真冬はメロンソーダでも頼んでおきなさい
まさかマンション以外でこの光景を目にすることになろうとは────ラミネート加工されたメニューを静に取られ手持ち無沙汰になった俺は、そんなことを考えながら目の前で言い争いを始める闖入者二人を眺めていた。
「むむむ……どれも美味しそう…………何飲もっかな……」
「静、さっさと決めてくれない? 私も選びたいのだけれど」
「アンタまだ未成年でしょーが。お子様はメロンソーダでも頼んでおきなさい」
「喧嘩売ってるの?」
真冬ちゃんの指が静の頬に伸びる。静はひぃと悲鳴を上げ、メニュー表を盾にするように真冬ちゃんとの間に翳した。二人のパワーバランスはどうやら外でも同じらしい。
静と真冬ちゃん、という組み合わせは蒼馬会において『良く喧嘩している二人組』というイメージで、決して仲がいい印象はない。静が真冬ちゃんを煽り、返り討ちにあうというのは蒼馬会では良く目にする光景だ。蒼馬会で唯一仲が悪い組み合わせという印象すらあるんだが、この二人がどうして一緒に出掛けていたんだろうか。
二人で出かけるほど仲良くなったようにも思えないんだよな…………現に今も喧嘩しているし、恐らく二人は根本的に性格が合わないように思う。動物で例えるなら、静は犬で真冬ちゃんは猫っぽいというか。人懐っこい静とマイペースな真冬ちゃんは、まるで水と油のように混ざり合うことはない。
「はい、バリアー!」
「小学生? 静こそメロンソーダがお似合いだと思うけれど」
得意げにメニューを広げる静を、真冬ちゃんは名前の通り冷ややかな目で見下す。てっきりまたバトルが始まると思ったのだが、静は流石に今のは自分でも子供っぽいと自覚していたのか言い返すことはせず、その代わりぐぬぬと謎の声を漏らしながらメニューを精読する作業に戻った。頬を染めるくらい恥ずかしいんなら最初からやらなければいいのにな。
「やっぱり最初はビールかなあ……でもあれ苦いしなあ…………うーん……」
静はメニューをパラパラと捲っては戻し、捲っては戻しを繰り返しながら唸り声をあげた。その様子から静が居酒屋慣れしていないことが分かる。居酒屋慣れしている奴は皆、自分なりの『一杯目はこれ』を持っているからだ。
「ひよりさんは何飲みますか?」
静はまだまだ時間がかかりそうだったから、俺は隣で不安そうに小さくなっているひよりんに声をかけることにした。ひよりんはビクッと身体を震わせると、遠慮がちに俺に視線を向けた。
「蒼馬くん、あの、私ね────」
「ひよりさん、大丈夫です」
「えっ……?」
俺はわざとひよりんの言葉を遮った。口にしてしまうと、ひよりんが不安に押し潰されてしまいそうな気がしたんだ。
…………ひよりんとの初めてのデート。全員が笑顔で終われればいいなと思うんだ。
「…………ひよりさん。俺を信じてくれませんか?」
「信じる……?」
「もし、ひよりさんが暴れそうになったら、俺が必ず止めますから。だから…………ひよりさんは何も気にせず、自分が一番飲みたいものを頼んでください」
「一番、飲みたいもの…………」
ひよりんは伏し目がちに、静が持っているメニューにちらっと目をやった。そして、すぐに視線を落とす。静は訳が分からない、という様子で俺とひよりんの間で視線を往復させている。お前は早く飲み物を決めろ。
ひよりんは小さく深呼吸した後、意を決したように顔を上げた。
「私…………ビールにするわ」
そう言って控えめな笑顔を俺に向けるひよりんに、俺はつい目を奪われてしまうのだった。
◆
「ぺは〜っ! 外で飲むお酒は格別だねい!」
ジョッキを机に叩きつけながら静が口の端の泡を飛ばす。真冬ちゃんはそんな静を白い目で見ながらも、どこか羨ましそうにしている。
そしてひよりんはというと────。
「ゴクッゴクッ…………ぷはっ! うふふ、美味しいわねえ」
大きなジョッキが天を衝く。さっきまでの遠慮がちな態度はどこへいったのか、ひよりんは勢いよくジョッキを傾けビールを飲み干した。
…………その飲みっぷりに俺は不安に包まれる。さっきはデカい口叩いちゃったけど、本当に俺だけでひよりんの酒乱を抑えられるだろうか。
いや────抑えなければならない。酒乱状態のひよりんはおおよそ公共の場に出せる存在ではないからだ。
「ひよりさん、いい飲みっぷりですねえ!」
「うふふ、静ちゃんも中々飲めるじゃない」
「ひよりさん、次は何飲みます? オススメ教えて下さい」
酔っぱらい二人が早速二杯目の相談をし始める。静はどうやら酒の知識に富んでいるひよりんと同じものを頼むつもりらしく、テーブルにメニューを広げた。ひよりんはえっとねーなんて言いながら嬉しそうにメニューを眺めている。
…………やっぱり、来てよかったな。
普段の蒼馬会より少しだけ楽しそうなひよりんに、俺は内心でガッツポーズする。
────そんな時。
「────お兄ちゃん。お兄ちゃんはどうしてひよりさんと一緒にいたの?」
対角線に座る真冬ちゃんが、楽しそうにメニューを眺める二人を貫いて鋭い視線を俺に向けていた。
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