第16話 戦闘力が升一杯分の俺
夏希は軽い身のこなしで確実に餓鬼の攻撃をかわしていたが、四方八方から狙われているためか、なかなか攻勢に出られないようだった。俺は升に手を突っ込みながら、前を行く頼さんを抜いて餓鬼の群れに駆け寄った。茶色のツインテールが餓鬼たちを翻弄している隙に、豆を投げつけて四、五匹を一掃する。
次々に気化していく餓鬼たちによって、夏希の周囲はあっという間に黒煙に覆われた。間を置かず、深い煙幕の中から夏希が二本の尾を引いて飛び出してくる。
「ありがと……」
う、まで言いかけて、夏希は突然、吹き出した。
「ん? なんだ?」
「ごめん、だって、その格好やっぱ笑える」
……どっか変かな……
一通り自分の格好を見回してから、俺の視線は手にしている升に行き着いた。
「これか!」
「だ、だって升持って真面目な顔とかされると……ぶはっ! ごめん!」
なんとかして言い返してやろうと思うが言い返せずに、俺は夏希を半眼でにらんだ。
瞬間、俺の顔の横すれすれを閃光が駆け抜けた。
それがまだ青白い光を帯びた頼さんの刀だと気付いて、血の気が引く。
「まだ終わってないぞ。二人とも、おしゃべりは後にしろ」
自分のすぐ近くまで迫っていた餓鬼が、頼さんの刃に斬り裂かれて真っ二つになる。
赤黒い血しぶきを頬に浴びながら、慌てて気を入れなおす。
残りの餓鬼が、俺、夏希、頼さんそれぞれに分散して襲いかかってくる。
密集していない時は確実に狙ってしとめたい。俺は飛びかかってきた餓鬼の身体をかわし、その背中に三指ですくった豆をぶつけた。やはり餓鬼の耐久力は大したことなく、一発でも当てれば即座に煙になってくれる。
まずは一匹。
などと考えながら、再び升の中に入れた手が、堅い升の底をかく。
焦って二、三回、底をあさりながら升の中を見やると、角に残っていた一粒の豆が、指先に弾かれて地面に落ちた。
「ちょ、やばい! 豆ない! もうない!」
「うそ、ちょっ、うそっ! もーっ、信じらんない!」
豆切れを起こしてパニクる俺に飛んできたのは、夏希の声だけじゃなかった。
俺を狙っていたもう一匹の餓鬼が猿みたいな奇声を上げて、顔面目がけて飛び込んでくる。
とっさに顔を覆って振り上げた升が、餓鬼の爪を防ぐ。瞬間、餓鬼は豆で攻撃した時同様、黒い煙となって俺の前からかき消えた。
「なんだ……升が使えるなら早く言ってよー」
こちらを気に掛けてくれていたらしい夏希から、安堵混じりの声が上がる。
そうか……升に妖力が込められてるなら、升そのもので倒せないこともないわけか。
とはいえ升は本来、武器でもなければ凶器でもない。そんなことを言い出したら豆も本来、武器ではないが。
しぶとく生き残っている餓鬼から逃げ惑いながら、襲撃を払いのけるように升を振り回す。
「うわっ!」
あっぶね、今かすった! 爪、怖っ!
殴れば倒すことはできるが、すばしっこい餓鬼を相手に殴り合いは分が悪すぎる。
しかも至近距離で見る餓鬼の姿は輪をかけてグロテスクだ。飛び出した白目や、奇形じみた歯並びの牙が嫌でも目に入ってしまう。
豆切れには気を付けよう。
そう反省した時、また餓鬼が、今度は二匹同時に飛びかかってきた。目を見開いた瞬間、その二匹が、一瞬にして黒い煙と化す。
餓鬼たちを背後から切り裂いた大太刀の刃は、大きく弧を描いて鞘に収められた。
チン、という納刀の音とともに、茶色のツインテールが視界に舞う。
「ありがとう、助かったよ」
「さっきの借りは返したからねっ」
周囲を見渡してみると、いつの間にか餓鬼たちはすべて片付けられていた。
少し離れたところで、頼さんも青白い光とともに刀を手の内に収めている。
うーん、やっぱあの具術ってやつ、格好いいな……
「二人とも、無事か?」
自分の周囲だけ血の色が混じったグラウンドを踏んで、頼さんが近づいてくる。
「ひーちゃん! ひーちゃんも来てくれてありがとう!」
「ああ、成海のおかげで、もう片方の鬼の発生源も早めにカタがついたからな」
「あー、そっちでも豆まきしてたんなら豆切れも仕方ないかー……ぶふっ!」
「今、自分で言っておかしくなっただろ」
俺が半眼でにらむと、夏希はゆるゆるの口元を隠して首を横に振った。
「いやいやそんな……あ、でもほら、豆はさっ、一度にたくさん倒せるからいいよね! 私、小鬼嫌いなんだよね。数ばっかり多くてさー」
「じゃあ換えてあげようか」
「それはイヤ」
「即答かよ」
「それはなるなるが一番似合ってると思うよ! ぷすー!」
「笑うな!」
目を三日月の形にして笑う夏希の隣で、頼さんがあきれ顔を作っている。
「いやでも助かったのはホント。次元の裂け目がなかなか閉じてくんなくて、永遠に鬼が出てくるかと思ったもん」
指先で目尻を拭う夏希の一言に、頼さんの表情がぴくりと動く。
その反応で、俺もこの付近で発生した紫色の点滅のことを思い出した。
「なぁ夏希、お前のアラーム、戦闘中に鳴ってなかった?」
「えー分かんない。小鬼さばくのに必死だったし、結構」
「ということは、みのり本人を目撃してもいないわけだな」
「え?」
夏希は不意を突かれたように、きょとんとした。
「一仕事終えたばかりですまないが、手分けして少しこのあたりを捜索したい。近くにみのりが潜んでいるかもしれないからな」
「ええっ! みのりって、この前言ってたみのりん? 脱走したお針子さんの?」
「成海が一瞬だけ、いつもと違う点滅を見たっていうしな。紫色の点滅はみのり対策で入れた設定だ。可能性は高い」
「あ、でも俺、豆切れちゃってるんですけど……」
「みのり自身に鬼を召喚するような力はないから大丈夫だとは思うが、もし見つけても手は出さず、俺に連絡してくれればいい。とはいえ、もうじきに暗くなるしな。帰りがてらに少し探してもらって、見つからなければそのまま流れ解散でいい」
「了解しましたっ!」
夏希がはりきって敬礼のポーズを取る。
俺も敬礼はしないが、小さくうなずいた。
頼さんに協力したい気持ちはもちろんある。でもそれと同時に、北条みのりにもう一度会ってみたい、という気持ちが強かった。
何故、組織を逃げ出してうちの神社を訪ねたのか。あの時、本当はなにがしたかったのか。
会って、話がしてみたかった。
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