第5話 ゲームについて

 あの後、ゲオグラムに追い出された私は、女子寮へとやって来た。貴族院では寮生活が義務付けられているのだ。


 お父様によると、昔は貴族の男子しか入学できない軍の将校になるための学校だった頃の名残らしい。


 そう聞くと、武骨な建物を想像してしまうけど、実際に見た女子寮は、とても華やかな所だった。建物に彫られた彫刻も優美な曲線を描いてかわいらしいし、内装も白と赤で統一されて美しい。学生寮と言うよりも、なんだか格式高い美術館みたいな空間だった。時代を経れば、国の重要文化財とかに指定されそうだ。前世の庶民魂が、こんな所で暮らすなんて恐れ多いと叫んでいる。


 私の部屋は一階の角部屋だった。ちょっと嬉しい。部屋も思っていたより広いし、綺麗に片付いている。私はさっそくベットに座り、だらしなくベットに身を預けた。


「はぁー……かわいかったなぁ……」


 私は、先程会ったシュヴァルツとゲオグラムのことを思い出す。二人ともイケメンだったけど、まだ子どもらしいあどけなさがあった。ゲームの立ち絵やスチルで見た時よりも幼い印象かな。私にショタ属性は無かったはずだけど、胸がキュンキュンした。


 そして、今まで噂でたまに聞くくらいだったゲームの登場人物たちに実際に会えて、改めて自分がゲームによく似た世界の住人、それも主役であるヒロインになってしまっているのだと実感した。


「ベグウィグも居たわね」


 シュヴァルツの傍らに居たフクロウみたいな鳥、ベグウィグはゲームの通りにヒロインである私の帽子を奪って行った。ベグウィグを追いかけたらシュヴァルツ達も居たし、今のところゲームで見た通りに世界が進んでいると言ってよさそうだ。だとすると、私の持ってるゲームの情報はかなり重要になる。このままシュヴァルツルートを攻略して、二人の王子の和解イベントまで進めないと。


 私は眉を寄せてゲーム『闇夜に輝く兄弟月』の情報を思い出そうと努力する。もう14年も前の事なので、記憶もおぼろげだけどね。


 『闇夜に輝く兄弟月』は身分差のある恋愛を描いた乙女ゲームだ。攻略対象はいずれも王族や高位貴族で、ヒロインちゃんは吹けば飛ぶような木っ端貴族の娘である。中世ヨーロッパ風の世界観で、貴族院と呼ばれる貴族の子弟が通う学園を舞台に、ヒロインちゃんの恋愛模様が繰り広げられていく。


 ストーリーは主に身分の差に引き裂かれ、苦しみ、それでも諦めない二人の純愛が描かれていた。また裏のストーリーとして、分断の進む王国と二人の王子の和解が描かれている。


 ゲームで見ている分にはハラハラドキドキして面白かったけど、いざそれが自分の身に降りかかるとなると、できれば遠慮したところである。ハラハラドキドキはゲームだけで十分。私は、自分の人生は無難な安定した人生を望んでいるのだ。


 たしか『闇夜に輝く兄弟月』には、エンディングは8つあったはずだ。四人の攻略キャラそれぞれのヒロインちゃんと攻略対象の二人が結ばれるハッピーエンドが1つずつで、全部で4つ。その中の第一王子と第二王子であるシュヴァルツには、恋愛までは発展するけど、途中でヒロインちゃんが挫けてしまって二人が結ばれることがないノーマルエンドがあるのでそれが2つ。逆ハーレムルートが1つ、攻略キャラの誰とも関わりを持たない一般貴族エンドが1つの全部で8つだ。


 この中で私が目指すのは、シュヴァルツのノーマルエンドである。このルートなら二人の王子の和解イベントまで物語が進むし、私も無理にシュヴァルツと恋愛する必要もない。シュヴァルツって俺様キャラだし、見てる分には良いだろうけど、実際付き合うのは大変そうなのよねぇ……。イケメンのオレ様キャラって遠めに観察してめでるくらいが丁度いいと思う。


 問題はシュヴァルツ達に近づくと、シュヴァルツルートにおける悪役令嬢であるシュヴァルツの婚約者が私への“いじめ”を開始することだ。このいじめに心を折られてシュヴァルツ達に会いに行くのを止めると、シュヴァルツノーマルエンドにいけるんだけど……。私はシュヴァルツを狙って近づいているわけじゃないし、見逃してくれないかな? 無理かな?


「はぁ……」


 いじめられると分かっていても、家族の命が懸かっているかもしれないのだ。行くしかないよねー……。どうして男の子に近づいたというだけでいじめられないといけないのか。私は別にシュヴァルツの事好きなわけじゃないのに……。理不尽だと思うけど、シュヴァルツの婚約者さんからすれば、婚約者がいる異性にコソコソ会いに来ているとか非常識なのは私の方なのよね……。


「ままならないわねー……」


 でも、国の為にも家族の為にも私の為にも二人の王子には和解してもらわないと困る。現状では、二人を和解させられるのは私しかいないのだ。


「うだうだ言ってても仕方ないわね。がんばれ! 私!」


 私の声が虚しく新居に響いた。

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