第35話 試合の後が大切だ
「ちくしょう! 勝ちきれなかったか!」
試合終了のフエが鳴ると沢尻は顔をしかめ、悔しそうな表情をする。
「だがまだPK戦がある。気持ちを切り替えていこうぜ」
しかし、沢尻の言葉に賛同する者はCクラスの半数くらいで、残りの者達は現状がわかっているため顔を落とし、俯いていた。
「残念だけどここで試合終了だ」
俺は今の状況がわかっていない沢尻に現実を教えてやる。
「何を言っている! まだPK戦が⋯⋯」
沢尻も気づいたのかハッとなり言葉を詰まらせる。
「PK戦はキーパーがいないと成り立たないだろ? 封鎖サッカーのルールでCクラスはキーパーを配置することができない」
俺がキーパーを退場に追い込んだ残り20%の理由はPK戦のためだ。もちろん前後半60分で決着をつけられればそれで良かったが、PK戦になっても不戦勝で勝つことを狙っていたのだ。
だが正直な話、PK戦になった所で負けるとは思っていなかった。なぜなら主力選手のシュートを打つ時のクセは偵察してわかっていたし、俺には生まれ持った動体視力、そして不本意ながら親父に鍛えられた身体があるからだ。
そして俺の言葉が正しいと証明するかのように、審判である教師の声が辺りに響き渡る。
「試合は3対3の同点だがCクラスはキーパーが不在のため、この封鎖サッカーの勝者はAクラスとする」
審判の教師から勝利者宣言をされると、改めてAクラスは歓喜に沸き、Cクラスは失意のドン底へと落ちた。
「よっしゃー! 勝ったぞ!」
「私達の勝ちだあ!」
「まさかあの状況から勝てるなんて思ってなかった」
ふう⋯⋯何とか勝つことが出来て良かった。俺にとってほぼベストの結果になったことに、安堵のため息をつく。
「すげえよ天城! お前何で初めから出場しなかったんだよ!」
それは都筑、お前のせいだと言葉が出かけたが、俺は飲み込む。さすがに勝利した瞬間に本当のことを口にして空気を悪くするつもりはない。だがこれから都筑には、今日の分の借りをじっくりと返してもらうから覚悟しておけよ。
「リウトちゃんカッコよかったよぉぉ」
コト姉も勝利を祝福するためか、わざわざフィールド外から走ってきたので俺は抱き止める。
「凄い凄い! さすがお姉ちゃんのリウトちゃんだよ」
コト姉は興奮しているのか訳がわからないことを言っているが、その表情はとても嬉しそうだ。
でも抱きつくのはほどほどにしてくれよ。さっきから野郎共の目が怖い。
「先輩のカッコいいとこちゃんと見ましたよ。さすが奴隷商人で鈍感チートハーレム系俺何かやっちゃいましたか主人公なだけはありますね」
とりあえず瑠璃の言っている意味がわからないが、奴隷商人の言葉だけは抜いて欲しいぞ。
そして瑠璃もAクラスが勝ったことで興奮冷めやらぬのか、珍しく俺に抱きついてきた。
すると先程までクラスメート達から俺への称賛の声が上がっていたが、途端に非難するものへと変わっていく。
「琴音さんに抱きつかれるなんて⋯⋯俺と代わりやがれ!」
「いくらすげえ作戦を立てても軽薄な所は変わらねえのか」
「あの後輩の子、すごく天城くんに懐いているわね」
「まさかさっき言っていた奴隷って言葉は本当だったの?」
二人に抱きつかれることはとても嬉しいが、せっかく俺が築き上げたポジションを失う行為はやめて下さい。
俺、今回けっこうがんばったんだよ?
Cクラスのメンバーのクセや動きをスマートフォンの動画に取って研究したし、試合でも相手のシュートをたくさん止めて⋯⋯。
しかし俺の思いとは裏腹にこの後、非難の声はさらに大きくなる。
「リウトがんばったね。私も抱きしめてあげる」
そして俺への信頼を打ち壊すため、とどめと言わんばかりにちひろまで抱きついて来やがった。
「えらいえらい。さすがだね」
ちひろは可愛らしく笑みを浮かべ、褒める言葉を発するが俺にはわかっている。
こいつは自分も俺に抱きつくことによって、野郎共の嫉妬心をさらに燃え上がらせようとしていることを。
だからこのちひろの笑みは、野郎共に取っては天使の笑みに見えるかもしれないが、俺には悪魔の微笑みに見える。
そして案の定。
「やっぱりお前は俺の敵だ!」
「リュ○ク! どこにいる! 今こそ俺にデ○ノートを授けたまえ」
俺を亡きものにしようと都筑と悟が先頭に立ち、憎しみの感情を辺り一帯に振り撒くのであった。
「はあ⋯⋯ひどい目にあった。あれだけの憎しみと嫉妬、向けられた方はたまったもんじゃない」
俺は何とかコト姉達やクラスメート達を振り切り、Cクラスの元へと向かっていた。
なぜなら試合には勝ったが、まだ俺にはやることがあったからだ。
「くそが! 何でこんな結果に!」
「すまないな。サッカー部なのにあまり力になれなくて」
「俺もわざわざボールもらってゴールを決められないなんて⋯⋯自信なくすぜ」
Cクラスは先程まで行われていた封鎖サッカーの反省会をしているようだった。普通ならこのような所に勝者が訪ねるのはマナー違反もいい所だが、俺は構わず声をかける。
「お疲れさま、とても楽しい試合でした」
俺はなるべく笑顔で、紳士的にCクラスに接する。
しかしCクラスの連中はギロリとこちらを睨んできて、友好的ではないことが一目瞭然だった。
「何しに来やがった! 試合中俺達をこけにしやがって!」
「あれだけシュートを止めていれば天城くんにとっては楽しい試合だったろうね」
「今、ミーティングをしているんだ。用がないならどこかへ行ってくれないか」
Cクラスを代表してか、沢尻、田中、井沢から辛辣な言葉が放たれる。
こちらがエクセプション試験に勝ったこともそうだが、試合中に散々挑発したから、おそらくそのことを根にもっているのだろう。
「手短に一つだけいいか?」
返事は返ってこないが俺は構わず言葉を続ける。
「井沢くんと田中くん⋯⋯2人はシュートをする時にクセがあるから治した方がいい」
本当は二人だけではないのだか、サッカーをしているわけでもないので伝える必要はないだろう。
「俺と田中にクセだって!」
「ああ、井沢くんはシュートを打つ方向に首を傾げていて、田中くんは左にシュートする時、左肩の位置が3センチほど下がっている」
「「えっ? マジか?」」
二人は俺の言葉を信じてくれたのか、シュートの素振りをしてお互いのクセを確認し始めた。
「天城の言うとおり⋯⋯田中の肩の位置が違う」
「それを言うなら井沢も打つ方向に首を傾げているぞ」
どうやら二人は俺が言っていることが真実だとわかってくれたようだ。
「確かに思い当たる節はあった。最近ライバル校のキーパーに、シュートが読まれている感じがしてたんだ。まさか首を傾げていたとはな⋯⋯でも何で俺達にそのことを教えたんだ? 天城にメリットはないだろ?」
「まあ今回はエクセプション試験で敵同士になったから挑発とか色々やったけど、単純に知り合いが部活で頑張って良い成績を収めたら、同じ学校に通うものとして誇らしいからな」
「天城⋯⋯」
「お前俺達のことをそんな風に⋯⋯」
実際に今言った気持ちは本当だが、エクセプション試験の度に恨まれて集中攻撃されたらたまったもんじゃないからな。それなら恩を売っておいてこちらの味方につけておいた方がいい。
それにこれまでの傾向だと、今後サッカー系のエクセプション試験はおそらくもうないだろうから、弱点を教えてもなんら問題はない。
「俺が言いたいのはそれだけだ。ミーティングの邪魔して悪かったな」
そして俺はCクラスに背を向けてこの場を立ち去る。
すると背後から、何やら話し声が聞こえてきた。
「天城って良い奴だな」
「そうだよね。サッカー部のために弱点を教えてくれるんだもん」
「奴隷商人だけど」
最後の奴隷商人は気になるが、わざわざCクラスがいる前で井沢と田中の弱点を教えたかいがあった。これで少しは俺に対する恨みは減るだろう。
「ふざけるな! あんなの俺達を懐柔しようと良い子ちゃんぶってるだけだろ!」
だが中には沢尻のように俺の思惑通りに行かない奴が何名かいたが、概ね望んだ結果になったので俺は満足だった。
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