第16話 四天王ルシアン


 「そんな……ルシアンが四天王だったなんて……」


 身体の力が抜け地面に膝から崩れ落ち、両手をつくライアン。

 その状態でも正義ジャスティス吸収アブソーブの効果は持続しており少しづつ引き寄せられている。


『しっかりしろライアン!!』


 知恵ウィズダムが励ますも失意の彼女には届いていない。


『おいジャスティス!! お前、生きている装備リビングイクイップでありながら魔王に与するって言うのか!?』


『与する? それは違うね、僕は僕の正義に従って行動しているに過ぎない、勇者か魔王かなんて結果が出せればどちらでもいい事だよ』


『おめぇ!!』


『おやカリッジ、君も文句があるのかい?』


『……一つ聞かせてくださいジャスティス』


『何だいテンパランス?』


『その女性、ルシアンさんと言いましたか彼女はあなたが契約してから四天王になったのですか? それとも元々四天王だったのですか?』


 知恵ウィズダム勇気カリッジの頭に血が昇っていたのを察し、節制テンパランス正義ジャスティスに問い掛ける。


『うーーーん、そうだね、どちらかというと先に四天王だったかな?』


 何とも歯切れが悪い物言いをする正義ジャスティス


『ルシアンさんはこのライアンさんと一緒のパーティーで魔王軍と戦っていたのですよ、以前から魔王軍だったのはおかしくないですか?』


『あ、悪い悪い言い方が曖昧だったね、うんルシアンが四天王にされるのを僕は見ていたって言うのが正しいね』


「何ですって!? それはどういう事!?」


 正義ジャスティスの言葉に反応し正気に戻るライアン。


『四天王五頭巨竜ドグラゴンに負けて奈落に倒れていたルシアンが居たんだよ、虫の息とは言えまだ生きていた、そこで僕は彼女に声を掛けて契約をしようと思ったんだけどね、先客が居たんだよ先客が』


「まさかそれって……」


『察しは付いている様だね、そう、魔王だよ魔王』




 一月前。


 正義ジャスティスから少し離れた洞窟の地面には女戦士ルシアンがうつ伏せで倒れていた。

 額が割れ頭からは夥しい出血をしていたがまだ息はあるようだった。

 

『おや? 女の子が倒れているね、これは都合がいい彼女を契約者に仕立てて僕もそろそろ動き出そうか』


 正義ジャスティスが思念をルシアンに送ろうとした時だった、その僅かな隙にどす黒い暗黒瘴気に包まれた魂の様なものが割って入った。


『女……お前、このままでは死ぬぞ?』


「ううっ……」


 暗黒瘴気の問いにルシアンは既に言葉を発する余力すらなかった。


『返事が出来ぬか……まあ良い、そもそもお前の意思など尊重する気はさらさらない、お前には我が手足になってもらおうか』


 そう言うと暗黒瘴気の塊は一度霧散し、その後ルシアンの口からスルスルと彼女の体内へと入って行く。


「がはっ……!!」


 のたうち回りもがくルシアンであったがその後全く動かなくなった。


『さあ立つがよい』


「………」


 暗黒瘴気の魂と同じ声がルシアンにそう命ずると彼女は無言でむくりと立ち上がった。

 身体に装備していた防具は黒い炎のようなものに包まれて焼け落ち、新たに紫色のビキニアーマーに身を包んでいた。

 その意匠は実に禍々しくおどろおどろしい物であった。


『今を持ってお前は四天王暗黒女帝ルシアンとなって世界を蹂躙するのだ』


「はっ……ゾンダイク様」


 冷たく淡々とした口調で返事をするルシアン。

 見開かれた目は血の様に真っ赤で爬虫類の様に瞳孔が楕円になっていた。


『おやおや、とんでもない場面に出くわしたものだね、まさか獲物を横取りされるとは』


 暗黒女帝ルシアンがその場を去ろうとした時だった。

 今度は正義ジャスティスがルシアンに呼び掛ける。


『やあルシアン、初めまして僕は四元徳の生きている装備リビングイクイップ正義ジャスティスというものだよ』


「何だ……?」


『こっちこっち』


 キョロキョロと辺りを見回しているルシアンを自らの居る場所まで誘導する。

 やがてルシアンは正義の盾が祀られている祠へ到着した。


『ようこそルシアン』


「盾? 盾がしゃべったというのか?」


『そう、僕は伝説の武具の一つなんだ、どうだい? 僕を装備してみないかい?』


「お前を?」


『そんな防御力だけ強い盾より僕の方がよっぽど役に立つと思うよ? そうすれば魔王様を脅かす偽善の輩を倒すのも容易い筈だよ』


「魔王様のお役に……?」


『そうそう、四天王の中で君が一番魔王様のお気に入りになれるんだ』


 正義ジャスティスは先ほどのルシアンと魔王の会話から得た断片情報を元に口八丁の嘘をでっちあげルシアンを煽り立てる。


『さあ、僕を左腕に嵌めて』


「……ああ」


 ルシアンは四天王化した時に左腕に装備していた紫色の盾を外し代わりに正義の盾を装備した。


「うぐっ……!!」


 次の瞬間ルシアンが胸を押さえ苦しみだした。


『フフフ、これは極上の暗黒瘴気だ、反転して全て僕の力に変えさせてもらうよ』


 正義ジャスティスは自身の正邪反転カルマインバーションの能力を使いルシアンから暗黒瘴気を奪い去った。


「貴様……よくも私を謀ってくれたな……」


 ルシアンの瞳孔が縦に絞られる。


『おや? 洗脳までは解けないか、なら仕方ない騙したのは悪かったけど僕が君の使命を手伝う事を約束しよう、思うがままに動くといい』


「何だと? どういうつもりだ?」


『いいからいいから、僕は僕の目的さえ果たせればそれでいい、利害が一致している間は協力するって事さ』


「そういう事か、食えない奴だ、だがおかしな行動をとったらすぐさま叩き割ってやるから覚悟しろよ?」


『肝に銘じておくよ』




『と、まあ色々あってね現在に至るって訳さ』


「ちょっと!! それってルシアンが四天王にされる所を黙ってみていたって事よね!?」


『そういう事になるね、でも仕方ないじゃないか、そもそも動く事の出来ない僕には彼女を助ける事なんて出来はしないんだから』


「くっ……!!」


 ライアンは歯を食いしばって悔しがる。


『そういう事で君らは僕の力の糧になってもらうよ、後の事は僕に任せていいから』


『馬鹿な!! お前ひとりで魔王を倒せると思っているのか!?』


 知恵ウィズダム正義ジャスティスを怒鳴りつける。


『世界を平和に導く方法は何も魔王を倒す事だけじゃない、魔王の統治の下世界を平定する事もまた平和に繋がるとは思わないかい?』


『そんなのは詭弁だ!! 力で捻じ伏せ支配しておいて何が平和か!!』


 今度は節制テンパランスが意見する。


『そんな事はいいんだよ、いっただろう? 目的さえ達成できればって……そもそも僕と君らでは根本的な所で分かり合えないんだ、そろそろ消えてよ』


 正義ジャスティスは更に正義の盾の吸引力を増した。


『ジャスティーーース!!』


 知恵ウィズダムの怒号が響き渡る。

 ライアンの身体はもう盾の僅か手前まで引き寄せられていた。


「くっ……こんな所で終わるだなんて……」


 ライアンが諦めかけていると、どこからともなくルシアン目がけて火球が飛んできて爆発を起こした。


『うわわっ!! 何だ!?』


 当然の事に動揺し正義ジャスティスは吸引を止めてしまう。


「身体が……動く……」


『今だライアン、一旦逃げるぞ!!』


「うん!!」


 吸引の力から解き放たれたライアンは一足跳びにその場を離れた。


「こっちだ!! 女勇者!!」


「誰!?」


「いいからこっちだ!!」


 恐らく先ほど火球を放った男だろう、紫色のローブが魔術師であることを物語っている。


(この紫のローブ、どこかで見覚えが……)


 しかもライアンはそのローブに見覚えがあったのだ。


『やれやれ、逃がしたか……まあいいや、お楽しみは後に取っておくとして僕らは僕らでやる事をやろうか』


「………」


 正義ジャスティスの言葉にルシアンは静かに頷くのであった。




「ここまで来ればいいでしょう」


 紫のローブの男の先導でライアンは大きな滝の傍らまで来ていた。

 流れ落ちる水の音で気配は遮られ追手が掛かりにくい上、適度に湿った空気が疲れた身体に心地よい。


「あなたは一体?」


「申し遅れた、私はローガンという魔術師です」


 剥ぐったフードの下からライアンの見慣れた男の顔が現れた。


(ローガン……)


 ライアンは心の中でつぶやく。


『知り合いか?』


(うん、ルシアンやギロードたちと一緒に僕が所属していたパーティーのメンバーだよ)


『またか』


(そうだね、こんなに偶然が重なるなんて……)


 どういう訳か行く先々で元のパーティーメンバーと出くわすのだからそう思いたくもなる。


『どうした? 何かあいつとあったのか?』


(えっ?)


 しかしライアンの物の言い方がいつもと違って沈んでいる事に知恵ウィズダムは気付く。


(そうだね、えーーーと……)


『嫌なら言う必要は無いぜ?』


(ううん、大丈夫……前のパーティデね、ローガンは男の頃のあたしが役に立たないからってパーティーからあたしを追放しようとみんなに提案していたのよ)


『何だって?』


(でもこればっかりはあたしに問題があるから……)


『そうか……』


 知恵ウィズダムはそれ以上この事をライアンに追及する事を止めた。


「助けて頂いてありがとうございます」


「危ない所でしたね、あの四天王とは私も色々ありまして、こんな所で立ち話も何ですし、私たちのアジトにお越しください、さあさあこちらへ」


 ライアンがブライアンである事を知らないローガンは笑みを浮かべながらライアンを導く。


(ブライアンの時はこんな顔を見せた事無い癖に……)


 ライアンは心の中で恨み言を言う。

 ローガンが滝の裏へと入って行くのでライアンも後に続くと、そこは人が悠々通れるくらいの通路になっていた。


「へぇ、中がこうなっているなんて……」


「正面からは滝が遮って見えませんからね、隠れ家にはうってつけですよ」


 そこから結構な時間を歩くと今までの通路とは比べ物にならない程の大きな空洞に到達した。

 そこには数十人からの人々がいてまるで街にあるギルドの酒場のようなところで忙しなく動き回っていた。


「ようこそ、ここが私たちのアジト『カスケード』です!!」


 ローガンが両手を広げて大袈裟に振舞う。


「おおっ!! これが噂の女勇者様か!!」


「キャー!! 可愛い!!」


「なんと美しく凛々しいのだろう!!」


 ライアンに気付いたカスケードの人々が大挙として押し寄せライアンを取り囲む。


「どっ、どうも……」


 ライアンは相変わらず作り笑いを浮かべるのが精一杯であった。


「戻ったかローガン」


「ああ、情報通り女勇者はこちらに来ていたよ」


「ギロード!?」


 何とローガンに話しかけているのは剣士のギロードであった。


「よっ、あれからも活躍していたようだなライアン」


「まさかあなたがここに居るなんてね、身体の調子はどう?」


「ああ、本調子までもう少しといった所だが雑魚くらいは蹴散らせるぜ」


「そう、それは良かったわね」


「おや、これはライアンさんではないですか」


「サンファン!?」


 ギロードと談笑していると今度は僧侶のサンファンが現れた。


「お久しぶりです」


「まさかあなたまで」


「ローガンが魔王に対抗するために地下組織を創設したというので馳せ参じたのですよ」


「身体はどう?」


「はい、すっかり良くなりましたよ、まあ前線にはもう出られないでしょうけど後方で仲間の回復に専念しますよ」


 何と期せずしてブライアンの元のパーティーメンバーが揃ってしまったのだ。


「ここにルシアンがいればもっと良かったのに……」


 ライアンの口をつきそんな言葉が漏れる。


「えっ!? あなた、ルシアンを知っているのですか!?」


「えっ? ああっ!!」


 ローガンに指摘され慌てて口を押えるも時すでに遅し。


『何とか誤魔化せ、ここでお前がブライアンである事がバレたら面倒な事になる』


(分かってるよ!!)


『ルシアンとは小さい頃の幼馴染なんですーーー!!』


 棒読みのわざとらしいセリフだ。


「そうでしたか、ならば話は早い……あなたも見た通りあの四天王はルシアンの身体を乗っ取っているのです、どうか彼女を取り戻すためにお力をお貸し願えないでしょうか?」


「えっ?」


 話は予期せぬ方へと動き出していく。

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