第9話 あなたの痛みにいつか癒しの訪れることを
ムガマ・オ・トウリは、
最近、その時間に二人の少女が加わった。
ファラとルントゥである。
あの日、トウリと出会ったファラは、その後すぐに現れた侍女に呼ばれて立ち去ろうとする彼に、片言のムルカ語ですがるように、「
トウリは微笑み、うなずいた。
そしてこの時間がある。
――露が纏う
あなたの髪に
まばゆくふるえる
草の葉といった恰好で――
トウリは目を閉じ、つま弾かれる
――恐る恐るに
手を伸ばすのは
触れては消えると
知っているから――
ファラが歌い、トウリが聴く。それがこの時間であった。
――なのにこの手が止まらずに
そのきらめきに触れるのは
消えずに残ると
知りたいから――
自分の前に立ったトウリに戸惑い、ファラは胸を押さえて恐る恐るに彼を見上げた。赤い刺青の顔が自分を見つめる。
そしてその手が伸び、彼女の髪に触れた。
「
微笑むトウリの手の感触が、髪の上を優しく撫でる。知らない言葉だった。けれどそれでファラは自分の歌が届いたことを知り、そして髪を撫でるその手に為すすべを知らず、ただただ身を委ねるのであった。
「
トウリの声はいつでも春の雨のように、しとりと胸に沁みていく。凍らせた痛みが疼いて苦しい。それでもファラは、その疼きを求めて彼の瞳を覗き込む。
どこまでも深く透明な湖のような、静穏の色を――。
「
その声は
「
トウリはそう告げると目を瞑り、すっと息を吸って澄んだ声で歌い出した。
――
それは
トウリはファラへの返歌のように、この歌を優しく歌う。
――
歌い終えたトウリが目を開ける。ファラは自然と頬を流れる涙にも気付かずに、吸い込まれるようにその瞳を見つめる。溶けゆく氷が軋んだ音をたてるように、胸に凍る痛みが疼きとともに緩んでいく。もしも許しがこの世にあるのなら、ファラはそれを目の当たりにしていると感じた。湧き上がるその感情に戸惑う彼女は言葉を失い、ただ茫然とトウリの前に立ち尽くす。
そんなファラにトウリは微笑み、
「
もう一度、歌の終わりをそう告げて、ファラの頭を胸に抱いた。
耳に届いた彼の胸の鼓動は静かであたたかく、やすらぎとともにファラの心を包んだ。
ファラは目を閉じ、このやすらぎがいつまでもいつまでもあることを、願わずにいられなかった。
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