21.ゆーちゃんと花火大会
これからすることに対して、タロットカードに聞いてしまうのは、僕の癖になっている。
占いは心理学と統計学で、スピリチュアルな要素はないと主張していても、タロットカードを触っていると猫又の言葉が聞こえてきたりする気がするのは、不思議な出来事だ。
信じていないというか、僕自身が怖いものにたくさん囲まれていたので、信じたくないという方が強い気がしている。
周囲にいる奇妙な影たちの存在を認めてしまえば、それで人生は楽だったのかもしれないけれど、僕はそれらが怖くて堪らなくて、目を背けようとしていた。
寛のお店に来る化け猫や狐や白蛇や天狗や鬼や、最近増えた河童に狸に、と僕の日常の中にひとではないものが既に入り込んでいた。
それを闇雲に怖がるわけではないが、やはりひとではないものは信用できない。
僕はタロットクロスを広げて、タロットカードを混ぜていた。
一問一答形式のワンオラクルというスプレッドで答えを出すことにする。
「あのひとたちはいても平気なの? ゆーちゃんに迷惑をかけない?」
僕の問いかけに、出て来たカードはカップの九の正位置だった。
意味は、願望。
金銭的に余裕のあるひととか、願望が叶うとかいう意味がある。
『お金を払って食事を提供している限りは、相手は何もできないわ。不動明王様が見張っているし、そのことが契約になっているのよ』と猫又が語り掛けて来る。
寛についている不動明王はお店のこともきっちりと守ってくれているようだ。
今は僕がお店のテーブルでタロットクロスを広げてタロットカードをしているので、猫又は寛の不動明王のところに行って、膝の上に抱っこされて撫でられていた。
目を細めて喉を撫でられてご満悦の猫又が、ごろごろと喉を鳴らしているのが分かる。
「ゆーちゃんのお店はこれからどうなるの?」
出て来たのはワンドの七の正位置だった。
意味は、奮闘。
優位な立場から勝ち取るという意味もある。
『不動明王様がいる時点で、彼はとても優位な立場にいるわ。心配しなくても大丈夫。妖に名前が売れて、このお店はますます繁盛するでしょう』と猫又は不動明王に撫でられながら言っている。
不動明王の方を見ると、重々しく頷いているので、同じことを考えているのだろう。
それならばいいとして、別の質問に移る。
「ゆーちゃんを花火大会に誘ったらどうかな?」
出てきたカードは星の正位置。
意味は、希望なのだが、僕には違うように見えた。
星が花火のように光って見えたのだ。
「これは嬉しいってことかな」
僕の呟きに、寛がお盆を差し出してくる。
「肉豆腐定食お待ち」
「あ、ごめん、すぐに片付けるね」
タロットカードをポーチに片付けて、タロットクロスを丸めて僕はテーブルの上を空けた。
今日の定食は肉豆腐だ。
このお店の肉豆腐は普通の肉豆腐とは違う。
すき焼き風なのだ。
くたくたに煮られた長ネギと玉ねぎ、それに糸こんにゃくの入った、しっかりとたっぷりと牛肉の入った肉豆腐は、すき焼きの味がしてとても美味しい。付属の生卵につけて食べると、まさにすき焼きだ。
ちょっと豆腐の量が多いだけのすき焼きを僕は味わっている気分になっていた。
食べ終わってから、残った生卵は残しておいたご飯の上にかけて卵かけご飯にする。これがまたすき焼きの甘辛い味が沁みてとても美味しいのだ。
食べ終わって、お昼の時間が終わってから、僕は寛に話しかけてみた。
「ゆーちゃん、今度の花火大会の日、空いてる?」
「空けることならできるぞ」
「一緒に行かない?」
僕の誘いに寛が僅かに目を見開く。
表情筋の活発な方ではない寛だが、僕にはそれだけで驚いているのだと分かった。
「夜に出かけるのは好きじゃないんじゃないのか?」
「最近は猫又さんもいるし」
「俺とはずっと一緒にいるのに、出かけてまで一緒で嫌じゃないのか?」
「自由に動けるようになったからこそ、ゆーちゃんと行きたいんだよ」
夜の闇が怖くなくなった。
それは猫又のおかげだったけれど、寛も僕を夜の闇の恐ろしさからずっと守ってくれていた。
寛のいてくれる夜の部屋には怖いものは出ない。
寛と一緒に寝るわけにはいかなかったから、僕の部屋を狙ってひとではない黒い影が現れることもあったが、それも最近は猫又が全部食べている。
怖いものがそうではなくなったら、現金なもので、僕は寛と出かけたくなったのだ。
「分かった。空けとくよ」
「ゆーちゃん、浴衣持ってる?」
「あー、持ってないな」
「買いに行かない?」
買いに行く日と、花火大会の日と、二日間も休ませるのは申し訳ない気がしたが、僕が申し出ると、寛は答える。
「途中で買って行ったら、着付けもしてくれるかな」
「それ、いいね!」
寛と僕は花火大会の日に浴衣も買うことにした。
花火大会の日は、寛はお店を休んだ。
午前中から商店街を歩いて浴衣の売っている店に行く。
寛は僕よりも背が低くて、日本人の身長の平均くらいだった。
直しも必要なく、規制の浴衣が着られる。
モダンな蜘蛛の柄の浴衣を試着して、帯を締めた寛に、店員さんが微笑んで話しかけてくる。
「蜘蛛の柄って選ぶひと多いんですよ。よくお似合いです」
「ありがとうございます」
「実は蜘蛛って、『あなたを絡め取って放さない』って意味があるんですよ」
「そ、そうなんですか!?」
教えてもらって、僕は驚いたが、着せてもらっている寛は平然としていた。
僕もやましいことがあるわけではないので慌てる必要はないのだが、なんとなく落ち着かなくなる。
「デザインが気に入ったからこれにします。意味とかよく分からないし、別にいいです」
素っ気ない寛の対応に、店員さんは「ありがとうございます」と頭を下げていた。
浴衣を選ぶのに時間がかかって、時刻はお昼に差し掛かっていた。
寛は駅前のレストランで食べたいものがあったようだ。
「一緒に来てくれるか?」
「いいよ。明日はいっぱい歩かなきゃ」
ダイエットをしないとという僕に、寛は「すまん」と短く言って、僕をそのレストランに連れて行った。
そこはオムライスの専門店だった。
オムライスのご飯の量も卵の数の選べる。
あまり大きいのを頼むつもりはなかったが、寛は気にせずに大きいのを頼んでいる。
半熟のオムレツを割って上からとろりとかけるオムライスの周囲には、カレーやシチューのトッピングもできるようだ。
オムライスは小さいものにできても、シチューのトッピングは譲れない。
僕はオムライスにシチューをかけて食べた。
寛はスタンダードなケチャップのかかったオムライスを食べている。
「今度、オムライス定食もやってみたくて」
「そうだろうと思ったよ」
食べながら味を覚えている寛に、僕は笑って答えた。
夕方になると商店街に出店が並ぶ。
僕と寛は川べりに行って人ごみの中で川向こうの花火の設置所を見ていた。
一発目の巨大な花火が上がる。
大きな菊花火と牡丹花火が打ち上げられたかと思ったら、開いた星が流れ落ちて地面すれすれで消える
僕は見上げながら呟いていた。
「星みたいだ」
「死んだひとは星になるって言うけど、かーくんのお隣りの男の子も星になったのかな」
「ご両親と一緒だといいね」
僕と寛が話していると、首筋にひやりと冷たいものが走る。ぞくっとして振り向くと、黒い影が浮かんでいた。
死者の話をしたからかもしれない。
その影は異様に巨大だった。
『こんなところで楽しめるひとたちが羨ましい』
『人生に光りなんてないのに』
『人生を謳歌するひとが妬ましい』
それは一人だけの思念ではなさそうだった。
人生を楽しむひとたちを羨んで、妬んで死んでいったひとたちの思念の集合体だろうか。
花火大会ともなるとそんなものも出てくるようだ。
猫又の方を見れば、大きすぎて飲み込めないのか出方に迷っている。
「ゆーちゃん、ものすごくデカいのがいる」
「どこだ? かーくん?」
「僕の後ろ!」
シャドーボクシングを始めた寛に、視線が集まる。
「む、虫。虫がいて」
「かーくん、どっちだ?」
「右! 右だよ! あ、ちょっと左に反れた!」
シャドーボクシングをする寛が僕のために一生懸命になってくれているというのは分かっているのだが、奇異の目で見られているのには申し訳なくなってくる。
「ゆーちゃん、もういいよ」
不動明王の加護で僕に危害を加えることはできないみたいだし、僕が寛を止めようとすると、寛がにやりと笑った気がした。
「かーくん、俺は恥ずかしくなんてないんだよ。大事な友達を助けられるなら、どれだけ変な目で見られても気にならない」
保育園のときからそうだった。
寛ははっきりと言っていた。
――だいじなともだちがないてるのに、たすけにいけないなら、おれはりっぱないちねんせいになんか、ならなくていい!
あの頃から僕は寛に救われている。
多分、これからもずっと。
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