第11話 ありがとう、谷崎さん
朝も昼も放課後も谷崎千は優しい表情で微笑む。
次のお茶会のことを女学生たちを囲んでにこやかに話す。
どれもこれも何もかも、咲奈は一切入ることはない。
咲奈が恋焦がれた谷崎千などどこにもいなかったし、たとえ嘘で昼間にそんな千が存在したとしても、咲奈などもう見てはくれない。
いや、あの時本を拾ってくれたことも彼女の中では消え失せていることだろう。
「谷崎さん・・・私を見てはくれないのね。いつも。」
すると千が咲奈の方を振り返って微笑んだ。そして手をあげて振っているではないか。
「谷崎さ・・・きゃっ!!」
千に手を振り返そうとした時、咲奈は後から来た少女に押しのけられた。
「千さん、遅れてしまってごめんなさい! 私もお話の中に入っていいかしら?」
「待っていたのよ、芥川さん。」
そう、千は咲奈など見てはいない。
後ろから来た芥川そらを見ていて微笑んでいたのだ。
ぶつかってきたそらも咲奈など見えていない。
千を見て走って来たのだ。
「・・・誰にも見てもらえない三島咲奈。」
千はそらの肩を撫でるように触る。
そらは少し顔を赤らめながら、千に微笑みかえした。
咲奈は震えながら呟く。
「芥川さん、そんなに嘘の谷崎さんの気持ちで触られて嬉しいの? 私は違う。きっと貴女とは違う。私の方が谷崎さんに・・・。」
目をかけてもらえている。
そう思いたいが実際は、嫌われている方が正しいだろう。
そらは相変わらず、千と笑顔で話している。
千は時折、彼女を撫でるように触っては余所行きの高い声で話しかける。
それをじっと見ながら咲奈は思うのだ。
知っている?
谷崎さんの爪って長くてきれいな形なの。
知っている?
谷崎さんの手って冷たいの。
知っている?
谷崎さんの本当の声って低いの。
知っている?
谷崎さんの本当の性格ってね・・・。
「何も知らないくせに。」
ただ、全てを知っていたとしても。
咲奈は千には見てもらえない。
千には不要な人間。
邪魔な人間。
記憶に残らない人間。
それが三島咲奈。
「私にはきっと川端先輩しかいない。川端先輩だけが、私を見てくれるから。谷崎さんのことをまだ想っていたとしても、私は先輩を通して谷崎を見ることでしょう。もうそんなことなんてしないけれど。」
咲奈は机の中にあった薔薇の封の招待状を鞄にしまうと、凰華のいる温室に向かったのだった。
「んっ・・・あ・・・。」
薔薇の温室。
咲奈は凰華に貪られる。
最近、凰華は激しく咲奈を求めるようになっていた。
なぜかは、分かるようで分からない。
もしかしたら、あの人の存在かもしれない。最近、坂口先輩が・・・。
そうは思ったものの、咲奈は詮索することをやめた。
人の心配など無用。
咲奈も凰華の行為を全て受け入れては喘ぐ。
彼女の欲を掻き立てるように。
すると、そそられたのか凰華は更に激しく咲奈に食らいつく。
激しく胸も触られるし、下腹部も激しく。
そんな時、咲奈は思い出してしまうのだ。
谷崎千を。
あれほど、消してしまいたい存在。
千にとっても自分は消してしまいたい存在だろう。
愛する意味などあるのか。
もう、そんな感情意味がないのに。
「あっ・・・はぁ・・・もっと・・・もっと・・・谷崎さんっ!!」
全てが達する瞬間に咲奈はそう叫ぶ。
先ほどまで激しく掻き立てられていた凰華の手が止まる。
そこで、咲奈は自分の愚行に気づいて震え出した。
だが、凰華は怒ることなどなく微笑むとこう言った。
「咲奈からそう呼ばれるのは久しぶりね。また私を通して谷崎さんを見ちゃったのかしら?」
「あ、その・・・ごめんなさい。」
凰華は、咲奈の口から漏れる唾液を指で拭うと彼女の頭を撫でる。
「いいの。元々そういう約束だったし。私は咲奈とどんなことをしてでも一緒にいたいから、いいの。」
「ごめんなさい。」
「謝らないで。それでも、私は・・・あら? なぁに? この綺麗な封筒。」
凰華の目線の先を追うと、咲奈の倒れた鞄から薔薇の封筒が覗いていた。
「誰かからお茶会に招待されたの?」
凰華がその封筒を拾おうとするが、咲奈は慌ててそれを奪うと鞄の奥底にしまった。
「い、いえ。これは・・・ただ家に手紙を書こうと思って買っただけです。」
「そうなの? これ、でも高価だったでしょう? きっとご家族は貴女にとってとても大切な存在なのでしょうね。」
「高価・・・?」
「あら? 知らずに買ったのね。咲奈らしいわ。それ海外の文具のブランドものよ。日本でも限られた店舗しか置いていないわ。だから貴女が大切な人に送るために買ったのかなって思っただけよ。」
「大切な人・・・そうなのでしょうか・・・私には分かりません。」
「変なことを言う子ね。まぁいいわ。また、遊びましょうね、咲奈。」
凰華を見送った後、咲奈は服を整える。
そして招待状を抱きしめた。
「どうして、いつも谷崎さんは私の気持ちを乱すの? これも貴女の計算なの? だとしたら谷崎さん、貴女は有能な主催者よ。谷崎さん、何故貴女はそこまでお茶会にこだわるの?」
深夜24時。
薔薇の温室。
「谷崎さん、今日は何をするの? 何をされるの?」
今日はキャンディ。
可もなく不可もなく。
まるで自分のようだと咲奈は自嘲した。
「今日は何もしない。するとしたら話をするだけ。」
「え・・・どういうこと?」
「そのままの意味よ。私はもう一度、冷静に貴女を問い詰めようと思って。それによって対応も変わってくるし。」
「対応・・・じゃあ、もうこれは!」
「違う、貴女のことじゃなくて私のことよ。どうすれば川端先輩のお茶会に参加できるか参考にしたいという意味。」
「・・・分かったわ。なんでも聞いて・・・話すから。」
そう、やはり三島咲奈は谷崎千にとって。
咲奈はぎゅっと拳を握る。
期待など無用だ。
悲しさが増すだけ。
「どうして川端先輩のお茶会に行くことができたの? 何をしたの?」
「それは・・・その、川端先輩に言われたの。その・・・先輩と関係を持つならば来てもいいって。」
「何故、あの川端先輩がそんなことを? 貴女と何の接点があったというの?」
本当のことは咲奈は言えなかった。
そんなこと言ったら終わりだから。
そう思って何とか誤魔化す。
「私が・・・みんなから無視されていて、泣いてたの。それを見られて、先輩は優しい方だから。お茶会に誘ってくれたの。でも、そういうのってタダじゃないでしょ? だからよ。多分、私は川端先輩のはけ口になったんだと思う。」
ちらりと千を見ると、嫌悪の目で見られていた。
そんな目では見られても咲奈は嬉しくなかった。
「じゃあ、何? 私が進んで先輩のはけ口になると言えば参加できるっていうこと?」
「ダメよ!!」
「何故?」
「そ、それは・・・その。きっと、川端先輩は酷く私を抱くから、谷崎さんには・・・。」
「私では役不足ということなの?」
「違う、違うの・・・違う。でも、これ以上は追求しないで。」
それを聞いて千は、苛立っていたようだがこれ以上追求することはなかったし怒鳴ることもしなかった。
それは機嫌が良かったからかもしれない。
次回のお茶会は白百合の間より良い部屋が確保できたと昼間の会話を咲奈は聞いていた。
谷崎千にとってお茶会が全て。
それ以外は不必要。
「どうぞ?」
「お菓子?」
千は焼き菓子を差し出す。
「私に? 何故?」
「賞味期限が近いものなんてお茶会に出せるわけがないから。処理して。」
これには多分それ以上もそれ以下の意味はないだろうと咲奈は思った。
それだけで咲奈は充分、悲しかったし嬉しかった。
そんな思いが交錯したせいか、咲奈は千に尋ねていた。
「谷崎さん、これだけ聞かせて。」
「何・・・質問によっては・・・。」
「気に障ったら、私に今から何をしても構わない。だから、一つだけ聞かせて。」
あまりにも咲奈が真剣な顔で言うものだから千は珍しく拒否はしなかった。
「あの・・・谷崎さん、私と初めて話した時のこと覚えている?」
「初めて話した?」
「そう、昔よ。谷崎さんが、私を助けてくれた時のこと。」
「助ける・・・?」
千は顔を顰めながら、暫く黙り込む。
やはり覚えていない。
誰にも見てもらえない三島咲奈。
期待などしてはいけない。
咲奈が目に涙を溜めていると、千は口を開く。
「もしかしてあの時のことを言っているの? 私が貴女の踏まれた本を拾ってあげた時のこと?」
咲奈は目を見開き両手を握り合わせる。震えながら。
そして、声も震わせながら千に尋ねた。
「覚えていてくれたの・・・谷崎さん。」
「私、人のことはちゃんと見ているし、覚えているの。だってお茶会に人を呼ぶにはそういうことを利用して・・・何・・・三島さん? 何を泣いているの?」
咲奈の溜めていたはずの涙は、堪えきれず流れ落ちる。
とめどなく。
とめどなく。
ちゃんと見ている。
谷崎千は、三島咲奈を。
覚えている。
谷崎千は、三島咲奈を。
お茶会に呼ぶために見ている。
特別な薔薇の招待状をもって。
三島咲奈は呼ばれている。
谷崎千の真夜中のお茶会に。
例えそれが歪んでいたものとしても。
「ありがとう・・・谷崎さん、ありがとう・・・。」
「何を泣いているの? 三島さん、何を言っているの? 気持ち悪い。」
「谷崎さん、ありがとう・・・お願い、私を・・・。」
もっと見て。
三島咲奈もまた、谷崎千同様歪んでいる。
深夜24時のお茶会、それは歪んだ気持ちが行き交う場。
お互いの嘘のない本当の気持ちが行き交う場。
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