Chapter7
―怜二―
「めっちゃ美味しい。」
一口食べてそう言ったきり、三浦は黙々と俺が用意したご飯を食べ続けている。
「さすが、まだ若いだけあるなあ。学生みたいな気持ちいい食べっぷりやね。」
「いやまじで、こんな美味しいご飯久しぶりに食べました。」
「おかわりあるで。」
「まじすか。」
嬉しそうに食べる三浦を微笑ましく見ながら、昨日の残りをトマトソースで味つけを変えたハンバーグを口に運ぶ。
いきなり『ご飯を食べさせてほしい』と言われた時にはどうしようか迷ったが、こんなに美味しそうに食べてくれるなら作り甲斐もあったというものである。
「ごちそうさまでした。」
しっかり二杯分ご飯を食べ終わり、きちんと手を合わせてくれる。
「良かったわ、口に合って。」
「マジで美味しかったっすよ。料理上手なんですね。」
「一人暮らし長いからなあ。三浦は、全く自炊せえへんのか?」
「一応家にフライパンだけありますけど。たぶん埃かぶってますね。」
思わず吹き出してしまう。
「なんか想像つくわ。」
「でしょ?…まじで、手料理なんて久しぶりに食べた。」
「実家に帰ったりせえへんの?」
「そんなしょっちゅう帰らないですよ。帰っても正月とかだから、結局外食とかになるし。」
「遠いん?」
「都内だから近いっすよ。だから余計に、そんな帰らないっつーか…。佐伯さんは、大阪ですよね。」
「うん。俺は向こうにおった頃は、まめに顔出してたで。」
「異動してきて長いんですっけ。」
「三年目やね。ようやっと、東京のごみごみした雰囲気にも慣れたわ。」
食べ終わった食器を片付けながら、家に招く間柄でする話じゃないな、と内心苦笑する。歓迎会の酒の場でしそうな話題を、今更。
手伝います、と三浦も腰を上げる。
「ええよ、座っとって。」
「ごちそうになったんだし、皿くらい洗います。」
「食器洗いは出来るんか?」
「それくらい出来ますって。」
「割るなよ?」
「気を付けます。」
シンクの蛇口をひねり、スポンジを濡らして食器洗剤で泡立てる様子はさすがに慣れていそうだった。
さっきは食事の支度を手伝うと言うから包丁を握らせてみたら、恐ろしく危なっかしかったのであっという間に取り上げたのだが。
「佐伯さんて、ずっと彼女いないんですか?」
隣に立って洗い終わった食器を布巾で拭いていたら、不意にそんなことを聞かれた。
「…まあ、長いことおらんけど。何で?」
「いや、女の人達が佐伯さんのお弁当は彼女が作ってるんじゃないかって噂してたんですけど。自分で作ってるんですよね。」
「あー…いつも作るわけやないけどな。気が向いた時だけ。」
「ふうん…。けどいいですね、自分で作れるのって。」
「自分こそ、彼女に作ってもらったりしいひんの?」
聞かれてばかりなので聞き返すと首を傾げられた。
「彼女?誰のですか。」
「お前以外に誰がおんねん。」
「え、いないっすよ。誰か言ってたんですか?」
「いや…噂でな、三浦は高校時代から彼女切らした事ない、ゆうて…ミスコングランプリとも付き合ってたらしいやん。」
噂と言うか、秘書課の女の子たちの中に偶然、三浦の高校の同級生がいたのである。
春先に『名木ちゃんのお疲れ様会』と称した合コンを開いた時、べろんべろんに酔った名木ちゃんがあまりにも同期の三浦を羨む話ばかりするものだから、三浦と同級生だったという女の子が色々な話をしてくれた。
曰く、高校入学と同時に騒がれ数多の美人と付き合い、果ては若い教師まで三浦に惚れて言い寄っただの、年上の大学生と付き合いだしたと思ったら実は某有名女子大のミスコングランプリだっただの。
「あー…そういえば付き合ったかな。」
当の本人は、とぼけた返事をして皿を洗い続けている。
「何やそれ、覚えきれんほど元カノおるんか。」
「よく分かんないんすよ。付き合ってほしいって言われて付き合っても、割とすぐ振られちゃうから。」
「好きじゃないのに付き合ってたん?」
驚いて聞くと、三浦は意外そうにこちらを見た。
「佐伯さん、今まで付き合った人のこと、みんな本気で好きだったんですか?」
「ええ?」
そんな真っ直ぐに疑問としてぶつけられると、自分の方がおかしいんじゃないかと思えてくる。
「好きやったよ。好きやから、付き合うんやろ。不誠実やなぁ、三浦は。」
嫌味っぽく言ってやると、三浦は苦笑を浮かべて水を止めた。
「不誠実かぁ。でも俺、今まで付き合った人達に、好きとは一度も言ったことないっすよ。」
「え、ほんまに?何で??」
「だって、嘘は言えないから。」
誠実でしょ?と真面目に言ってくるので苦笑が漏れた。
「それ、誠実言うんか?よおわからんわ…」
使い終わった布巾を軽く洗って干しながら聞く。
「今までいっぺんも、本気で好きな人できた事ないん?」
三浦は少し考え、無いかも、と呟いた。
「そおか。なら、いつか好きな人が出来たら、その相手が初恋やな。」
「そうですね。」
あっさり頷き、俺が片づけようと手に持っていた小鍋を、すっと横から取って片づけてくれる。
背伸びするそぶりもなく、簡単に上の棚に手が届く。
「ほんまに背高いなあ。羨ましいわ。」
思わずそう言うと、三浦はちらりとこちらを見て小さく笑った。
「佐伯さんは小さいですね。」
「何言うん、自分がでかすぎるんやろ。そんな変わらんで。ほら。」
ちょっとむきになって背伸びした拍子に、足元のキッチンマットに足元を取られてよろけた。
「…っと。」
慌てる様子もなく軽く受け止められ、鼻先を三浦の肩にぶつける。―うちで使っている物とは違う柔軟剤の香りがした。
「佐伯さんて、意外とすぐムキになるんですね。可愛い。」
「…お前、やっぱりからかっとるやろ。」
「そんな事ないですよ。」
体を離し、そろそろ帰りますね、と三浦は居間に置いた上着を取りに行った。
「では、ごちそうさまでした。」
「道分かるか?」
玄関まで見送りに行く。スーパーからは、俺の車に一緒に乗ってきた。
「大丈夫です、帰れます。」
「そおか。」
送ろうか?と言いかけ、どきりとした。何だかまるで、このまま三浦が帰ってしまうのを惜しんでいる自分がいるのに気づく。
「おじゃましました。」
「三浦、」
「はい?」
玄関のドアノブに手をかけたまま振り返った三浦に、思わず言った。
「明日、弁当作ってくから…一緒に食べへん?」
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