第2話 家族の団欒と出発

「お嬢様!朝でございますよ!」


 体を揺さぶられ、目を覚ます。あれ?私寝ちゃったんだ。まだ頭がボーッとする。


「お嬢様!今日から貴族院でございますよ!」


 また体を揺さぶられ、だんだん意識がはっきりとしてくる。貴族院?たしか昨日夜は、貴族院に入る前の現状の確認をしていたはず。その後、第一王子と第二王子がどうすれば仲直りするか考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていたみたい。


「お嬢様!」


「は~い。起きてますよ~」


 返事をしながら、上体を起こす。布団が私の体から剥がれ落ち、朝の冷たい空気が私を包み込む。


「寒っ!」


 私は慌てて布団を抱き寄せた。はぁー温かい。背中は寒いけど。


「おはようございます、お嬢様」


「おはようございます~」


 眠気でしょぼよぼする目を擦りながら、タリアと挨拶を交わす。私を起こしてくれたのはタリア。今年で14歳の女の子だ。タリアはキルヒレシア家の使用人。つまり、メイドさんだ。着ているお仕着せも黒のワンピースに白のエプロンでメイドさんっぽい。まだ幼さの見える顔には、私を起こすことができた安堵からか、ホッとした表情を浮かべている。かわいい。


「さあお嬢様。お着替えしますよ」


「は~い」


 タリアに促され、私はベットから降りる。寒い。今すぐベットに戻って布団の中に潜ってしまいたい。でも我慢だ。タリアみたいな幼い子どもが、私よりも早く起きてお仕事をしているのだ。私もしっかりしないと。


 タリアに手伝ってもらいながら服を脱いでいく。肌に直接、朝の冷たい空気が触れてとても寒い。鳥肌が立ってしまったのか、肌がキュッと縮こまるのを感じる。


 服を脱ぎ終わり、裸の自分を見下ろす。それにしてもスタイル良いわね。胸なんて14歳にして前世の私より大きいし、ウエストもキュッと括れ、腰の位置も高い。これで顔までかわいいんだから、流石はヒロインちゃんだ。


 タリアに服を着せてもらう。袖を通すのは黒を基調とした貴族院の制服だ。デザインはブレザーに近い。貴族の女性は素足が見えるのはハレンチらしいので長い靴下を穿き、ガーターベルトでしっかり留める。


 服が着替え終わったら、次は髪だ。タリアに丹念にブラシで梳いてもらう。


「お嬢様、タリアは心配です。明日からは全てお一人で準備するんですよ。お嬢様にできますか?」


「大丈夫よ、タリア」


 タリアの心配を吹き飛ばすように、あえて明るい調子で答える。実際、大丈夫だしね。前世では一人で身支度するのは当たり前だったし。逆に、着替えを手伝ってもらうことが、少し気恥ずかしいくらいだ。もう大分慣れたけどね。




 身支度を整えて、タリアを後ろに従えて食堂に行く。タリアに食堂のドアを開けてもらうと、お父様とお母様、お兄様、皆揃っていた。私が一番最後だったみたい。


「おはようございます」


「おはようマリー」


 マリーは家族が呼ぶ私の愛称だ。タリアに椅子を引かれて、席に着く。


「では、いただこう」


「「「いただきます」」」


 お父様の号令で食事を始める。この国では家長の権限がとても強いので、なにかする時はお父様が音頭を取ることが多い。


 タリアに給仕をしてもらい、食事を始める。タリア達使用人は一緒にご飯を食べない。後で食べるらしい。一緒に食べればいいのにと思うけど、これがこの国のルールだ。


 今日の朝食は少し豪華だ。実は昨日、私が貴族院に入院したお祝いをしてもらった。お祝いにプレゼントを貰ったし、夕食もいつもより豪華だった。私、愛されてる。


「改めて、入学おめでとう。マリー」


「おめでとう。でも、マリーが居なくなると寂しいわね」


 貴族院は全寮制だからね。今日から入寮なので、しばらく家に帰って来られない。家族と会えなくなるのは私も寂しい。それに、私は貴族院の裏の顔を知っているので、素直に入院を喜べない。


 貴族院は、貴族の令息、令嬢が通う学校だ。明るく華やかなイメージを持ちがちだけど、それは貴族院の一面に過ぎない。


 貴族院は貴族の子ども達を、人質として集める施設でもあるのだ。貴族院を卒業しないと、貴族とは認められない。そうして貴族の子ども達を人質として集めて、貴族の反乱を防ぐ王族の策なのだ。


 そして、貴族院で行われる授業にも黒い一面がある。授業内容、特に歴史などは、王族の都合の良いように改変されている。更に、王族への敬意を教え込み、王族に忠誠を誓うように教育されるのだ。一種の洗脳ね。


 それに、親の爵位を笠に着たイジメとかもあるみたいだし、親の爵位の低い下級貴族の子どもは、庇護者が見つかるまで苦労するらしい。お父様の爵位は男爵、一番下の爵位だ。私も苦労することになりそうね。


 なんか、行きたくなくなる情報ばっかりね。私の場合、王子を仲直りさせるという望みも持っているから、余計に大変な学生生活になりそう。私は出そうになったため息を慌てて飲み込んだ。


「ん?マリー、どうかしたのか?」


 お兄様に見られていたらしい。お兄様はぶっきらぼうな物言いをするけど、こういう機微には敏感だ。たぶん心根が優しいからだろう。


「いいえお兄様。ちょっと緊張してしまって…」


「そうか」


 それにしても、お兄様って美形よね。流石はヒロインちゃんのお兄様。美形と言えば、私の両親も美形だ。この二人からヒロインちゃんが生まれるのは納得できる。それに、タリアもタリアの母親のカサンドラも顔が良い。乙女ゲームの世界だからみんな美形とか?いや、料理長のダルアはそうでもないか。


「武者震いか、私にも覚えがある。要は気合だ」


 お兄様がタメにならない話をしてくれる。これにはお父様もお母様も苦笑いだ。お兄様って割と脳筋なところがあるのよね。この前、小隊長に任命されたって言ってたけど、大丈夫なのかしら?




 朝食が終われば、いよいよ貴族院に出発だ。皆、馬車まで見送りに来てくれた。家族だけではなく、使用人の姿も見える。


「忘れ物は無いかい?」


「くれぐれも体調には気を付けるのよ」


「マリー、がんばれよ」


「はい、行ってきます!」


 皆に別れを告げて馬車に乗り込む。私を乗せた馬車が、ゆっくりと進みだした。いよいよだ。いよいよ、ゲームの開始時間だ。うまくできるだろうか……。不安と緊張に弾む胸を押さえつける。うまくできるか、ではない、うまくやるのだ。皆の命が賭かってる。絶対に失敗できない!必ず、王子達を仲直りさせる!決意を胸に、私は貴族院へと向かった。

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