第70話 天国は本当にあったんだ

 俺達はバスから降りると、そこには別荘ではなく豪邸が建っていた。


「これが別荘⋯⋯なのか⋯⋯」


 山の中であまりにも場違いな建物に、俺達は言葉が出ない。


「お姉ちゃん別荘っていうから、1階建てのログハウスを想像していたよ」

「そ、そうですね。私もお姉ちゃんと同じ様なことを想像していました」

「どうやらアリアの家は俺達の想像を遥かに越える資産家のようだ」


 重厚感あふれるコンクリートが長く伸び、大きい窓ガラスが太陽の光を余すことなく建物に取り込んでいて、ここが青山の一等地だと言われても信じてしまいそうな豪邸だった。


 これだけの建物だと管理費もバカにならないだろうと考えるのは、俺が庶民だからだろうか。


「裏手には温水のプールもあるから入りたい時は言ってね」

「プール! お姉ちゃんプールだって! すごいすごい!」

「紬、はしゃがないの」


 紬ちゃんは目の前の豪邸を見て、テンションがMAX状態になっている。

 無理もない。俺も紬ちゃんと同じくらいの年齢だったら、同じ様に喜んでいただろう。


 そして俺達は豪邸の門の場所までたどり着くと、そこには男の夢が広がっていた。


「本日はようこそお越し下さいましたお嬢様。そして御友人の方々」


 10人のメイドさんが左右に割れて俺達を歓迎してくれている。

 このような別荘の地にもメイドさんがいるなんて⋯⋯最高だ! よく俺を誘ってくれたとアリアに感謝したい。

 しかもみなさん20代くらいの美人さんばかりで、今の俺は一子相伝の暗殺拳を使う長兄のように、右こぶしを天に突き上げたい気分だ。


「兄さん⋯⋯鼻の下が伸びてますよ」

「リウトちゃん⋯⋯ジロジロ見るのは失礼だからね」

「なんのことだ」


 姉妹が左右から俺を挟み、苦言を呈してくる。どうやら俺の考えは全てお見通しのようだが、認めると女性陣からの非難が殺到するので、惚けることにする。


「残念ですが私の鑑定スキルからは逃れられませんよ。今の先輩は発情の状態異常が永続でかかっていることがわかっていますから」


 瑠璃がとんでもないことを言い出すと、神奈さんが紬ちゃんを護るように立ち塞がる。

 いやいや、神奈さんが瑠璃の言うことを信じちゃったじゃないか。これは後でお仕置きが必要だな。


「瑠璃、ちょっとこっちに来なさい。ゲームのことで話したいことがあるから別荘の裏手で話そうか」

「い、嫌です! なんで今なんですか! 先輩は絶対私に痛いことをするつもりだ」

「そんなことないぞ。偶然今話したいことを思い出しただけだ」

「神奈先輩助けて下さい! ゴブリンに襲われる」


 瑠璃の奴よりによってこの中で2番目に手が出せない神奈さんの後ろに隠れやがった。ちなみに1番手が出せないのはソフィアさんだ。何かしようと考えたらすぐにナイフが飛んでくるからな。


「兄さんバカなことをしてないで早く行きますよ」


 どうやら俺と瑠璃が話している間に、既に他のみんなは豪邸の中へと向かってしまったみたいで、ここにいるのは俺と瑠璃、ユズ、神奈さん、紬ちゃんだけのようだ。

 確かに出迎えをしてくれているメイドさん達をいつまでも待たせる訳には行かないな。


「まあいい。チャンスはいくらでもあるさ」

「神奈先輩! 私、先輩と仲良くなりたかったので、この旅行中ずっとついていきますね。いいですよね!」

「えっ! う、うん」


 神奈さんは瑠璃の勢いに押されたのか、苦笑いをしながら頷いている。

 瑠璃め⋯⋯神奈さんを盾にするつもりだな。


 こうして瑠璃へのお仕置きを胸に秘め、俺達はメイドさんの案内で豪邸の中へと向かうのであった。


 そして俺達は今日寝泊まりする部屋へと移動し、荷物をおく。


「外から見ても高級感溢れる建物だったが、中もそれに劣らずきらびやかで豪華部屋だな」


 部屋の中には絵画やツボなどが置いてあるが、きっとウン百万円とかするのだろう。掃除も行き届いているし、さすがメイドさんがいるのは伊達じゃない。


 ちなみに部屋割りはコト姉とユズ、神奈さんと紬ちゃん、瑠璃とちひろ、そしてアリアと俺は一人部屋となった。


 ただ部屋割りの時に一悶着あり、少し大変だった。


「紬はリウトお兄さんと同じ部屋に泊まりた~い」


 そう言って紬ちゃんは無邪気に抱きついてくる。

 そのセリフ、10年後にもう一度聞かせてほしいものだ。


「だ、だめよ紬! あ、赤ちゃんが出来ちゃうわ!」

「いやいや、さすがに紬ちゃんには手は出さないぞ」


 神奈さんは何を言っているのだろうか。そもそも生理が来ていないから子供は出来ないだろと言いたい所だが、女性陣からデリカシーがないと言われそうなので口にはしない。それに神奈さんから「赤ちゃんが出来ないからって、その欲望を紬へ存分にぶつける気なのね!」と言われそうだから黙っている。


「紬、いい? 未婚の女の子は男の人と2人でお泊まりしちゃだめだからね」

「そうなの? だったらお姉ちゃんも一緒にリウトお兄さんの部屋に泊まろうよ。そうすれば3人だからいいよね? とっても楽しそう~」

「だ、だめよ! 私も天城くんの部屋に泊まるなんて」

「3人でも駄目なの?」


 紬ちゃんの容赦ない純粋な言葉が、神奈さんを追い詰める。だがそこで思わぬ助けが入った。


「紬ちゃん、結ちゃんは家族でもない男の人とお泊まりするのが駄目って言いたかったの。だから今回はリウトちゃんの部屋に泊まるのは諦めてもらえないかな?」

「そうなの?」

「そ、そうよ。琴音先輩の仰る通り、家族でもない男性とお泊まりしたらダメなの」

「う~んわかったよ。残念だけどリウトお兄さんと一緒にお泊まりするのは諦めるね」


 さすがは生徒会長。見事に紬ちゃんを説き伏せたようだ。


「けどお姉ちゃんはだからリウトちゃんの部屋にお泊まりしても問題ないよね」

「あっ! 琴音お姉ちゃんずるい! やっぱり紬もリウトお兄さんの部屋に泊まる」


 コト姉と神奈さんの説得で納得してくれたのか、紬ちゃんは1度は引き下がってくれたように見えた。しかし今度はコト姉が俺の部屋に泊まると言い出してきたことにより、再び紬ちゃんも俺の部屋に泊まると主張してきた。


「コト姉変なことを言わないでくれよ」

「良い案だと思ったのに~」


 頼むから子供相手に張り合わないで欲しい。普段はしっかりしているお姉ちゃんだが、たまにポンコツお姉ちゃんになるからなコト姉は。


「お姉ちゃんも紬ちゃんに張り合ってないで早く部屋に行こう」

「そんな~お姉ちゃんはリウトちゃんと同じ部屋が良かったのに~」


 ポンコツお姉ちゃんはユズに引きずられて自分達の部屋へと向かう。


「ほら、私達も割り当てられた部屋に行くわよ」

「は~い。リウトお兄さん私達の部屋に遊びに来てね~」


 そして神奈さんと紬ちゃんもこの場から去り、俺は部屋に1人だけとなった。

 現在午後の14時半。この後の予定は15時に豪邸の裏にあるプールに入る予定となっている。

 俺は水着の用意をして特にやることがなかったのでベッドに横たわっていると⋯⋯。


 トントン


 突然部屋のドアがノックされた。

 誰だ?


「どうぞ」


 俺は何も考えず部屋に入るように促すが、ドアが開く気配がない。


「入って良いですよ」


 俺は声が聞こえていないのかと思い、再度部屋に入るよう促すとゆっくりとドアが開き、そこには俺の予想だにしない人物がいた。

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