Chapter10
―怜二―
会社から一番近い所というと大通り沿いのショッピングセンター内の映画館しかなく、平日とはいえ夕方なので学生たちの姿も多かった。
「スーツ姿のおっさん二人で映画って…どうなん?」
飲み物を買って戻ってきた三浦に思わずそう言うと、心外だとばかりにむっとされた。
「おっさんて何ですか、まだ二十代ですよ俺ら。」
「はあ…。見てみい、周り。制服姿が目に眩しいわ。」
「そういう佐伯さんの発言がオヤジクサイんすよ。」
「オヤジって何や、まだ俺27やで。」
「おっさんもオヤジも一緒でしょ。…はい、コーヒーどうぞ。」
「ありがと…」
あ、お金…とポケットに手を入れると、いいです、と手で制された。
「お弁当、ごちそうになってますから。」
「…あ、もしかして弁当のお礼てこれか?」
「まさか。それはそれでまた考えておきます。」
ほら行きましょ、と促され、入場口へ向かった。
出入り口のスロープに近い端の席に並んで座る。スクリーンには予告映像が流れていた。
「若い女の子ばっかりやん…」
背後からこそこそ聞こえてくる声の若さにげんなりする。
よく見なかった俺も悪いが、映画の内容は少女漫画が原作の王道ラブストーリーものだったのである。
「佐伯さん、周り気にしすぎじゃないですか。」
素知らぬ顔でコーヒーを啜る三浦に、じっとりした視線を投げる。
「お前は、ほんまに…。せめて私服なら良かったわ、こんなくたびれたスーツ姿で。」
「別にくたびれてないじゃないすか。」
「ものの例えやわ。」
せめてもの抵抗でジャケットを脱いで膝の上に載せた。しわが寄らないように気を付けて畳み、三浦が買ってくれたコーヒーを手に取る。
「三浦は、普段映画とか見るん?」
「見ますけど、映画館来たのは久しぶりかも。」
「あー、普段はDVDとかで見るんか。」
「そうですね。つっても、相手が見たいっていうやつを隣で何となく一緒に見てる事が多いっていうか…」
「相手?」
つい聞き返すと、三浦は何故か気まずそうに口を閉じた。
「…その、昔の彼女、とか。」
「あーはいはい、カノジョね。」
わざと茶化してやると、三浦が嫌そうな顔でこちらを見た。
「今はいませんよ。」
「こないだ聞いたわ。何でムキになるん。」
「だって…何か、からかってませんか?」
「別に?良いやん、彼女と映画鑑賞。」
お付き合いとして健全やからな、と心の中で付け加える。
「今隣におるのが、俺で申し訳ないわ。」
まだ湯気の立つコーヒーの飲み口に、意味も無く息を吹きかけてみる。
三浦が何か言おうとしたタイミングで、館内の照明が暗くなった。
「始まるで。」
こちらに向いていた三浦の体をスクリーンの方へ向けさせる。さざめくように周りから聞こえていたお喋りの声も、すっと静かになる。
映画の内容は、思っていたほど退屈ではなかった。
主人公は今流行りのアイドルグループの一人とモデル上がりの女の子の組み合わせだったが、演技は上手いし話のテンポも良く、つい引き込まれて見てしまった。
片思いの相手に告白するかどうか悩む、ヒロインの女の子。相手の男の子には彼女らしき存在が見え隠れしている。
メール一つで一喜一憂したり、偶然街ですれ違っただけで、運命みたいだと胸をときめかせたり。
―そんな純粋な気持ち、いつの間にかどこかに置いてきてまったな…。
観ながら、ついどこか感傷的な気持ちになってしまう。鳴らないスマホの画面を何度もつけたり消したり。何も映らない画面に、ヒロインの傷ついた表情が反射する。
…分かるで、その気持ち。来てないって分かってるのに、期待してしまうんよなー…。
手すりに肘を置く。ごて、と何かが肩に落ちてきて驚いた。
「…おい」
小声で呼びかける。スクリーンからの大音量にかき消され気味ではあるが、かすかに聞こえてくる三浦の寝息。
「自分から誘っといて寝るなや、ほんまに…。」
思い切り肩を跳ね上げてやろうかと思ったが、あまりにぐっすり寝ているので、可哀想になってやめた。
…能天気な奴やわ、本当に。人の気も知らないで。
仕方なく三浦の枕になってやりながら、けれどもう映画の内容は頭に入ってこなかった。
そっと寝顔を盗み見る。いつもすっきりと分けている前髪が、少し崩れて瞼にかかっていた。
長い睫毛。高い鼻。噂通り、女性に苦労した試しなんか無いだろう、整った顔立ち。
―俺、好きだなんて一度も言ったことないですよ…―
きっと、三浦には分からんのやろな。
好きになった相手が振り向いてくれない苦しさも、片思いで胸が焦がれる切なさも。
小さくため息をつく。もたれ掛かられた肩から感じる重みに、微かに胸が締め付けられた。
ちょうどエンドロールが流れ始めたタイミングで、肩にのしかかっていた重みが消えた。
「…あれ、終わっちゃいました?」
あくび交じりにそう言う三浦に、呆れた視線を送る。
「よお寝とったなあ。そんなに俺の肩が心地よかったか?」
「え、もたれてました?すみません…」
びっくりした様に謝る三浦を軽く小突いてやる。
「どんだけぐっすり寝てたん。誘ってくれた女の子と行っとったら、嫌われたやろなあ。」
「ああ…なら良かったです。」
「良かったて、何が。」
ジャケットを羽織りつつ聞き返すと、三浦はちらりとこちらへ視線を寄越し、小さく笑った。
「佐伯さんと一緒に見れて、良かったなって。」
「…何言うとるん。寝とったくせして。」
「佐伯さんの隣、居心地が良くてつい。」
「はあ?…お前、口上手いなあ。営業むいとるわ。」
「本当ですよ。リラックスしてたからつい、眠くなっちゃったんです。」
飄々と軽口を叩く三浦の背中を叩いてやる。
「さ、帰るで。」
「帰るんですか?ご飯でも食べに行きましょうよ。」
「ええで、三浦のおごりな。」
「はい。」
「…冗談やわ、そんな素直に頷くなや。」
「寝ちゃったんで、おわびに。あ、映画面白かったですか?」
「ん-、まあ面白かったんちゃう?」
「あれ、もしかして佐伯さんも寝てたとか。」
「違うわ、誰かさんの寝顔見とったら、内容分からんくなってん。」
ついそう言ってしまってから、ふと思いついて一言付け加える。
「可愛い顔して寝とったで。」
三浦は何か思い当たったのか、くすりと笑った。
「もしかして仕返しですか?」
「え。」
「佐伯さんて、結構根に持つタイプなんですね。」
「…お前なあ、ちょっとは照れたりせえや。」
「照れません。だから可愛いんですよ、佐伯さんは。」
殊更に”可愛い”を強調されて顔が熱くなる。
「やっぱりおごってもらお。何食べようなー。」
「あれ?冗談じゃなかったんですか。」
「先輩からかった罰やわ、高いもん食べよ!」
「どこ行きますか?」
いくら意地悪を言っても動じず笑っている三浦を見ていたら何だかどうでもよくなって、結局、適当に見つけた店でラーメンを食べて帰った。
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