第14話 あのうさぎ、なんか俺に恨みでもあんの?
北条みのりは一体、どこに潜伏しているんだろう。
今日も今日とて、黒板に書かれた古文の現代語訳を聞き流しながら物思いにふける。
『このブレスレットについて、なにか覚えていること、ありませんか?』
神社の前で出会った時、みのりに聞かれた言葉を思い出す。
もはやこの日常は非日常だ。
ゲームの世界でなくても鬼が出ることは判明してしまったし、みのり自身もお針子という、妖力を持った特別な女の子なのだ。実はあの数珠ブレスレットには特別な力が込められていて、その力が解放されればすべてが解決する――みたいな線もなくはない、と思う。
でもあれ、普通に業者から仕入れてる量産品だしな……
なんにしても、少し話した印象ではそんなに悪い子には見えなかった。
もっとゆっくり話が聞けていたらよかったなとは思うけれども、そんなことを言っても後の祭りだ。こうなった以上は見つけ出して、改めて話を聞いてみるしかない。
足を組もうとして、机の脇に下げておいたカバンのふくらみにひざをぶつける。
ストーカー機能が発動しなかった時のことを考えて、今後は一応、升を持ち歩くことにした。
だが升を入れるなら、もう少し大きめのカバンが欲しい。ので、今日は升だけでなく、小遣いもカバンに詰め込んできている。昨日、龍門渕市に行った時、ついでに買えばよかったと思いながらも、通路にはみ出してしまったカバンを手で押し戻す。
ふと顔を上げると、時計の針は授業終了五分前を指していた。
慌てて黒板の文字をノートに書き写しているうちにチャイムが鳴った。
一息ついて、机の上に残っていた消しゴムのカスを払いのける。
そうだ……妖術師が実在していたという前提なら、案外、志乃がなにか知っているかもしれないな。あいつ、都市伝説とか面白いこと好きだし。
次の授業は教室移動もないからか、志乃は自分の席でスマホをいじっていた。俺が近づいてきたことに気付くと、志乃はスマホを守るように胸に抱いてこちらをにらんできた。
「なにか用? 桃原先生」
どうやらまだAVアラームの件で、ちょっと引かれているらしい。
「辛辣だな……俺が人畜無害の健全な人間だってのはよく知ってるだろ?」
「どうかなー……」
「冷静になって考えてくれ。あれはイタズラだ。はめられたんだ。つまり、俺は被害者だ」
いまだ冷たい志乃の視線を振り払うように、俺は一つせき払いをした。
「志乃は妖術師って知ってるか?」
志乃の顔が分かりやすく、ぴくりと反応する。
「歴史の陰に隠れて消えた、鬼を異界から呼び出す力を持つ人たちのことでしょ? 戦時中はその妖術を使って大活躍したのに終戦後はその力を恐れた人たちによって不吉な力とか鬼とつながるまがまがしい存在だとか言われて迫害されて滅びちゃったっていう」
「そっけないふりしてめちゃくちゃ早口だな」
「その迫害の歴史は東洋の魔女狩りなんて言われてるけど当時の資料はほとんど残っていなくて、でも各地で見つかる妖術の痕跡や口頭での伝承を合わせるとやっぱり私は実在してたの濃厚だと思ってるけど。解説動画もあったと思うけど、見る?」
「いや、普通にお前に聞いた方が早そうだからいいや。その妖術師ってさ、数珠のブレスレットになにか縁があったりする?」
さすがに予想外の質問だったのか、志乃は一瞬だけ見開いた目を上向け、唇に指を当てた。
「数珠……数珠かー。うーん、確かに妖術師、って名前からして数珠似合いそうだけど、ちょっと聞いたことないかなー……というか、成海がこういうことに興味持つの珍しいよね? なにかあった?」
志乃らしからぬ勘のよさにどきりとする。
普段、さんざん志乃の奇行をいさめている俺がいきなりこんなことを聞くのは、さすがに不自然がすぎたか?
「あー分かった!」
唐突に手をたたいて大声を出す志乃にびくつく。
まさか謎の死体事件と、妖術師との関連に気付かれたか……っ?
「成海の家は鬼を祀る神社、鬼といえば妖術師……つまり! 成海のスマホにアレな音声が仕込まれてたのは妖術師の呪いってことなのね!」
いや、全然違った。
「ま、まあそんなところだ。アレな音声が鳴る前の日に、家の手伝いで数珠ブレスレット触ってたからさ、もしかしたらそれが原因だったりなんだりしないかなーなんて」
「なーんだ、そうならそうと早く言ってくれればよかったのに。解呪なら腕のいいお店紹介するよ! 総合星評価4・6!」
「近所のうまい店紹介するみたいなノリで呪術師紹介すんのやめてもらっていいですかね」
「私なんか身体が重かった時に行って、一時間くらいたたいたりさすったりしてもらったら一発だったんだから!」
「それただのマッサージ店だろ!」
志乃がアホで心底よかったと思いつつも、適当に話を合わせる。
そうこうしているうちに休み時間も終わり、結局大した収穫もないまま自分の席に戻る。
しかし迫害の歴史、か……
あの時、北条みのりはなにを知りたかったんだろう。
思考がループし始めたことに気付いて、俺は考えるのをやめた。
とりあえずは目の前の授業、そして大きめのカバンだ。
幸い、今日は授業中にアラームが鳴ることはなかった。放課後を待って駅に向かい、いつもの電車に乗り込む。
この時間帯はいつも帰宅部でいっぱいだ。席に座れないのはもちろん、ドア近くのポジションをも取り逃がして車内中央に押し出される。
家に帰るなら七駅先だが、今日の目的地は二つ手前の駅にあるショッピングモールだ。電車の揺れに身を任せながら、美容室や専門学校の車内広告をぼんやりと眺める。
『♪魔法少女~とどけ! あなたに、トキメキ・ドキドキ♪』
突然、車内に美少女アニメのテーマソングを思わせるイントロが鳴り響いた。
いかにもといった感じの萌え系猫なで声で、初めて聞く俺でもかなりコアな趣味だと分かる曲調だ。
いや、好きなのは分かるけど……これを堂々と着信音にする剛の者がいるんだな……
と、考えたところで、不意に前回のAVアラーム事件がフラッシュバックする。
ハイテンションのアニメ声が、ワクワクだのドキドキだのとのたまっている中、俺はそっとポケットから自分のスマホを取り出した。
自分でした。
ぶわりと手汗が滲むのを感じながら、取り出したばかりのスマホを即座にカバンの奥に押し込む。剛の者ではない俺に、この場で顔を上げる勇気などない。くそっ、誰だ、今「マジか……」って言いながら含み笑い漏らしたやつ。
カバンの底でもごもごと歌い続けるスマホを必死に押さえつけながら、俺はとにかくこの状況に耐えた。次の駅に着いた瞬間、ほかの乗客たちをかき分け、速攻で電車を降りる。
当然、本来降りる予定だった駅ではないが、そんなことは言っていられなかった。
改札を抜けて駅を飛び出し、人目を避けるように走りながらスマホを取り出す。自動的に表示された地図には、鬼を示す黄色い点滅が大量に示されていた。
それも、大きく分けて二か所に。
幸い、片方の点滅の塊とは距離的には一キロも離れていない。地図を頼りに、全速力で走り続ける。
アラーム音が停止したのは、なにか大きな建物を解体したらしい跡地に到着した時だった。
息を切らしながら、黄色いロープで囲われた敷地に足を踏み入れる。土が剥き出しになっている敷地内には、地表でうごめくたくさんのなにかと、見覚えのあるスーツの後ろ姿があった。
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