第59話 パスワードは安易に決めてはいけない
俺は制服の中にある内ポケットからスマートフォンを取り出す。
「兄さん、いったい何を⋯⋯」
ユズは驚きの声を上げるが、今は気にせず俺はスマートフォンからある場所に電話する。
トゥルルルル⋯⋯トゥルルルル⋯⋯ガチャ
「はい⋯⋯どなたですか?」
「あ~⋯⋯俺俺、俺だけど」
「悪いが詐欺は間に合っているから切るぞ」
「冗談、冗談だ。2ーAの天城だ」
「声でそう思ったけど、何で俺の番号を知っているんだ?」
「田中に教えてもらったんだ」
俺が電話をかけたのは、2ーCクラスで前回エクセプション試験で戦ったサッカー部の井沢だ。
「個人情報筒抜けだな。それでこんな朝早くに何のようだ」
「井沢の家ってスーパーを経営しているよね? 申し訳ないけど今から店を開けてくれないかな? ちょっと1年生にスーパー井沢で買い物をさせてほしいんだ」
俺の言葉に周囲の者達が驚き、井沢の返事が気になるのか息を飲むのがわかる。
「無茶言うなよ。スーパーは親の物であって俺は何にも関わりがないんだぞ。天城にはシュートする時のクセを教えてもらったから、強力したいのは山々だが⋯⋯」
やはりダメか⋯⋯だがこれは想定内のことだ。焦る必要は全くない。
「スコアを3万⋯⋯もし今すぐ店を開けてくれたらスコアを3万円分贈与する」
「さ、3万⋯⋯だと⋯⋯」
電話の中の井沢と周囲から驚愕の声が聞こえてくる。
「もし無理なら、確か他にスーパーを経営している先輩がいたからそっちに連絡をつけるが⋯⋯」
「やる! すぐに父さんを説得する! 1年生に買わせればいいんだろ」
「ああ、ちょっとトラブルで新入生歓迎会で使う材料が届かなくて。助かるよ」
「それじゃあ店を開けれるようにしとくから。スコア3万忘れるなよ!」
Cクラスは前回60,000ものスコアを失ったから、スコアは喉から手が出る程欲しいものだろう。
とにかくこれで材料はどうにかなりそうだ。
「に、兄さんいいの? そんなにたくさんのスコアを使ってしまって⋯⋯」
「別に減ったならまた集めればいいだけだ。大した問題じゃない」
むしろスコアを出し惜しんでユズを助けられないことの方が後悔する。
「それと⋯⋯」
俺はクラスメート達の方へと向き合う。
もう俺が何を言うか、想像はついているのだろう。
「スパイス調整や要所要所の所は俺がやります。申し訳ないけどそれ以外の時間は1ーAを手伝わせて下さい」
俺はクラスメート達に向かって頭を下げる。するとユズと瑠璃、そしてもう1人の女の子が俺と同じ様に頭を下げた。
スコアがかかっている新入生歓迎会で、他クラスを手伝うなんて前代未聞だ。果たしてクラスメート達は許してくれるだろうか⋯⋯。
「頭を上げなさい。リウトはカレーのレシピを教えることで十分貢献したわ」
「私ももし紬に同じようなことが起きたら、きっと今の天城くんのようにみなさんに頭を下げると思います。ですからこちらは私達に任せて、天城くんは1ーAを手伝って上げて下さい」
ちひろと神奈さんが率先して俺が1ーAを手伝うことを許してくれた。
そしてクラスで求心力がある二人が認めてくれたおかげで、他のクラスメート達もその意見に賛同してくれる。
「みんな⋯⋯ありがとう」
「「「ありがとうございます!」」」
そして俺とユズ達は感謝の意を込めて再度頭を下げるのであった。
これでやることは決まった。
だがまだ材料がないため、まずは1年生3人にスーパー井沢で買い物をお願いし、その間に俺はカレーを作る。
「ユズ、スーパー井沢で必要な物を買ってきてくれ」
「わかりました。ですが今そんなにお金もスコアも持っていなくて⋯⋯」
「ユズユズと同じで私もです」
「すみません。私も」
この時期の1年生はエクセプション試験をほとんど行っていないからスコアもお金もそんなにもっていないだろう。
俺は自分のスマートフォンをユズに渡す。
「ここからスコアを使っていいから」
「えっ? でもパスワードは⋯⋯」
そうなるよな。ユズにはあんまり言いたくないけど今は緊急時だ。仕方ない。
俺はユズの耳元に口を近づけ、小声で囁く。
「スマートフォンのパスワードは、0402でSアプリのパスワードは0710だ」
「それって⋯⋯私と姉さんの⋯⋯」
そう。俺のパスワードは2人の誕生日になる。特に深い意味はないけどユズに知られて何だか無性に恥ずかしい。変な誤解をされないといいが⋯⋯。
「ふふ⋯⋯そうですか。兄さんが私の誕生日を⋯⋯。そうですかそうですか」
そして今度は逆に、ユズが俺の耳元に口を近づけて囁く。
「兄さんは私のこと、とっても大切なんですね」
「妹が大切で何が悪い」
「いいえ、ちっとも悪くありませんよ」
パスワードをユズに知られてマウントを取られたように感じるのは気のせいか? 何だか凄く悔しいぞ。
「ちょっと先輩ユズユズ! 何2人でイチャコラしてるんですか! 早く買い物に行かないと新入生歓迎会が始まっちゃいますよ!」
「瑠璃さんすみません。兄さんが⋯⋯その⋯⋯」
「そこで切られると気になるんですけど⋯⋯」
「とりあえず2人とも早く行ってこい!」
「「は、はい!」」
俺は恥ずかしくてユズと瑠璃に強めの口調で言うと2人は素直に従い、急ぎ調理室を後にするのであった。
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