うちのシャンプーだよ

大変お待たせ致しました!!!

無事に昨日『推し推し』の一巻が発売し、スケジュールやらなにやらに若干の余裕が生まれましたので、更新を再開致します!

色々と滞ってしまい申し訳ありませんでした……!


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「…………ハ、ハーレム……!?」


 それはまるでこの世に存在しない新しい言葉のような耳馴染みのなさを伴って、俺の耳朶を叩いた。一般的な言葉のはずなのに音が形にならなかったのは、俺の今の状況をそんな言葉で説明されると全く思っていなかったからだろうか。


「だってそうじゃないっすか。エッテと、ひよりんと…………あともう一人いるんすよね? これがハーレムじゃなくてなんなんすか?」


 みやびちゃんは蒼馬会の愉快な構成員たちを指折り数えながら、八重歯という名の牙を俺に向けた。

 …………いや、それは正しく牙なのかもしれない。サバンナを駆ける猛禽は草食動物の命を奪うが、俺は今、命以外の全てを奪われようとしているのだから。


「み、みやびちゃん…………とりあえず離れよっか……?」


 ハーレムという言葉の意味を今一度確認したい所ではあったのだが、過激な視界がそれを許してはくれなかった。俺はとっさに瞳を動かさず焦点だけをブラして視界をシャットアウトする術を会得し、前傾姿勢でこちらを覗き込んでくるみやびちゃんを世界から消した。


 ────サイズの大きなスウェット、首元、前傾姿勢。


 麻雀なら役満だった。まだ32000点支払った方が安いような気もした。何故ならあけっぴろげになっているスウェットの中からは深淵が一方的にこちらを覗き込んでいて、目を合わせればこちらも警察署という名の深淵に取り込まれてしまうからだ。


 …………下着ならいつも静のを見てるじゃないかって?


 残念ながら俺は床に投げ捨てられている少々高級な布地を「下着」だとは認識していない。あれはどちらかといえば「燃えるゴミ」だ。更に言えば雑菌の温床でもある。VTuberであるエッテ様に代謝など存在しないが、中の人である林城静20歳は汗をかくし、ジュースなどもこぼす。それを何日も放置していたらあっという間にバイキン○ン城の出来上がりなのだ。


 言いすぎかも知れないが、そう思っていないと俺の理性が保たないことも理解して欲しい。


 丁度今のように。


「…………ごまかされないっすよ?」

「!?」


 みやびちゃんは何故か、更にぐいっと顔を近付けてきた。俺たちの顔は既に恋人にしか許されない距離まで近付いているような気がしたが、瞳と通信を遮断している為に詳細は分からない。だが鼻と通信を遮断し損ねていた俺は、年上の威厳やら何やらを放り出してソファから逃げ立ち上がった。


 どうして風呂上がりの女の子ってこんなにいい匂いがするんだよ。どこのシャンプーか教えてくれ。


「ちょっと! 逃げるっすか!?」

「待って待って、逃げないから」


 行動を起こそうとするみやびちゃんを手で制する。恐らく自分のパーソナルスペースが極端に狭いみやびちゃんは、このままだと俺の懐に飛び込んできかねない。やはり男兄弟がいると異性との距離が近くなるんだろうか。俺に姉妹はいないからその辺りは想像でしかないのだが。


「私がいるじゃない」


 …………幻聴だよな?


 真冬ちゃんの声が聞こえた気がして辺りを見回すが、ソファから不満そうにこちらを睨んでくるみやびちゃんしかいなかった。それはそれで問題ではあるのだが。


「みやびちゃん、まず、落ち着こうか」

「私は落ち着いてるっすよ?」

「うん、そうなんだけど」


 この辺りで俺はやっと先程のみやびちゃんの言葉を咀嚼する準備が整い始めていた。


 ……ハーレム?


 …………俺が?


 な訳あるかい!

 …………とバッサリ切り捨てることなど決して出来ない状況なのは理解している。確かにハーレムだと思われても仕方ない。女性3人と毎日ご飯を食べているのに「俺はハーレムじゃない!」と否定する奴がいたら、俺はそいつと縁を切るだろう。


 だが。


「…………みやびちゃん。俺は決してハーレムなんかじゃないんだ」


 俺に限っては本当にハーレムじゃないんだよ。だってハーレムっていうのは、異性から赤い矢印が伸びてて初めてハーレムだろ?


 その点。

 その点だ。


 静から俺に赤い矢印が伸びてるか?

 ひよりんから俺に赤い矢印が伸びてるか?

 真冬ちゃんからは────点線矢印くらいは伸びてる気がしなくもないけれど。


 兎にも角にも静は俺のことを家事をやってくれる仲のいいお隣さんくらいにしか思ってないだろうし、ひよりんも晩酌相手くらいにしか思ってないだろう。真冬ちゃんだって、何だかんだ言ってもやっぱり兄ってイメージが強いんじゃないかと思う。そこに矢印が伸びてない以上、ハーレムということは不可能なんだよ。


「だってさ────」


 そのようなことを説明しようとした俺を、みやびちゃんは遮った。


「ならハーレムじゃなくてもいいっす! で、蒼馬さんは誰が好きなんすか?」

「うっ…………!?」


 距離を取ったことでみやびちゃんを視界に捉えることが出来た俺は、つい息を呑んでしまった。


 ────猛禽のようなのは八重歯だけじゃない。みやびちゃんはまるで獲物を見つけた肉食動物のような鋭い目で、俺を見つめているのだった。

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