第3話 男なら一度は憧れるシチュエーション

 羽ヶ鷺学園⋯⋯文武両道をかかげる国立の高等学校。だが通常の高校とは違い、様々な能力が必要とされる学校であった。普通に卒業するだけであるならば授業を受け、テストでは赤点をとらずにいれば問題ない。

 しかし羽ヶ鷺学園では通常の成績表とは別に、独自の能力査定である知力、学力、身体能力、コミュニケーション力、素行の評価があり、これらの成績優秀者は学園独自のスコアが配布され、指定の物であるならばこのスコアを使って物を購入したり、食事をしたりすることができる新たな試みを取り入れた学園である。


「うぅ⋯⋯少し緊張します」


 俺達は住宅街を通り、羽ヶ鷺学園へと向かう道でユズがポツリと外行きの声でナーバスな言葉を吐く。

 ユズは人見知りすることがあり、親しい間柄でないと素っ気ない態度を取ってしまうことがあるから、新しい学園に行くことが不安なのだろう。


「昨日一回行ってるから大丈夫だろ?」

「昨日は入学式だけ⋯⋯終わったら帰宅だったから。同じ学園の人と一言も話していないし」


 ちなみに新一年生と生徒会のメンバーは昨日から学園が始まっていて天城家では今日から登校である。


「生徒の評価対象項目にコミュニケーション力ってあるんだぞ⋯⋯大丈夫か?」

「大丈夫じゃないです⋯⋯良いですよね兄さんと姉さんは社交的で」

「コト姉はともかく俺は必要な人としか話してないけどな」

「お姉ちゃんも必要な人としか話してないよ~」


 コト姉はその必要な人のキャパが半端ないけどな。


「姉さんは生徒会長だからコミュニケーション力の塊みたいなものですからいいですよね」

「そんなことないよ~お姉ちゃんだって人見知りするよ~」

「コト姉はそんなものないよな」

「リウトちゃんひど~い」


 どうせならその人見知りを俺に発動してほしいものだ。さすがに毎日姉に起こしてもらっていると他人に知られたら、シスコン認定されてしまう。


「ユズも中学からの友達がいるから大丈夫だろ?」


 俺とも繋がりがあるちょっと⋯⋯いやかなり特殊な奴が。だが悪い子ではないのでユズも心強いだろう。


「むむっ! 私の探知スキルによるとこっちに先輩達の気配が⋯⋯」


 噂をすればなんとやら、曲がり角から突然羽ヶ鷺の制服を着たツインテールの女の子が現れた。


「先輩方、ユズユズおはようございます」

「おはよう瑠璃」


 この異世界でありそうな言葉を口走っている子は斑鳩いかるが瑠璃るり⋯⋯ユズと同学年で俺ともただならぬ関係である。


「瑠璃さんおはようございます」

「瑠璃ちゃんおはよ~」


 3人共明るく挨拶をかわす。

 ユズも瑠璃には心を許しているのか、余所行きの顔を出してはいない。

 それにしても瑠璃は元気だな⋯⋯初めて会った時とは大違いだ。

 俺と瑠璃は2年程前からの付き合いで、その頃の瑠璃は、学校には行っていたが外に出ることがない半分引きこもりのような状態だった。そしてその時に見ていたアニメやゲームの影響で、異世界用語を口にするようになってしまったが、それも瑠璃の個性なので俺は良いと思う。


「リウト先輩さっきから私のことを見てどうしましたか? ま、まさか制服女子を一週間凝視し続けることによって、ついに透視のスキルを身につけたのですか!」


 瑠璃がとんでもないことを言い放つとユズが咄嗟に両腕で胸の部分を隠す。


「そんな素敵なスキル⋯⋯いやそんなことできるわけないだろ!」

「いえ、エチエチの実を食べた変態の兄さんならあり得る話です」


 ユズは俺を何かの漫画の能力者と勘違いしているのか? もし本当にそんなスキルが使えたら⋯⋯最高だな。

 俺はつい能力者となった自分を思い浮かべてしまう。


「デレデレして⋯⋯やっぱり兄さんは変態ですね。私達から離れて下さい」

「リウトちゃん、エッチなのはダメだよ!」

「私の鑑定スキルでもリウト先輩のスケベ値はSランクですね」


 俺は謂れのない罪を被せられると、三人は足早に学校へと向かってしまった。

 くそっ! 元はと言えば瑠璃が変なことを言うから。

 俺は後で瑠璃に復讐することを決意し、三人の後を追う。


 そして俺は三人から数メートルの距離を保ち学園へと向かう。

 うら若き女子高生を後ろからつける俺⋯⋯何かストーカーっぽいな。

 新学期早々やれやれだぜ。

 そして三人は楽しそうに会話しながら羽ヶ鷺学園に向かっているように見えたが、ユズからしだいに笑顔が消えていく様子がわかった。


 おそらく学園が近づくにつれて、緊張感が増してきているのだろう。新しい学校に馴染めるのか、 友人ができるのか、 色々なことが渦巻いているに違いない。


「ユズユズ~同じクラスになれるといいね」


 不意に瑠璃がユズに話しかけながら右腕に自分の腕を絡める。


「お姉ちゃんもリウトちゃんと同じクラスになれるといいなあ」

「いや、無理だろ。留年するつもりか? バカなことを言うんじゃないよ」


 生徒会長が留年なんかしたら前代未聞の出来事だ。


「いや~リウトちゃんが怒った~」


 コト姉は俺から離れ、今度は空いているユズの左腕に自分の腕に絡める。


「ちょっと姉さんまで」


 ユズは2人に抱きつかれ嫌そうな声を出すが、表情は先程までとは違い、笑顔で緊張が薄れているように見えた。

 まさかコト姉はユズをリラックスさせるためにわざとあり得ない話題を⋯⋯さすがはユズの姉だと感心せざるを得ない。こういう気づかいが出きるから生徒会長という役職に付けるのかもしれないな。


「ユズちゃん暖か~い」


 コト姉は猫のようにユズの身体にすりよせ幸せそうな笑顔をしている。


 気づかい⋯⋯だよな。

 俺はコト姉の行動が実は自分のためではないかと思いつつ羽ヶ鷺学園へと向かう。


 そして俺達は住宅街、商店街を通り15分程歩くと羽ヶ鷺学園へとたどり着いた。

 学園が設立されてからまだ5年ということもあり、校舎は新しく今日は新学期ということで生徒達の顔は、学校が始まるのを待ちわびた者ともっと休みが長ければ良いのにとダルそうにしている者の二極だったが、校舎の玄関付近だけは空気が違っていた。


「クラス替えの表が出ているのか?」

「そうですね、ここは私が⋯⋯千里眼!」

「またおかしなスキルを」


 全てを見通せる目だと? もし本当にあるなら覗き放題じゃないか! 俺がほしいわ!

 俺は心の中で突っ込みを入れながら瑠璃の千里眼スキルの結果を待つ。


「あっ? 私とユズユズ同じBクラスだよ。やったー」

「本当ですか? 疑わしいので実際に見てみましょう」

「えっ? ユズユズ私のこと信じてくれないの? 待ってよお」


やれやれ。賑やかな後輩達だ。

 クラス表を見に行ったユズを瑠璃は追いかけ、この場には俺とコト姉だけになる。


「それじゃあお姉ちゃんも生徒会長のお仕事行くね⋯⋯リウトちゃんバイバイ」


 そう言ってコト姉は体育館の方へと向かっていくと、この場には俺一人となり、先程まで騒がしかった周囲が寂しいものへと変わる。


 さて、俺もクラス表を見に行くか。

 ある意味これからの1年間の⋯⋯いや、もしかすると人生の分岐点になるかもしれない重要な出来事だからな。


 そして俺はクラス表が貼ってある玄関へと近づくが⋯⋯。


「人が多すぎるな」


 無理して進むことも出来ないことではないが、女子生徒も多くいるため、下手をすれば身体を触ったとして痴漢扱いされることも考えられる。ここはもう少しこの場で待ってから行くとしよう。

 瑠璃ではないがこんな時に千里眼スキルが使えれば簡単にクラス表が見れるのだろうか?


 俺はふと遊び心で目を閉じ千里眼と唱えて見ると⋯⋯不意に視界が暗くなった。

 えっ? まさかこれはスキルの効果?

 なんてことはなく後ろから誰かに目を塞がれただけだ。


「だ~れだ?」


 そして俺の背後から、甘い誘惑をするような声が耳元に響くのであった。


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