第12話 イベント

「それで、お兄様ったら本の影響で一騎打ちに憧れを持ってしまって。庭師のトムソンに一騎打ちを申し込んだのです」


「ほう」


「まぁ、気持ちは分かる」


 システィーナと会った日からも、私はシュヴァルツの元へと日参していた。


「一騎打ちを申し込まれたトムソンは困ってしまいます。主家の嫡子に怪我なんてさせられないと、何故かわたくしに泣きついて来まして。それで、わたくしが審判として駆りだされたのです」


 命令を無視する形にはなってしまうけど、シュヴァルツとヴァイスが和解する為には、私の家族を守る為には、シュヴァルツに会う必要があるのだ。ごめんね、システィーナ。


「困ったのはお兄様ですわ。庭でトムソンと待っていると、お兄様がお父様の真剣を片手に現れたのです」


「なんと!?」


「それは…」


 シュヴァルツに会うのは、シュヴァルツとヴァイスの和解の為、そのはずなんだけど…。私の中にそれ以外の気持ちが芽生え始めたのことも自覚している。私の心は急速にシュヴァルツとゲオグラムに惹かれている。だって、二人と話してる時ぐらいよ?心が落ち着くの。外に出ればいじめが待ってるし…。二人といると安心してしまう自分がいる。


 それに、何時またシスティーナが現れるかとドキドキしてしまうのも良くない。システィーナへの恐怖のドキドキと、二人にときめくドキドキとが一緒になっておかしくなっちゃいそう。これが吊り橋効果ってやつ?古典的だとバカにしてたけど、こんなに効果的なんて…!本気で好きになっちゃわないように気を付けないと…!


「流石にそれは危ないと、トムソンと一緒に止めました。トムソンなんて、まさかお兄様が真剣を使うなんて思ってもみませんでしたから、それはもう必死の形相で止めていました。でも、お兄様は形から入るタイプですから、真剣を使うと言って譲らなくて…」


 私は紅茶で喉を潤す。この紅茶はゲオグラムが入れてくれたものだ。私が気を利かせて紅茶を入れようと思ったのだけど、断られてしまった。紅茶に何か細工するんじゃないかと警戒されたみたいだ。まだゲオグラムの信頼は勝ち取れていないらしい。いい加減気を許しても良いと思うんだけどな…。私はゲオグラムへの不満をクッキーと共に飲み込んだ。クッキー美味しい。


「それで、どうなったのだ?」


「お母様に泣きつきましたわ。お母様はお兄様から剣を取り上げて、お兄様のお尻を100回も叩きました。お兄様は泣いて謝っていましたわ。でも、お兄様の受難はまだ終わりません。今度は家に帰って来たお父様も話を聞いて怒ってしまって、お兄様はお父様にもお尻を叩かれてしまいました。お兄様はしばらく椅子に座れないくらいお尻が痛かったそうですよ」


 話し終えて、私はクッキーと紅茶を楽しむ。どちらも美味しい。流石、王族だけあって良いものを食べてる。濃厚なバターの風味と小麦の香ばしさ、控え目な砂糖の甘さ。オーソドックスなバタークッキー、チョコ、カナッペの様なものまで種類も豊富だ。どれも美味しい。パクパクと食べられる。あ…ついつい手が止まらず、全部食べてしまった…。名残惜しくて空になった皿を見つめてしまう。


「食え」


 シュヴァルツがクッキーの乗った皿をこちらに渡してくる。もしかして、クッキーが欲しいことバレちゃった?


「そのように物欲しそうな顔をしていればな。ほら、遠慮せずに食えば良い」


 バレていたみたいだ。恥ずかしい。シュヴァルツがお皿を私の前に置いた。でも、これはシュヴァルツの物だ。流石に人の物まで貰うわけには…。


「オレは甘いものがそれほど好きではない。お前が処理しろ」


 そう言ってシュヴァルツが紅茶を飲む。本当に貰っちゃって良いの?なんだか恥ずかしい。大食いな女だと思われたらどうしよう…。本当に貰って良かったのかな?でもクッキーは食べたい。


「あの…ありがとうございます。殿下」


「ああ」


 私はシュヴァルツにお礼を言ってクッキーを摘まむ。やっぱり美味しい。幸せ。


 私がクッキーに心奪われていると、バサバサと羽ばたく音が聞こえた。見ると、いつの間にか先程まで居なかったベグウィグが止まり木に止まっていた。


「戻ったか。ん?何か咥えている?」


 まさか!私はベグウィグが咥えている物に注目した。


「これは、カフスボタンか。ん!?これは王家の…兄上の物か!」


 やっぱり!これはイベントだ!ヴァイスのカフスボタンをシュヴァルツの物と勘違いして拾って来たベグウィグ。どうやって返そうか悩むシュヴァルツとゲオグラムに、ヒロインちゃんはベグウィグに届けてもらえば良いと提案するのだ。


「殿下、どういたしますか?」


「兄上も換えの物くらい持っているだろう。捨て置いて構わん」


 ちょっとちょっとちょっと!?それじゃ困るんですけど!?話が進まないんですけど!?


「あの!ベグウィグに届けてもらうのはどうでしょう?その…その時お手紙なんか持たせてみたり…」


「ほう。これがお前の言っていた“時”とやらか?」


 え!?この口ぶり、私の話したことを知っている!?私は思わずゲオグラムの顔を睨み付けてしまった。しゃべったわねこの野郎…!


「で、殿下にお伝えするのは当然のことだ」


 ゲオグラムが顔を背けて言い訳じみたことを言う。ダメだって言ったのに、ひどい。


「その辺にしておけ、マリアベル。オレはまだ手紙をベグウィグに届けさせるなど試していない。それで良かろう?」


 良かった。シュヴァルツはまだ試してないらしい。これならたぶん大丈夫?きっと大丈夫よね?大丈夫だといいなー…。


「それで、他に何かあるか?」


 シュヴァルツに質問される。他に何か?何かあったかな?私はゲームのシナリオを思い返す。たしか、ベグウィグに手紙を託して飛ばす時のスチルがあった。あれはたしか夜のシュヴァルツの部屋だったはずだ。夜って何時くらいだろう?たしか、ベグウィグから手紙を受け取ったヴァイスはそれまで寝ていたから、夜の遅い時間かな?


「たしか、殿下の御部屋からベグウィグを飛ばします。時間は夜の遅く。少なくともヴァイス殿下は寝ていました」


 私はゲームの内容を思い出しながら話す。もう10年以上前のことだから、思い出すのも一苦労だ。他に何かあったかな?


「なるほど。よく分かった」

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