたって荷物持ち時代は、戦闘になってもバレットたちが非戦闘職の俺を積極的に守ることはなかったし、それどころかゲインのヤツなんかは索敵が面倒だからと俺を先に歩かせて罠除けに使ってみたりとろくな目に合わなかったからな。


 ……思い出したらムカついてきた。

 ここを出られたら、アイツら全員、一発ずつぶん殴ってやる。


『うむ、お見事。水の動きを察知するこの『力』の前で、姿を隠すことなどできぬのじゃ。それこそ、土の中でもじゃな!』


 おお……ウンディーネ、すごいドヤ顔だな。

 まあ、それだけのことはあるが。


 と、そういえば。


 俺はとある疑問を思いつく。


「なあ、ウンディーネ。さっきみたいに俺は君の力を使えるようになったが、君はどうなんだ? さっきから俺が戦っている側でずっと見守っているように見えるんだが」


『何を当然の話をするのじゃ。そもそも我の本体はお主の体内にあるのじゃぞ。今お主の前にいる我は、ただの水の像じゃ。戦う力なんぞあるわけがなかろう。そも、召喚術士が直接戦わずして、なんとするのじゃ』


 それが常識ですが何か? みたいな顔をするウンディーネ。


「いや、俺ら召喚術士は魔獣を使役するから別に身体は強くないぞ?」


『なんじゃと……魔獣を召喚するのはよいとしても、現世の召喚術士はそこまで弱体化しておったとは……まあ、お主は我という魂が憑依しておる以上は、自己再生能力があるからのう。そうそう滅多なことでは死ぬことはあるまいて』


「そんな機会、二度とごめんだけどな……」


 もう一度魔物に食い殺されかけたからな。

 あんな目にはもう遭いたくない。


「さて、雑談もこれくらいにしよう。あと数階層上れば地上だ」


『うむ!』


 ひととおり力を確認した俺たちは、地上へと進んでゆくのだった。

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