パラレル・ガーデン
神崎司
第1話 ジークムントの殺戮人形
全てを記録していたいと思う
それが役目だから だけじゃなくて
歴史に名を残した者も 誰にも知られず死んでいった者も
結局はみんな独りなのだから
―――――――――――――――――――――――――
探している。
誰かを探している。
自分が何者か忘れてしまっても、誰かを探している。
ナハトは、少し息を乱しながら、山の中腹へと続く道を上っていた。この先には約三千年前に造られた遺跡があるはずだ。昔はきちんと整備されていただろう道も、今では草が所々に生えているデコボコ道だ。しかし、観光地でもないのに道が消えていないということは、ここを使っている誰かがいるということでもある。それが恐らく、ナハトの探している人間だ。
果たしてナハトは道の途中で、若い男二人組に出会った。それぞれが、遺跡には似つかわしくない、弓と剣を帯びている。
「なんだ? お前は」
二人組の片方が言った。僅かな警戒心が混じっているが、そこまでの緊張感はなかった。ナハトは、中性的で穏やかそう、と言われる自分の容姿に感謝することが多い。相手に警戒されると、仕事がやりにくいからだ。
「道に迷ってしまったみたいです。良かったら水と食料を分けてもらえませんか?」
そう言うと、二人組は顔を見合わせて、ナハトについてくるようにと促した。まだ大人になりきっていないせいか、取り敢えず、危険はないと思われたらしい。
辿り着いた遺跡は、石で造られた柱や水路がよく残っていた。大量の湧き水があり、今でも水路には水が通っている。調べていた通りだ。
昔ここでは、水を使った
遺跡の周囲は町になっていて、神託目当てで訪れる人達の休息所にもなっていたという。
(懐かしいな)
家らしき建物の残骸を見ながら、ナハトは
二人組はナハトを町の奥の神殿まで連れて行った。そこにはまだ屋根が残っており、多少の雨風は
「ここを見つけるとは運がいいな、坊主。
そんなわけでナハトは、焚き火に掛けられていた焼き魚を分けてもらえた。相手に接近する理由が欲しかっただけで腹は減っていないのだが、魚に罪はないので頂くことにする。
「神殿で焚き火なんてして大丈夫なんですか?」
「燃える
神殿を建てた過去の人物は大層嘆きそうだが、ナハトにはどうすることもできないし、下手に刺激すると仕事に悪影響が出かねない。魚を食べ終わると、ナハトはさっそく切り出した。
「この辺りの街で、貴族や裕福な商人を狙って金品を盗む、
「知ってるも何も、聞いて驚け、俺達がその義賊“クローネ”さ!」
リーダーらしき男が、
「政府は俺達へ移民から税金を搾り取るくせに、貴族や商人からは
自分達のしていることは正しい、といわんばかりだった。民衆の間では、そういった輩に人気があるとナハトも知っているが、れっきとした犯罪である。
「……そうですか、良かったです。ご自身で認めて頂けて」
ナハトは立ち上がると、呪文を唱え始めた。
「〈流れる水よ、全てを大地に帰したまえ〉」
「何を言って……」
呪文を理解できなかった若い男は、突然謎の言葉を喋りだしたナハトを笑った。しかし、その顔はすぐに驚愕の表情へと変貌した。
周りの水路から水が溢れ出し、彼らを押し流していく。
「魔法使いか……!」
誰かが叫んだが、水が引いた時はもう、ほぼ全員がその場に留まっておらず、散り散りになって倒れていた。
「こんなものか。やっぱり水属性の魔法は殺傷力が低いなあ」
ナハトは目の前の惨状を見やって、のんびりと言った。
「俺達がお前に何をしたっていうんだ! 親切にしてやったじゃねえか!」
リーダーらしき男が叫ぶ。しかし、個人の事情というものは、大きな事情の前では大抵が無視されるものだ。
「申し遅れました」
ナハトは丁寧に頭を下げた。その拍子に、首から下げていた身分証が、服の中から滑り落ちた。黒い革紐に繋がれたそれは、名前が書かれた銀の板の端に青い雫型の石が三個付いており、揺れるとシャラリと音が鳴る。
「ジークムント所属の魔法使い、ナハト=フェアトラークといいます。フォルクバルドの法の下、他人の財産を不当な手段で奪う者に、死をもって償いを」
リーダーらしき男は、やや落ち着きを取り戻していた。
「……すげぇな、最初から独りで俺達を皆殺しにする気だったのか」
「はい。お仲間と一緒に溺死できなくて、残念でしたね。ここから先は苦しいだけでなく、痛いですよ」
その言葉は、男を一瞬で
「くそがあああぁあ!」
腰に下げていた剣を引き抜くと、ナハトへと斬りかかる。ナハトはそれを軽々と跳んで避けると、乾いている柱の上へと着地した。見下ろすと、床では何人かが起き上がろうとしている。この人数を一度で始末するのは無理だろうとは予想していたし、実際そうだった。
「“親切”って、
そして詠唱を始める。
「〈天より
上空から青い
「これくらいでいいかな」
神殿を水浸しにして通電性を良くしてから、雷属性の魔法を使ったのだ。逃げられた者がいるとは思えない。自分の魔法に有利な状況に持ち込むことは、基本中の基本だ。ナハトは雷属性の魔法がそんなに得意ではないが、これを食らって生きている人間はまずいないだろう。
ナハトは柱から降りた。
「後はどうしよう……」
その時、背後からふらふらと、別の男が剣を持って近付いて来ていた。
「皆の
ナハトは一瞬、攻撃をただ避けるか、魔法で防ぐか迷った。瀕死の人間の一撃など、大した脅威ではない。
〈最後まで気を抜くなって言ってるだろ〉
気が付くと、目の前に緑色の薄い半円状のバリアが張られていた。男の剣は、バリアに阻まれている。
「ハティ、ごめん……」
ナハトは、オレンジ色の狼のような姿をした
〈出て来たついでに、もう一仕事するか〉
ハティと呼ばれたファミリアは、自らの周りに風の輪を発生させた。
〈地獄で金でも数えてろ〉
すでに瀕死だった男は、最後にその首を風に切断され、完全に事切れた。
ナハトは、十人ほどの遺体を、神殿から引き
「……手紙だね」
濡れた上に、雷を受けた封筒は、多少焦げてはいたが、まだ原形を保っていた。
〈どうでもいいだろ、そんなの〉
ハティは空中に浮かびながら、呆れた調子で言った。
「でも、王冠をかたどった蜜蝋は、王室の許可なしに使っちゃいけないんだよ。
……あれ、
〈捨てちまったんだろ?〉
ハティの言葉を無視して、ナハトは中を確かめるように、封筒を大きく開いた。
「……次の満月の日、正午、ホールンダーの森」
なんということはない。封筒の中に書いてあった。水で滲んで、読み辛くはなっていたが。
〈――子供が考え付きそうな隠し方だな〉
ハティがげんなりしていた。わざわざ封筒の奥まで確かめるなんて億劫だと思っていたのだろう。この使い魔は結構面倒くさがりなのを、ナハトもそれなりの期間一緒にいるので知っている。
「でも確かに、犯人の特定には苦労したんだよね。盗まれた金品を売り
そして考え込んだ。
「もっと大きな、組織ぐるみの犯行なのかな……」
その後ナハトは、全員の遺体を遺跡の近くの地面に埋めた。埋葬が終わると、そこらに咲いていた白い花を一輪ずつ、土の上に置いていく。
「この人達が安らかに眠れますように……」
〈いつも思うけど、お前の中で、罪人を自分で殺して、埋葬して、
「ハティは変なこと気にするね」
ナハトにとっては、ごく自然な行為なのだが、この相棒とは、どうにも合わない時がある。
〈……だから、
ハティが小さな声で言った。ナハトはその言葉に返事するかか迷ったが、思い付かなかったので、結局聞かなかったことにした。
「ユリアさんへのお土産もできたし、帰ろうか」
努めて明るい声で言い、ゆっくりと歩き出す。
「正しいことだけしてれば、誰にも咎められないのにね」
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