Chapter22

―怜二―

定時を過ぎ、仕事が一段落ついたところでPCの電源を落とした。秘書課の彼女とデートの約束があるらしいナベさんは、とっくの昔に姿を消している。

「終わりました?」

帰る支度をしっかり済ませた三浦が、すかさず声をかけてくる。

「行きましょ。」

「そんな急かさんといて。」

鞄を持ち、コートを腕に掛けて立ち上がる。

「あれ、二人でどこか行くんですか?」

「ん?…うん…。」

無邪気に聞いてくる名木ちゃんに何と答えたものか迷っていると、三浦が急に俺の肩を抱いてきた。

「デートしてくる。」

「は?!何言っ…」

「そうなんだ、行ってらっしゃい。」

にこにこ手を振る名木ちゃんに、いつもの調子で「お疲れ」とだけ言って、三浦は俺の手を引いて歩きだした。

「何やの、この手。」

抗議すると、意外にあっさり手を離されて拍子抜けた。

「なんか、つい。」

「つい、って何やねん。」

エレベーターが来るまでの間にコートを羽織る。無人で下から登ってきたエレベーターに乗り込み、三浦が一階のボタンを押す。

「…俺、クリスマスなて興味なかったんです。」

不意に三浦が呟く。

「恋人同士がデートしなきゃいけない日みたいになってるのも、意味わかんないし。」

でも、と三浦が俺の方を向く。

「今なら分かる気がします。好きな人と特別な事をするきっかけに、丁度いいんでしょうね。」

何と答えたものか考える暇もなく、エレベーターの戸が開く。

「あ、そうだ。買い物しないとですね。」

「…そうやな。スーパー寄ろか。」

車のキーを出し、地下駐車場へ続く階段を下りる。

―買い物して、一緒の部屋に帰って、ご飯を一緒に食べる。

まるで同棲しとるみたいやな、と思いかけ、慌てて浮かれた考えを打ち消した。

どうせ、もうすぐ会わなくなるのに。

最後の思い出になりそうな予感に、胸が締め付けられた。


スーパーで買い物をして俺の部屋に着き、スーツを脱いでセーターとデニムに着替えてエプロンを付け、キッチンに入る。

「俺、野菜の皮むきくらい出来るようになったんですよ。」

得意げにそう言ってピューラーを握る三浦に苦笑した。

「そんな事も出来んかったのが信じられんわ。」

「貸してください。」

シャツの袖をまくって手を差し出してくる三浦にニンジンを渡す。危なっかい手つきで、ゆっくり皮むきをする様子を見ていたら笑えてきた。

「子どもみたいやな。」

「誰にだって初めての瞬間はあるでしょ。」

「練習したんとちゃうんか。」

「しましたよ、…一回。」

「何やそれ、手切らんといてな。」

何のかんのと話しながら、鶏肉に味をつけ、サラダとスープの準備を進める。

三浦は、皿を並べたり、あとは焼くだけになった鶏肉をオーブンに入れてスイッチを押したりと、出来る手伝いを一生懸命やってくれた。

―楽しいな。

素直にそう思ってしまい、急に、鼻の奥がツンとした。

「…トイレ行ってくるで、ちゃんと見とってな。」

三浦にそう言い残してトイレに入り、扉に背中を預けて上を向いた。落ちてきそうになっていた涙を、必死で堪える。

…どうしてこんなに好きになってしまったんやろ。望みなんか無いのに。

思い切り気持ちをぶちまけてしまいたい衝動を、必死で抑える。

せめて、今は楽しく過ごそう。変に思われないように。気持ちに、気づかれないように。

異動の事を話したら冷静になれなさそうで、今日話すのは諦めることにした。

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