第56話 大きくなったなはセクハラになる

 新入生歓迎会前日の放課後


 俺は調理室で明日使う食材のチェックを行っていた。


「よし、材料は全部あるな。後は明日早く来てカレーを作るだけだ」

「ご苦労様です。では今日はこれで解散ですかね?」

「そうだね」

「それではみなさん、明日は遅刻しないように午前6時半に集合でお願いします」


 俺と同じ調理担当の水瀬さんの声で、新入生歓迎会の準備は終了となり、Aクラスの面々は調理室を出ていく。


「さて、俺も帰るとするか。今日は夕方から明日の朝にかけて雨が降るって、天気予報で言っていたし」


 そして俺は荷物を持って調理室を出ようとした時。


「先輩先輩、お帰りですか?」

「そうだな。雨が降る前に帰りたいからな」


 突然瑠璃が現れて、人懐っこいわんこのように近寄ってきた。


「瑠璃達も食材のチェックか?」

「そうですね。ですが大部分は明日の朝一で届けてくれることになっているんですよ。ユズユズが隣県で安く仕入れることができる店を探してくれたので」


 スコアは羽ヶ鷺のお店以外からも仕入れることができる。ただその場合は学園を仲介する必要があり、多少日数がかかってしまう。


「大丈夫かそれ?」

「大丈夫です」


 俺達の背後から瑠璃の代わりにユズが答える。


「家でもネット注文したことがありますし、私達一年生は使えるスコアも少ないから、切り詰められる所は切り詰めないといけません」

「いつの間にか主婦根性が備わってきたな」

「誰が良いお嫁さんになるですか。兄さんも少しは私のことがわかってきましたね」


 ユズが何故か顔を赤くして明後日の方を向いている。


「いや、誰もそんなこと言ってないんだが⋯⋯」

「ほら先輩、私の言ったとおりでしょ。最近ユズユズの脳内がテンプテーションされているんですよ」


 瑠璃が俺だけに聞こえるように小声で話しかけてくる。


「確かにこれは重症かもしれないな」

「そのうちアヘ顔を晒しかねませんよ」

「それはまずい」


 ユズが白昼堂々とそんな顔を他人に見せたことに気がついてしまったら、間違いなく引き込もってしまうだろう。


「2人でこそこそと何を話しているのですか?」

「「な、何でもありません」」


 俺と瑠璃は圧がこもったユズの言葉に思わず恐れをなし、声が重なってしまう。


「そ、それより材料が明日到着なんてギリギリだな。本当に大丈夫か?」

「兄さんは心配症ですね。私は明日上手くケーキを焼けるかどうかの方が心配です」


 ユズはこう言ってるが、あれから何回も練習していたし、おそらく問題ないだろう。


「まあ準備がギリギリになるのも何か失敗するのも、後になれば良い思い出になるさ」

「先輩なんかおじさんっぽいです」

「それに私達は失敗なんかせず、兄さんのクラスに勝って見せますから」

「やる気満々だな」


 だが俺も簡単に負けてやるわけにはいかない。Dクラスに勝つことは諦めても、他のクラスに敗北するつもりはないぞ。


「あれ? ゴホッ、ゴホッ⋯⋯柚葉ちゃんがめずらしく男の人と話している」


 ユズから宣戦布告をされた後、瑠璃の後ろからマスクをしたおさげで三つ編みをした女の子と、ショートカットとボブカットの子が現れた。


「ん? この子達は?」

「あ、明日の新入生歓迎会で一緒にケーキを作る子達です」


 俺と瑠璃以外の子が現れたからか、ユズが余所行きモードに変化する。


「ど~も~私はになで⋯⋯ゴホッ、この子がさゆりでこっちがゆかりです。それで柚葉ちゃんと仲良しな先輩はどなたですか? まさか彼氏さんですか?」

「こ、この人は私の兄です」

「そうなの? ゴホッ! ゴホッ。あまり似ていないね」


 それはよく言われる。コト姉とユズはS級の美少女で俺は平凡な顔立ちだからな。以前はただ俺だけ親父の遺伝子が強いだけかと思っていたが、今では血が繋がっていないことを知っているので、似てないことは当たり前だと感じている。


「でもでも⋯⋯私この間のエクセプション試験見ました」


 ショートカットの子、さゆりちゃんがになちゃんを押し退けて、キラキラした目でこちらに詰めかけてくる。


「相手のシュートを何本も止めて先輩カッコ良かったです」


 そして今度はゆかりちゃんがさゆりちゃんを押し退けて前に出る。


「PKも止めてましたよね。あんなに近い距離のシュートを止めるなんて、柚葉ちゃんのお兄さん凄すぎます」

「そ、そうかなあ」


 後輩の真っ直ぐな視線に俺は少し圧倒されながらも、嬉しくて思わず顔がにやけてしまう。

 やっぱり後輩っていいな。何かこう⋯⋯擦れてないし。


「何だか少しイライラするのは気のせいですかね」

「ユズユズも? 実は私も」


 そして俺の気づかぬ所で、ユズと瑠璃はこちらをジト目見ている。


「先輩~もしよろしければ連絡先を聞いてもいいですか?」

「ゴホッ、ず、ずるい。私も聞きたいです」

「私も私も~」


 えっ? 何? これはモテ期到来? 人生に1、2度あるかもしれないしないかもしれないモテ期がついに俺にも!


 俺は喜んで連絡先を教えようと、内ポケットからスマートフォンを取り出そうとするが⋯⋯。


「兄さんは何をしているんですか」


 ユズが俺の右腕に自分の両腕を絡める。


「雨が降る前に帰りますよ」


 今度は瑠璃が俺の左腕に自分の両腕をガッチリと絡め、ロックしてくる。


「えっ? えっ?」


 そして二人はそのまま俺を調理室の外へと連行していく。

 突然の2人の行動に俺は驚き、抵抗することができない⋯⋯というか両左右の腕から感じる柔らかい物が、俺の抵抗する気をゼロにする。


「ユズ、瑠璃⋯⋯大きくなったな」

「訴えますよ」

「先輩、それセクハラですから」


 俺は無意識に出てしまった言葉に、2人から辛辣な言葉が返ってくる。


 こうして俺はユズと瑠璃に連れられて、雨が降る前の夕方の空の中、自宅への帰路に着くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る