神島少年探偵団の入団試験

秋村 和霞

神島少年探偵団の入団試験・上


 インターネットには色々なコミュニティーがある。


 音楽が好きな人達の集まり。アニメや漫画が好きな人達の集まり。特定の芸能人のファン達の集まりもある。


 これほど沢山のグループが作られているなら、僕が好きな推理小説について語るコミュニティーもあるんじゃないか。


 そんな期待を抱いた僕こと小林芳瑠こばやしかおるはSNSでとあるアカウントと出会った。


神島かみしま少年探偵団』


 プロフィールには「集え!神島県の少年探偵団!」の文字と、外部サイトへの誘導するリンクが張られている。アカウントには鍵がかけられ、相互フォローでなければ投稿内容を見ることができない。


 興味を引かれた僕は、プロフィールのリンクをタップする。


 開かれたのは神島少年探偵団の文字とシャーロック・ホームズを思わせる古風こふうな探偵のイラストを背景に、ユーザーのアカウントとパスワードの入力を求めるページだった。


 画面の下の方に『入団希望の方はこちら』の文字を見つけ、僕は迷わずそこを押す。


 表示されたのは神島少年探偵団の説明だった。要約すると、神島少年探偵団は神島県の探偵小説好きな中学生、高校生向けに運営されているサークルで、SNSや掲示板を使って謎解きを出し合ったり、お互いが好きな作品について語り合ったりしているらしい。運営は神島大学の推理研究会が行っているとも書いてある。


 そして、団員になるためには入団試験を受け、合格する必要があるという。


 この時の僕は言葉では言い表せないほど興奮していた。


 推理好きな仲間が集まる謎めいたサークル。しかも入団には試験がある。きっと本気で推理が好きな同年代の仲間が集まっているのだろう。


 問題はその試験に僕が合格できるかどうかだ。


『入団試験を希望の方はSNSアカウントにメッセージを送ってください。その際、以下の三点を記載してください。1.年齢と性別 2.好きな作品またはシリーズ 3.自由記載』


 あんずるよりむがやすし。僕は悩むよりも挑戦してみる性格だ。


 『1.14歳男子 2.アガサクリスティーのそして誰もいなくなった 3.謎解きなら自信あり。必要な情報が集まれば、すぐに答えに辿り着けます』


 メッセージを書き終えた僕は、少しだけ緊張しながら送信ボタンを押した。SNSは学校の友人とやり取りをするぐらいで、知らない人にメッセージを送るのは初めてだ。


 そういえば、ネットで知らない人と連絡を取り合っちゃいけないんだっけ? 僕は道徳の授業でやったネットリテラシーの内容を思い出す。


 住所や本名は書いちゃいけないんだっけ。あと、どこの学校に通ってるかもばれないようにしなきゃ。もし現実世界で会いたいって言われても、会っちゃダメ。もしどうしても会わなきゃいけない時は、信用できる大人の人と一緒に行くこと。


 僕はそれらの約束事を絶対に守ろうと心に誓って、まだ心臓がバクバク音を立てているのを感じながらベッドに潜り込んだ。




 それから数日。


 神島少年探偵団から連絡は来ないまま、平凡な日常が過ぎていった。


 いや、ただ平凡な日常という訳では無かったかな。僕たちにとって非常に重要なイベント……中間試験の結果発表があったのだから。


 総合得点から割り出された順位が、昇降口前のトイレ横の掲示板に張り出される。最近はこういう事をする学校も少ないらしいが、僕の通う千都せんと中学は中高一貫の私立ということもあり、高校受験が無いからと勉強をサボらないようにとテストの点数を比較されがちなのだ。


「えー、また小倉おぐらさんが学年一位かぁ」


 張り出された順位の前に群がる誰かが言う。小倉さんは二組の女子で、誰とも仲良くせず一人で本を読んでいる子だ。ルックスは可愛らしいのだが、誰も寄せ付けないオーラを放っている事から、孤高の小倉の異名で呼ばれている変わり者だ。


 本好きの同志としては、一度どんな本を読んでいるのか聞いてみた所ではあるが、同じクラスでもないのに話しかける勇気が僕には無かった。


「小倉っち、学校でも仲良くすればいいのに。小林芳瑠君もそう思わない?」


 自分の順位が真ん中から少し上である事を確認し、その場から立ち去ろうとする僕は突然名前を呼ばれて振り返る。


「……え、あ? そ、そうだね」


 声をかけてきたのは、同じクラスの氷沼ひぬまさんだ。ベリーショートの髪の女の子で、元気が良く友達の多いリア充組。ボッチではないけれど、どちらかというと日陰者の僕とは殆ど接点のない子だ。


「あっはは。小林君、反応面白いね」


 氷沼さんはけらけら笑いながら掲示板の前から立ち去って行った。


 一体何がしたかったのだろうか? 僕は行動原理の分からない氷沼さんに困惑しつつ、自分も教室へと戻る。


 ちょうど僕が教室に入ったところで、一時間目の授業の開始を知らせるチャイムが鳴る。慌てて自分の机に向かい、教科書とノートを机の中から引っ張り出した。


「起立。気をつけ。礼!」


 学級委員の小城こしろ君の号令で国語の授業が始まった。

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