第12話 女勇者東へ


 「ねぇ、これからどうするの?」


 ライアンがとある宿屋の二階の窓から村の様子を見下ろす。

 女勇者ライアンの活躍により四天王幽霊騎士ガランドゥから解放されたマルロゥ村は戦勝ムードに沸いていた。

 村の中はまるでお祭りの様に活気に満ち溢れ、人々に笑顔が戻っていた。


『そうだな、まずはもう一度敵の四天王の情報に付いて整理する必要があるな』


「そうね、早く何とかしないと別の町からこの村に連れてこられた女性たちが自分の家に帰る事が出来ないからね」


 ガランドゥの支配が取り除かれたとはいえそれはこの世界の西側の部分の平和だけであり、このマルロゥ村がある土地は魔王軍が言うところの中立地帯という事になっている。

 四天王同士の縄張りが隣接しない様にするための非支配区域という意味で魔王軍に占領されている事実は変わらない。

 そのせいで西側から連れてこられた女性以外はま未だ地元に帰る事が無理な状態にある。


『残りの四天王って一体どんな奴らだべ?』


「あたしの知る限りだと先日倒した西の幽霊騎士ガランドゥ、東の魔獣戦鬼ギランデル、南の五頭巨竜ドグラゴン……っといった所かしら?」


『ちょっと待て、四天王だろう、何で三人しかいない?』


「それがね、北を支配している四天王だけは名前も姿も分かっていないのよ」


『何だって? それは一体どういう事だ? ライアン、お前は以前魔王軍側から魔王攻略の方法を宣伝していたと言ったよな?』


「そうだけど、その一人だけは最初から伏せられていたのよ」


『何故だ?』


「知らないわよそんな事!!」


『まあまあお二人さん、夫婦喧嘩は犬も喰わないと言いますし……』


「『夫婦じゃない!!』」


 節制テンパランスのたしなめの言葉に敢然と断りを入れるライアンと知恵ウィズダム


『んだば、倒しちまった鎧野郎はいいとして他の二人はどうなんだべ?』


「うーーーん、私は一度ドグラゴンの戦っている所を見た事があるけど、あれは人間が太刀打ちできるでは無いわよ? どうすれば勝てるのかってレベル」


『そんなに強いのですか?』


「名前の通り五つの頭を持つ竜でそれぞれ違う属性の魔法を使って来るのよ……炎、水、雷、土、分かっているだけでこれだけの魔法攻撃をして来たわ」


『残りの一つは?』


「残念だけど確認出来てない、その前にあたしのパーティーは敗走しちゃったから……」


 ライアンは悲しそうに目を伏せる。


『ふむ、そいつは一番最後に後回しだな』


『何でだ?』


『そんな強い奴と二番目に闘って消耗し過ぎるのはリスクが高過ぎる、後に二人控えているのを考えれば……それに正体不明の奴も論外だな、他の二人を倒せば嫌でもあちらから勝手に出て来るだろう』


「じゃあ……」


『そう、必然的に二番目に倒すべきは魔獣戦鬼ギランデルという事になる』


「………」


『どうしたんですかライアン?』


 押し黙るライアンに不安そうに声を開けた節制テンパランス


「うん? いえ、そうよね、そうそう、それがいいわ!!」


 急に取って付けたように大袈裟なリアクションを取るライアンに知恵ウィズダムは思い当たる節があった。


『……ルシアンの事が気になるんだろう?』


「……えへへ、やっぱり分かっちゃった?」


『収容所で女が言っていたがあそこから更に数人の女が別の所へ連れ出された節がある、もしかしたらルシアンも既にで連れ出された後なのかもしれない……今は情報が全くないがもしかしたらそのギランデルとかいう四天王が何かを知っているかもしれない』


「うん、動かなきゃ何も始まらないからね、ありがとうウィズダム」


『べっ、別に礼を言われるような事は言ってないぞ……』


『おんやぁ? 何をそんなに動揺しているべか?』


『てめぇカリッジ!! お前は何時も一言多いんだよ!!』


 ギャアギャアと騒がしく口喧嘩を始める二人。

 その様子にライアンの表情も緩む。

 ライアンは皆が自分に気を使ってくれている事が痛いほど分かったのだ。


『所でテンパランス、サンファンはどうなっただか? おめぇさんのパートナーの』


『命に別状は有りませんが残念ながら旅の同行は無理でしょうね、今は村の治療院で介抱して頂いてますが』


『そうだったか』


『そこで皆さんにお願いです、私だけでも同行させて頂けないでしょうか?』


「えっ?」


 ライアンは驚きの表情を浮かべる。


「大丈夫なのかな? あたしは既にウィズダムとカリッジの二人を所持してるんだけど三人目のテンパランスまで身に着けても?」


『恐らくは大丈夫だろう、実際ガランドゥ戦で俺達三人を身に着けた状態で戦っても特に不具合は無かった』


『んだな』


「でもそれって普通じゃない事なんでしょう?」


『そうですね、過去に二つ以上の生きている装備リビングイクイップを装備して戦った人間など聞いた事がありません』


『それだけたライアンこいつが特別で優れているって事だ』


「そんな、あたしなんて弱っちいし取り柄も無いのに」


『言っただろう、身体能力の良し悪しだけでオレたちの適応者にはなれないってな、だからお前はその自らの存在を誇っていい』


「ウィズダム……」


 ライアンの頬が薄っすらと紅色に染まる。


『また始まったべ、お熱いですなお二人さん』


「『そんなんじゃない!!』」


 またしてもいつものやり取りに突入するのであった。




「ヨシ!! いざ東へ!!」


 旅の準備を整えたライアンは肩に袋を担ぎ一路村の東側を目指した。

 少し村を離れ林道に入った頃だ。


『ライアン、ちょっといいか?』


「何?」


『オレが情報を大事にしている様に情報ってのは時に数千、数万の戦力よりも威力を発揮する事がある、当然魔王軍もそれは承知だろう』


「そうだろうね、ウィズダムが情報を分析して知識と絡める事でこれまでも勝利してきたからね」


『……そんな話はいい、オレたちがガランドゥを倒したことは既に近隣の町や村に伝わっていると思って間違いない、勿論魔王軍にもだ、敵の待ち伏せや罠があるかもしれない、気を付けて進むんだ』


「了解しました軍師殿!!」


 ライアンは敬礼の真似事をしてお道化て見せた。


『何なんださっきから、気持ち悪いぞお前』


「気持ち悪いとは何よ、今回の事であたし、ウィズダム事を少し見直したんだ」


『………』


 知恵ウィズダムは黙って聞いている。

 他の二人も茶々を出してこない。


「ウィズダムが不調の時あたしたちだけで作戦を立ててガランドゥに挑んだ時、始めは良かったんだけど途中から劣勢になって、どうする事も出来なくて……でもウィズダムが復活したらいとも簡単に状況をひっくり返せた、やっぱり知識は、それを使い熟すウィズダムは凄いんだなってあの時思ったんだ」


 伏し目がちで潤む瞳。

 さらに続ける。


「騙されて女にされてしまって恨んだりもしたけれど、君と組めて良かったって今は心底思うよ、ありがとうウィズダム」


 さわやかな笑顔を浮かべるライアン。

 嘘、偽りのない心からの感情が彼女と密着している知恵ウィズダムにはしっかりと伝わってくる。


「……あっ、カリッジとテンパランスにも感謝はしているからね?」


『何だかついでってかんじがしますねぇ』


『んだんだ』


「もう、言わなきゃよかったかなぁ……」


 ライアンが情けない表情をしていたその時だった。


『ライアン、右だ!!』


 右方向から何かが風を切りながらこちらへ向かって飛んでくる、矢だ。


「はっ!!」


 いとも簡単に飛んできた矢を勇気の剣で叩き落すライアン。


「グルルルルッ……」


 唸り声と共に姿を現したのは頭が犬の様になっている人型の怪物コボルトだった。

 鬱蒼と茂った草木のせいで視界が悪いが数頭が確認できる、手には棒切れに縄で石を括りつけた石斧や弓を持っている。

 

『早速お出でなすったか、雑魚ばかりだ速攻蹴散らしてしまえ!!』


「うん!!」


 ライアンは言うが早いか一番手直にいたコボルトに素早く走り寄り剣で一閃、斬り伏せる。


「ギャン!!」


 断末魔の悲鳴、矢が数本飛んできたが問題無く躱し次の個体へと接近、次々とコボルトを薙倒していく。


『もう周りに敵はいない様ですよ』


「ふぅ……」


 軽く息を吐き剣を鞘に納める。


『よく動けてるじゃないか、最初の頃と比べてずっと良い』


「へへーーん、大分女の身体の特性が掴めて来たよ、男の身体とは骨格や重心が違うからそれに合った身体の動かし方をしないとだからね」


『頼もしいぜ』




 数時間歩き、東にあるロローナ村へと到着するがライアンはすぐに異変に気付く。


「大変!! もう戦いが始まっちゃってる!!」


 立ち昇る火の手と煙、建物の隙間から覗き見るとミノタウロスの大軍が村の広場を埋め尽くして居る。


『あれ!! あいつでねぇべか!? あのデカいの!!』


 勇気カリッジの指摘通り一際目立つ巨漢の男がミノタウロスの群れの中にいた。

 ミノタウロスとて大型のモンスターであるがその巨漢は更にその倍ほどの身長があった。


『両肩に獅子と虎の頭を持つ巨漢の髭面……間違いない、あいつがギランデル……』


 ギランデルは不敵な笑みを浮かべ誰かと会話をしている様だ。

 彼の視線の先にいるのは疲弊しきった兵士たちとその先頭に立つ老兵であった。

 その老兵と何やら会話を交わし、しまいにギランデルは高笑いを始め周りのミノタウロスたちも同調し辺りが騒がしくなる。


『何を話していたかまでは聞き取れませんでしたが舌戦って奴ですね、私たちがガランドゥ相手にやった事をギランデルがやっている、見てくださいあの老兵、完全に頭に血が昇っています』


 節制テンパランスの言う通り老兵はこめかみに血管が浮き上がり歯を食いしばっている。


『おう!! とうとう切り掛かって行っちまったべよ!!』


 老兵が剣を構えて一人敵の軍勢に向かっていく。

 ミノタウロスたちは敢えて道を開けギランデル自らが前に出た。


『残酷な事をする、雑魚に任せず手ずから爺さんを手に掛けることによって自らの強さをアピールするつもりなのだろう、四天王の強さって奴をな……あの戦闘馬鹿っぽい見た目に反して中々頭が回る奴なのかもなあのギランデルって奴は』


「ちょっと!! 悠長に解説してないであのお爺さんを助けるわよ!!」


『おうよ』


 ライアンが地面を踏みしめるとその部分の土が抉れ上がり、彼女は凄まじい速さでギランデルと老兵の間に立ち入った。

 ギランデルにより振り下ろされた長く太い棍棒を勇気の剣で受け止める。


「……っ、重い……」


 見た目通りの思い一撃にライアンの足元が地面に沈み込んだ。

 万全の体勢で受け止められなかったこともあり思わず膝を付いてしまう。


「ぬぅ……?」


 ギランデルが訝し気に唸る。


「女勇者様だ……来てくださった!! やはり女勇者様は実在しておられた!!」


 傍で見守っていた人々から続々と歓声が沸き起こる。


『チッ、それ見た事か、もう話が伝わってやがる、やりずらいな』


 知恵ウィズダム呆れた様に舌打ちする。


「貴様……ただ者では無いな、この俺の得物をそんな細い剣で受けるとはな……」


「………」


(簡単じゃないわよ、すっごい痺れたわ)


「そうかいそうかい、この俺とは口も利きたくないってんだな、それも良し!! 女風情が!! 早々にご退場願おうかぁ!!」


 ギランデルが切れ気味に棍棒を振り上げライアン目がけて振り下ろしてきた。


「貰った!!」


(ちょっ、気が短すぎ!! ちょっと黙っていただけじゃない!! カリッジ、|身勝手の剣使うわよ!!)


『おう!!』


 ライアンが念じる、棍棒に刺されと勇気の剣に強く願う。

 するとまるで柔らかい肉に刺さるナイフの如く剣が容易く棍棒に突き刺さった。


「ばっ……馬鹿な!!」


(次!! 抜けない様に!!)


 ギランデルが必死に剣から棍棒を抜こうとするがビクともせず、気張っているせいでギランデルの顔が段々と紅潮して来る。


(ヨシ!! 今よ!! また斬れるようにして!!)


『忙しいなや』


 すると今度はまた棍棒に刺さっている部分の剣が切れ味を取り戻し、ライアンが歩みを進める毎に棍棒を切り裂いていく。

 棍棒は両外側へと反って割れていく。


(このまま行ければ……!!)


 しかし次の瞬間、ギランデルが自ら棍棒の握りてから手を放し後ろへ大きく飛び退いたではないか。


(あっ!!)


『あの野郎、危険を察知して距離を取りやがったな? 侮れん』


 そこからギランデルは暫くこちらを睨んでいる。


「ちっ……伝説なんざ信じちゃいないがお前からは何か嫌な気配がしやがるぜ……」


 ピィイイイイイイイッ……!!


 ギランデルは指で作った輪っかを口に当て大きな指笛を轟かせた。

 指笛に反応してミノタウロスたちがゾロゾロと後退していく。


「俺としちゃあ多少張り合いがなけりゃつまらないからなぁ、女、名前は?」


『何者だ? 何者だ?』


(何あの肩の動物、しゃべるの? 仕方ない、名乗っておくか……)


「……ライアン」


「女勇者ライアン、今日の所は退いてやる、次合う時には存分に殺し合おうじゃないか、俺の名はギランデル、憶えておけ!!」


 ライアンを指さし捨て台詞を吐くとギランデルはマントを翻しながら踵を返し、ドスドスと足音を立て去っていく。


(ふぅ、良かった引いてくれるのね、このまま戦ったんじゃどう転ぶか分かんないもんね)


 ライアンは心の中で安堵の溜息を吐く。


『厄介だな』


「どうしたのウィズダム?」


『たったあれだけのやり取りであいつはこちらの強さをかなり正確に感じ取ったはずだ、もしかしたら自分が負けるかもしれないってな、引き際を弁えてる奴は手強いぜ……』


「そういうものなんだ?」


「やはり女勇者様は実在しておられた!!」

「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」

「きゃああっ!! ライアン様素敵ーーー!!」

「万歳!! 女勇者ライアン様万歳!!」


 村の広場に割れんばかりの女勇者ライアンを讃える歓声がこだまする。


(どうするのこれ!?)


『手でも降ってやったらどうだ? 女勇者様』


(もう、他人事だと思って!!)


 仕方なく張り付いた作り笑いで手を振るライアンであった。

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