第33話 クライマックスにピンチは付き物

 後半18分⋯⋯試合はCクラスの攻撃から始まる。

 Aクラスは先程まで前線に柳、ちひろ、神奈さんを残していたが、今は柳のワントップにフォーメーションを変更し、ちひろ、神奈さんは守備に回ってもらうことにした。

 

 ここからはもうわざとシュートを打たせることはさせず、通常通り戦うように指示を出す。

 戦力的には敵の主力である沢尻、井沢、田中には重りはついてないため、こちらの方が不利に見えるが、実際にはキーパーがいないためゴール前に何人も張り付いていなければならないからAクラスが押していた。


「外れたか」


 柳のロングシュートが田中に弾かれ、コーナーキックになる。

 そして柳はコーナーキックから直接ゴールを狙うが、これも井沢のヘディングによりクリアしてしまう。

 Cクラスはクリアしたボールを拾うが、攻めるのに人数を三人しかかけていないため、すぐにAクラスがボールを奪い返す。


「奴らはビビって自分達の陣地から出てこれねえぞ!」


 都筑が今までの鬱憤を晴らすかのように、意気揚々と声を上げる。

 確かに都筑の言う通り、Cクラスは攻めるのに消極的だ。しかしカウンターでも食らったらたまったもんじゃないため、6人は常に自陣に残すようにしている。

 それと気になることがもう1つ⋯⋯。

 俺は再びこちらのコーナーキックになった時、急ぎ神奈さんの元へと向かった。


「前半から攻守に走り回って疲れているだろう?」

「はあ⋯⋯はあ⋯⋯。大丈夫、後少しの時間だからがんばります」


 正直な話、神奈さんはもう疲労困憊で限界を越えているように見える。だが彼女の持ち前の責任感の強さのせいなのか、最後まで全力で戦うことを選択したようだ。


「わかった。けどどんなシュートが来ても必ず止めるから無理しないでいい」

「その時は⋯⋯お願いします」


 99%休むことはしないと思っていたが、やはり予想が当たってしまったか。

 だが、神奈さんの言う通り時間は既に後半29分を越えている。ロスタイムはおそらく3分くらいだから、後少しで試合が終わるのも事実だ。

 しかし試合は後半32分に動く。

 Aクラスのコーナーキックを沢尻がヘディングでクリアすると今まで攻めるのに消極的だったCクラスが一斉にこちらの陣地へと走り出す。

 時間ギリギリに攻めてきたか。この場合33分を過ぎてもこちらがボールを奪わない限り試合終了のフエが鳴ることはない。逆にボールを奪った瞬間に試合終了のフエが鳴るので、攻められるリスクがない。


「最後の力を振り絞れ! ここで絶対に点を入れるぞ」


 Cクラスは全員一丸となって攻めてくる。元々のポテンシャルが高いこともあり、華麗とはいえないがそれなりのパス回しでAクラスのディフェンス陣を切り裂いていく。


「戻れ戻れ!」

「最後の最後でやられてたまるかよ!」


 悟と都筑の言葉にAクラスはボールを奪おうと奮闘するが、ついにはボールがペナルティエリアの中にいる沢尻に渡ってしまう。


「今度こそ決めてやるぜ!」


 沢尻はシュートを放つため右足を振りかぶる。


「さ、させないわ」


 だが神奈さんが沢尻のシュートをブロックしようと必死に走り、足を伸ばそうとするが⋯⋯。


「あっ!」


 疲労のせいか足がもつれ、沢尻のボールではなく、左足を引っかけてしまう。

 そして沢尻はバランスを崩し、その場に倒れると審判のフエが静寂したこの場に鳴り響いた。

 審判は右手をペナルティマークを指差すと、Cクラスから歓喜の声が拡がった。


「よっしゃーPKだ!」

「さすがの天城も邪魔がいないこの距離からのシュートは止められまい」


 Cクラスが勝利に手をかけた時、Aクラスはまるで通夜のように静み返っていた。


「ここでPKかよ⋯⋯」

「たぶんゴールした瞬間にタイムアップだから、点を取り返す時間もない」

「もうダメだ。この試合負けたな」


 この絶望的な状況に、Aクラスのメンバーから負の感情が放たれている。

 無理もない。確かPKの成功率は75%前後、止める確率も25%あるが、このロスタイムギリギリの状況では敗北の気持ちに苛まれ、勝つことを諦めてもおかしくない数字だ。


「わ、私⋯⋯なんてことを⋯⋯」


 反則を犯してしまった神奈さんはフィールドに膝をつき、絶望な表情をしてワナワナと震えていた。


「みんなでここまで頑張ったのに⋯⋯私が、台無しに⋯⋯天城くんが忠告してくれたのに⋯⋯」


 神奈さんの目から涙が頬をつたい、地面に染みが拡がっていく。

 やはり足に疲労が溜まっていたのか。神奈さんのことだからどんなことでも全身全霊で挑むと思っていたが、まさかほんとうに足が動かなくなるまで走るなんて。


「しょうがねえよ」

「一生懸命やった結果だから⋯⋯」

「神奈さんのお陰で点も入っているし、文句なんて誰も言わないよ」


 女子を中心に、クラスメートの大半はこのエクセプション試験の神奈さんの頑張りがわかっているのか、はたまた日頃の行いが良いためか、断罪する声は上がらない。

 だが、一部の者達は言葉には出してはいないが、恨めしそうな表情をしていた。

 この勝敗に60,000スコアの増減がかかっているので気持ちはわかるが、今はそんなことをしても意味がないことを理解してほしい。


「すまねえ! これも俺が余計な勝負を持ち込んだせいだ」


 都筑が封鎖サッカーの敗北を悟ったのか皆に頭を下げるが、先程の神奈さんの時とは違い、何か声をかけるものはいなかった。

 これこそ日頃の行いの差だな。都筑は普段から横暴な態度を取っていたため、庇う者が


「私が、私が悪いの⋯⋯ごめんなさいごめんなさい」


 神奈さんが皆に謝罪するとクラスメート達は都筑を攻めることもできず、神奈さんを非難することもできず、この場には微妙な空気が流れる。


だから俺はこの空気をぶち壊すため、声を上げた。


「やれやれ、何でもう負けたかのような気持ちになっているんだ? ボールはまだゴールを割っていないぞ」


 俺は沈んだクラスメート達に向かって語りかける。


「リウトPKだぞPK! たぶんキッカーは沢尻か井沢か田中だ。三人とも重りはついていないし止めることはほとんど無理ゲーだろ」


 悟は事細かに今の状況を説明してくれるが、ここは75%の不可能より25%の希望を信じてもらいたいものだ。それに一般的なPKを止める確率は25%でも、知恵と身体能力と運でその確率は上げられるはずだ。


「諦めたらそこで試合終了⋯⋯だろ」


 俺はハーフタイムに悟がみんなに向かって話した言葉をそっくりそのまま返してやった。

 すると意外にも効果がある言葉だったようだ。


「天城くんの言う通りだね」

「まだ俺達は負けたわけじゃないな」

「リウトもたまには良いことを言うわね」


 ちひろの一言は余計だったが、皆から闘志が戻り始める。


「今のリウト、マジでカッコいいな。惚れそうだぜ」

「気持ち悪いから惚れなくていいぞ」


 悟が俺に抱きつこうとしていたので、右手で静止してとめる。


「天城くん⋯⋯後はお願いします」


 俺は両手で祈るようなポーズをしている羽ヶ鷺のヒロインからの願いを受け取り、ゴールへと向かう。


 相手のキッカーがボールをペナルティーマークにセットする。

 どうやらPKを蹴るのは悟の予想通り、沢尻のようだ。

 俺に二回シュート止められたプライドを取り戻すためなのか、反則を獲得した本人だからなのか、勝利を決めてクラスでの地位を確固たるものにするつもりなのかわからないが、この勝負、Aクラスのため、神奈さんのため、そして自分のためにも負ける訳にはいかない。


 俺は両手を大きく広げ、沢尻を威圧する。おそらく沢尻は俺にシュートを止められたイメージを持っているはずだ。これで少しでもプレッシャーがかかれば⋯⋯。

 しかし沢尻は俺には目もくれず、サッカーボールに集中している。

 腐っても野球部のエースか⋯⋯ここを勝負所と捉えて、先程まで見られた不遜な態度が全く感じられない。


 ならばここは小細工などせず、正々堂々とお前のシュートを止めてやる。


 ピー!


 審判のフエがなると、沢尻をゆっくりと助走をつけ、そしてボールをおもいっきり蹴るのであった。

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