君と刻む永久の砂時計

尾松傘

第1話 君と出会うまで

 私は生まれつき「砂時計」が見えた。


 人の頭上に浮かぶ砂時計。砂の量は人によって違う。

 全ての人に砂時計が見えるわけではない。私が触れた人の頭上に、砂時計が現れるのだ。たった一度でも触れれば砂時計はずっとその人の頭上に残る。

 

 幼い頃は砂時計が自分だけに見えることが分からず、両親の頭の上を指差して「なにそれ?」と仕切りに尋ねたらしい。両親は幽霊でも見えているのではないかと心配したようだ。

 物心ついた頃には、私は砂時計を見る力は自分だけが持つ特別なものだと理解した。そして両親や友達に不審がられないように、それを隠すようになった。


 砂時計の意味を知ったのは8才の頃だ。

 尤もそれ以前から、予測は出来ていたが、祖父の死によって確信を持った。


 砂時計は寿命を示していた。


 会うたびに砂が少なくなり、体が弱っていく祖父に、私は幼いながらに不安を覚えた。砂が全て落ち切る瞬間を見るのが怖くて、私は「おじいちゃんには行きたくない」と泣いて駄々をこねた。

 自分が祖父の命を削っているのではないかと私は考えたのだ。だから自分が会わなければ、死ぬことはないのではないかと、そう考えたのだ。

 しかし、私の抵抗も虚しく祖父は死んだ。死の瞬間は見ていなかったが、最後に会った時の砂の量を考えるに、砂が落ち切って死んだのだろう。

 棺の中から顔だけを覗かせた祖父の頭上には、もう砂時計は見当たらなかった。


 砂時計の意味を理解した私は、同時に受け入れ難い真実に向き合わざるを得なくなった。


 私の寿命は他人ひとより短かった。


 一緒に遊ぶクラスメイトの砂時計には、どれもたっぷりと砂が詰まっていた。

 一方で、鏡に映る私の砂時計には一掴みほどしか砂が入っておらず、砂時計と呼ぶにはあまりにお粗末であった。


 私は、自分の砂を増やそうと健康に気を遣った。

 早寝早起きをし、好き嫌いをなくし、人一倍運動した。その甲斐あってか、徒競走では誰にも負けないほど足が早くなり、地元のサッカークラブでは主将も務めた。

 しかし、それでも砂は増えることはなかった。

 少しずつ少しずつ、変わらぬ速度で砂は落ち続けた。


 中学を卒業した頃、砂時計の上部と下部には同じくらいの砂が積もっていた。

 30で死ぬ。その事実を知る私は、当然のことだが、将来に希望など持てなかった。

 どうせ若くして死ぬのだから、何者にもなれずに死ぬのだからと、授業をサボるようになった。自分より長く生きる同級生の笑顔に耐えられず、他人と距離を取るようになった。


 他人との関わりを断った代わりに、私は本に興味を持つようになった。

 本を読めば登場人物や著者の人生を追体験できたような気がした。死ぬまでに沢山の本を読むことで、他人の何倍もの人生を謳歌できるように思った。


 両親にとやかく言われて入学し惰性で通った高校。私はいつも図書室で過ごしていた。授業もサボって友達も作ることなく、一人で本を読み耽る日々を送った。

 私は潔癖症のフリをして、他人に触れるのを避けていた。他人の砂時計を見て「こいつも自分が死んだ後もずっと生きていくんだ」と考えるのが嫌になったからだ。

 授業をサボって過ごす図書室には人は殆どおらず、他人と触れるリスクは少なかった。

 だから図書室にいる時だけは、私は自分の死や他人の命の長さのことを考えずに、穏やかな気持ちで過ごすことができた。


 あの日も私は、図書室で過ごしていた。

 新しい本を探している最中、珍しく自分の他に生徒を見かけた。

 地味な眼鏡を掛けた、如何にも本の虫といった感じの少女。

 少女を横目に、私は本棚の一番上から一冊抜き取ろうとした。すると隣の本が引っ張られて落ちてしまった。

 拾おうと伸ばした私の手に、横から伸びてきた青白い手が触れた。


 顔を上げた私は思わず「あ」と声を漏らした。


 雷のような衝撃が体を走り、私はしばらくの間そこから目を離せなかった。


 少女が「すみません、お知り合いでしたか?」と尋ねた。


 「いいえ」と答え、私は首を横に振った。


「では、私に似た知り合いでもいるんですか?」


 「いいえ」と私はまた首を横に振った。


「では、何でじっと私を見つめて……それにあなた泣いていますよ。」


 その言葉で初めて私は頬を伝う液体に気付いた。


「自分でも分からないんです。気にしないで下さい。」

 

 私は咽びながら答えた。


 その少女の砂は私よりも少なかった。

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