第27話 四元徳の運命(さだめ)
「何なのあれは一体……」
ライアンの声が意図せず震えている。
同様に剣を握る手も震えていた。
それと言うのも全て目の前に突如として出現した謎の巨人のせいだ。
そもそも巨人と定義付けて良いものなのか、辛うじて頭、胴、四肢があるというだけ、体型は両腕と胴体がやたらと太く脚が短めであるお陰で辛うじて人型と認識でき得る程度で頭の両脇から生える極端に長く曲がった巨大な角は水牛を彷彿とさせる。
そして漆黒の体表は一切の光源を反射せず輪郭が蜃気楼の様に常に揺らいでいた。
これはそもそも大魔王、いや生命体なのだろうかそれすらも怪しい。
この存在の不気味さに彼女は本能的に恐怖を覚えたのだろう。
『分からない、オレの魔王に関しての知識にもこんな物の情報は一切覚えがない』
四元徳随一の頭脳派である
『分からねぇ事をグジグジ考えていても始まらねぇべ!! ライアン、攻撃だぁ!!』
「え……うん、そうだね!!」
そして勇気の剣を改めて握り締め謎の巨人に向けて駆け出した。
「やあああああああっ!!」
ライアンはジャンプ一番、巨人の右脛に向け剣を振るった。
巨人は遥か大きく、彼女の最大跳躍力を持ってしてもその高さが限界なのである。
だが巨人は迎撃どころか防御姿勢すら取ろうとしない、その巨体故動きが鈍重なのであろうか。
『………ぬあ!?』
「何……今の……?」
ライアンも信じられないといった表情だ。
「剣で斬った感触が無い……」
『んだ、まるで霞を斬ったみてぇだったな』
確かにライアンは勇気の剣を思いきり振りかぶり巨人の脚を斬り付けた、しかし刀身は何の抵抗も無くそれを素通りしたのだ。
『実体が無い……という事なのでしょうか?』
『その様だな、目に見えちゃいるがコイツには定まった身体が無いという事だ』
『ここからはオレの憶測になるがこの黒い存在は思念体の類のものだと思う……』
「思念体? ウィズダムそれってどういう事よ?」
『ライアン、大魔王は何が原因でこの世界に現れると思う?』
「どうしたの突然……原因? 原因ね……そう言えば考えた事も無かったわ」
『だろうな、人間がそれを知る事は無いし考えた事も無いだろうな』
「じゃあ何だっていうの?」
『大魔王の出現の原因、それはこの世界に生きる全ての生物の悪意が極限にまで増加したした結果それが結集、凝縮した結果意志を持ち実体化する事で起きる』
「何ですって?」
『ねぇ、それが目の前にいるっていう巨人と何の関係があるの?』
「そうか
ライアンたちは呆然と立ち尽くしその巨人と対峙する。
巨人も今はただそこに佇んでいるだけで特に攻撃をしてこない。
「じゃあどうすればいいの? 勇気の剣すら通じない相手をどうしたら倒せるの?」
『それもそうだがそれだけが問題じゃぁない、見ろあの膨大な悪意の量を……余裕で大魔王を五、六人以上誕生させる程の量があるはずだ』
「何ですって!? それなら尚の事早く何とかしなきゃ!!」
『今の状態ではオレ達の攻撃は一切通用しない』
「それってあの悪意が大魔王として実体化するまで手が出せないって事なの!?」
『そういう事になる……その結果が相手が複数人の大魔王になるのか若しくは複数人分の強大な力を持った一人の大魔王になるのかは今の時点では何とも言えないな……』
「そんな……そんなの勝てっこないよ……」
ライアンは絶望の余り膝から地面に崩れ落ちた。
『そうだろうな、この女勇者覚醒状態を以てしても勝ち切れるかどうかは分からない……』
『だがな、やれる事はまだある』
「本当なの!?」
ライアンはそれを聞き色めき立つ。
『ああ、女勇者では無く四元徳のオレ達にならな……』
『まさか……ウィズダム、あれをやるつもりなのですか!?』
『そうだ、今までもそうして来ただろう? テンパランス、今更何を躊躇する事がある?』
『いえ私やカリッジは良いですが……その、ジャスティスは、ルシアンはどうするのです!? あれをやったら彼女の魂は……』
「ちょっと二人とも何の話をしているの!? ルシアンがどうかしたの!?」
二人の不穏な会話に堪らずライアンが割り込む、ルシアンの名前が出てしまってはそのままにしておけなかった。
『……いいかよく聞けライアン、はっきり言って大魔王の実体化を待って戦いを挑んではオレたち勝ち目はない……ならどうするか、今のこの悪意の状態のまま封印するしかない……』
「封印……それはどうやるの? あたしはどうしたらいい?」
『女勇者のお前に出来る事は無い……『四元徳』の『生きている
「そ……そんなぁ……」
ライアンの目じりに涙が溜まり頬を伝っていく。
『……ブライアン、聞こえる?』
「ルシアン!! 君はそれでいいの!?」
『覚悟は元の身体で冒険に出た時から決めていたしね、今更命なんて惜しくは無いわ、寧ろこんな状態でも大魔王討伐に貢献できるのなら望む所……』
「そんな……君を元の身体に……人間に戻してあげる約束は……」
『こうなる可能性が有る事を知っていてオレはそう言った……騙すような形になって本当に済まない……』
「酷い……酷いよウィズダム!!」
『ブライアン、ウィズダムを責めないで上げて、世界を救う方法がこれしかないのならやらなければ、ううんやるべきなのよ』
「ううっ……ルシアン……」
辛抱しきれず滝の様な涙を流すライアン、しかし誰もそれを諫める者はいなかった。
『……やれやれ、ここに来てメソメソ泣きじゃくるとはね……女勇者が聞いて呆れる……』
ふと沈黙を破る軽口を叩く者がいた。
「この声は……ジャスティス!?」
『消滅していなかったのか……』
『そうだよ、ジャスティス様だよ……まさかこの僕を亡き者にしようとは
何と正義の盾の修復の際に消滅したと思われた
『現状はルシアンの内側からずっと見てたよ、不本意だけど今回ばかりは僕もウィズダムの意見に賛成だ』
『へぇ、お前にもまだ四元徳の使命感が残っていたとはね』
『言ってくれるね、僕は常に使命に忠実さ、やり方が君らと違ったってだけでね』
『こんな時まで何ケンカしてんだ!!』
『まあまあカリッジも熱くならずに、ジャスティス、無事でなによりですよ』
『テンパランス、君だけだよ僕の無事を祝ってくれるのは』
「………」
四元徳で盛り上がっている所でライアンはそれどころでは無かった。
先ほどから絶望に打ちひしがれているのだから。
『ライアン、ねえねえ何さっきから一人で悲劇のヒロインを演じてるのさ、僕が無事って事は打つ手が増えたんだよ?』
「……何を言っているの? あなたが居た所で封印するのは変わらないんでしょう? ルシアンの魂が消えてしまうのに変わりはないじゃない……」
『君さ、あのピンクのドラゴンから貰った玉、まだ持ってるかい?』
「玉? そう言えば……あっ!!」
懐から
何と
『そうか、どうやらその玉は何度も使えるものでは無かったらしい、使えてあと一、二回くらいだろう』
『いいよ一回でも使えるのならね、ライアン、その玉を正義の盾に向かって使いなよ』
「えっ……?」
『察しが悪いなぁ、その玉にルシアンの魂を移せって言ってるの』
「あっ……!!」
ルシアンは
すかさず
玉は温かく淡い紅色の光を放つ、そして程なくして光は収まっていく。
それと同時にひびの亀裂が更に大きくなった。
『うん、無事にルシアンの魂はそちらに移ったようだね、やっと窮屈さから解放されたよ』
こうして正義の盾は元々の状態に戻った事になる。
『よし、これで準備万端だな』
『ゾンダイクめ、余計な置き土産を置いて行っただなぁ』
『いつもと違い変則的ですがこの封印によって大魔王の誕生の周期が長くなる事でしょう、何せいつもより多い悪意を封印する訳ですからね』
『その分僕らの眠りも長くなるけどね、まあこれも
四元徳それぞれが決意を固めた。
『……ブライアン、世話になったな、みんなを代表して礼を言う』
「ウィズダム……」
いつになく素直な
これで四元徳の装備たちとはお別れなのだと。
『騙し打ちで男のお前を女に変えてまで女勇者にさせちまったがこれしか世界を救う方法が無かった、謝っても謝り切れねぇ……』
「今更だね、お陰で俺の人生滅茶苦茶だよ」
そうは言うがライアンの表情はどこか晴れ晴れとしている。
『お前はどうか知らないがオレは楽しい旅だった、お前との旅の記憶は忘れない』
「俺もだよウィズダム……」
ライアンが装備していた四元徳の装備が一瞬発光すると一斉に弾ける様に外れた。
『それはサービスだ』
ライアンは白いワンピースを纏った状態で立ち尽くしていた。
両手にはひび割れた生命の玉を持って。
そして四つの装備は宙を舞い漆黒の巨人を均等に取り巻くように配置につく。
『……
ビキニアーマー、剣、盾、マントが直視できない程の眩い光を放ち各々を光の線で繋ぐ。
そして地面には古代文字の様な文様がずらりと並んだ魔方陣が浮かび上がる。
そこから立ち上った光は壁となって漆黒の巨人を取り囲んだ。
オオオオオオオオオオ……。
それまで無言だった漆黒の巨人がうめき声のようなものを上げた。
まるで見えない力に上から抑えつけられているかの如く魔方陣が展開する地面へと身体を屈めていく。
しかし流石に魔王の元凶、最後の抵抗を見せその力に抗い立ち上がろうとしている。
『……ぐぬぬぬぬっ……!!』
『けっぱれ!!』
『あと……少しです!!』
『君らも四元徳ならば意地を見せてみなよ!!』
四元徳も苦しいのだ、それでも渾身の力を籠め封印を維持している。
「みんな……頑張れ……」
悲痛な表情のライアンが見つめる中、光の壁は徐々に円の中心に向かって範囲を狭めていく。
ヌオオオオオオオオオ……。
まるで断末魔の悲鳴のような音を残し漆黒の巨人は光の壁に挟まれ圧し潰されついにはその姿を消滅させていったのだった。
暫くして静寂が当たりを包む。
破壊された洞窟の天井の岩場の隙間から光の束が降り注ぐ、まるで天使のはしごの様に。
そこには純白の布を身に纏い佇む少女と大きく抉れた地面が残るだけだった。
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