第16話 白王子からお手紙着いた。黒王子ったら読んで激怒
「なんだ!あいつは!話にならんぞ!」
この日のシュヴァルツは荒れていた。普段の冷静な態度が嘘みたいだ。挨拶もそこそこに、いきなり荒ぶっている。よほど腹に据えかねることがあったらしい。
「どうかしたのですか?」
もしかして、と思い当たることがあるけれど、私は素知らぬ顔してシュヴァルツに尋ねる。あ、今日のケーキ美味しい。
「ヴァイスのことだ!」
息を荒げてシュヴァルツが吠える。いつもは兄上と呼んでいるのに、ヴァイスと呼び捨てだ。
「ヴァイス殿下がどうかしたのですか?」
「奴は、折角オレが和解してやろうと手紙を送ったのに、拒絶してきたのだ!」
私はそこで確信した。あ!これ、ゲームのイベントであったやつだ!
「まぁ!ヴァイス殿下が拒絶を!?」
私は大げさに驚いてみせる。
「本当に拒絶されたのですか?」
「明確な拒絶ではない。だが、言葉の端々に棘がある。拒絶と受け取っても良いだろう」
いやいや良くないよ!二人にはちゃんと和解してもらわないと困る。
「では、まだチャンスはありますわね」
「チャンス?あんな奴と和解しても無駄だ。情勢が見えないバカめ!」
バカって酷いわね。
「ヴァイス殿下は優秀な方ですよ。成績もトップでしたし」
「勉強ができても、肝心の政治ができねば意味がないではないか!頭でっかちめ!」
シュヴァルツがフンッ!と荒い息を吐き出す。ダメだ、冷静じゃない。どうにかして落ち着けないと。私はゲオグラムにシュヴァルツを落ち着けるように目配せすると、ゲオグラムが処置無しとばかりに首を振ってきた。もう!役に立たないわね!
「落ち着てください、殿下。あ、そうだ!殿下を試しているという可能性はありませんか?」
「ほう。オレを試す?何の為に?」
シュヴァルツが私の話に興味を持ったようだ。少し冷静さが戻ってきてる気がする。
「殿下が和解に本気なのか試しているのではありませんか?」
「なるほど…」
シュヴァルツが目を瞑って考え始める。きっと、私の言った可能性について考えているのだろう。私が言ったヴァイスがシュヴァルツを試している可能性。これは私の口からでまかせなんかじゃない。事実だ。私はゲームでヴァイスの考えを知っているのである。
そもそも、こんなことになった原因はシュヴァルツにある。シュヴァルツがヴァイスに送った手紙は、酷く上から目線で、命令口調の眉を顰める様な物だったのだ。ヴァイスからの返事の手紙が、言葉の端々に棘があり、一見拒絶しているように見えるのは、シュヴァルツへの意趣返しであり、シュヴァルツが和解に本気なのかどうか試す意味がある。
「有り得るか…。しかし、奴が本当に情勢の見えていない間抜けの可能性もあるぞ?」
「大丈夫ですよ」
私はきっぱりと宣言する。
「…話したこともないだろうに、何故奴を信じられる…?」
シュヴァルツが困惑したように聞いてくる。何故信じられるのか?それはもちろん、ゲームを通してヴァイスを知っているからだ。でもそんなことは言えない。なのでここは、ヒロインちゃんの言葉を代用しちゃおう。
「だって、シュヴァルツ殿下のお兄様ですもの!」
シュヴァルツが目を見開いて私を見た。キョトンとした顔は年齢相応に見えて可愛らしい。胸がトゥンクする。だが、キョトンとした顔はすぐにいつもの皮肉気な笑みに変わってしまった。
「腹違いだがな。だが、分かった。貴様に免じてもう一度手紙を送ってみよう」
「本当ですか!?」
やった!これで二人の和解までの障害が無くなる!
「ただし!和解は兄上が使い物になりそうだったらの話だ。頼りにならない味方は敵よりも始末が悪いと言うからな。ダメな場合は切り捨てる」
「はい!」
シュヴァルツが怖いこと言うけど、きっとヴァイスなら大丈夫だ。
「今度は優しく、ソフトな文面で書いてくださいませ」
「何故オレがそんな気を使わねば…はぁ、分かった。分かったから頬を膨らませてこちらを見るな」
シュヴァルツはそう言うと、紅茶に手を付ける。私も紅茶を手に取った。あぁ、美味しいー。体に染みわたるー…。
私は紅茶を飲みつつ、そっと息を吐いた。漸くだ。漸くストーリーがここまで進んだ。ここまで進めれば、後は和解に障害は無いだろう。やり遂げた!私はやり遂げたぞー!やっと肩の荷が下りた気分だ。重かったー。人の命が懸かってるかもしれないのだ。私にはとても重い荷物だった。でも、やっとやり遂げた!開放感がすごい!体が浮き上がっちゃいそうだ。
「ふぅー」
でも、少し寂しさもある。私はシュヴァルツとゲオグラムを見る。見納めってやつだ。この二人ともこれでお別れね。シュヴァルツとヴァイスの和解が決まった以上、もうシュヴァルツとゲオグラムに会う必要はない。シュヴァルツのノーマルエンドを目指すなら、これ以上シュヴァルツのイベントを進めるわけにはいかない。
ゲームでもここからが分かれ道だった。システィーナのいじめに負けず、シュヴァルツに会い続けるとシュヴァルツのトゥルーエンドにいける。システィーナのいじめに挫けて、シュヴァルツに会うのを止めるとシュヴァルツのノーマルエンドだ。
ゲームだったら絶対シュヴァルツのトゥルーエンドを選ぶんだけどな…。シュヴァルツはオレ様キャラだし、無愛想だし、偉そうだし、私が困っているのを見て楽しむ意地の悪い部分もあるけど、意外に優しいところがあるし、気を使ってくれるし、私が本当に困っていると助けようとしてくれるし…。私はそんなシュヴァルツに惹かれている。
でも、これはゲームじゃない。現実だ。シュヴァルツはゲームのキャラクターじゃない。ちゃんと人の心を持った人間だ。私がシュヴァルツの事を愛していても、シュヴァルツとの恋愛イベントを進めたとしても、シュヴァルツが私を好きになってくれるとは限らない。
たぶんシュヴァルツが私の事を好きになることはないだろうな…。シュヴァルツの好みはゲームのヒロインちゃんみたいな娘だろう。純粋で、可憐で、芯が強くて、たまにポンコツで、皆に愛される素敵な女の子。私とは全然違う。私じゃ無理だ。ヒロインちゃんには勝てない。
その日以来、私はシュヴァルツの元を訪れることは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます