ビキニアーマーは俺が着る!~冴えない弱小冒険者(♂)、伝説の女勇者を目指す~
美作美琴
プロローグ 女勇者登場
ここはロローゼン王国、北の辺境にあるロローナ村は今まさに未曾有の危機を迎えていた。
「きゃああああっ……!!」
「うわああああっ……!!」
夥しい数の牛の頭と人の身体を持つ筋骨隆々のモンスター、ミノタウロスの襲撃に逃げ惑う人々。
この世界を魔王が蹂躙し始めてから幾数年、一番魔王領から遠いロロナ村はその距離も手伝い、モンスターの襲撃らしい襲撃も無く比較的安全と言われてきた。
しかし今回は今迄とは違った。
モンスターの数もそうだが何より統率が取れている、ずらりと隊列を組み進軍して来る。
これまでは少数のモンスターがただ好き勝手に現れては暴れ回り、王都から派遣されている王国騎士団の衛士達で何とか対応していた、出来ていたのだ。
勿論今回も衛士達が前線に立ち塞がり村の防衛に当たる。
「いつもより数が多いが怯むな!! 我ら王国騎士団の力を見せるのだ!!」
「お~~~!!」
初老の衛士隊隊長ドーソンの叱咤に衛士達は奮い立つ。
次々と腰の鞘から抜剣し戦闘に備える。
しかし戦闘態勢に入ったとはいえ兵士の中には全身が小刻みに震えている者も多数見受けられる。
勿論この震えは武者震いなどではない、恐怖から来るものだ。
『人間共よ人間共よ、今日でこの村も終わりだ覚悟しろ今日でこの村も終わりだ覚悟しろ』
二度同じ事を繰り返す者、それは魔王軍側の中心に居た。
人間の五倍はあろうかと言う人型の巨体、周りのモンスターから飛びぬけて目立っている。
その者は立派な髭を蓄え顔中に古傷が走る壮年の男、顔は今までの激しい戦いを生き抜いた証。
右肩に黄金の毛を持つ獅子、左肩に白銀の毛を持つ虎が乗っており、先ほどの台詞はその肩の首らが発したものであった。
その首らは防具の一部と言う訳ではなく肩から直接有機的に生えている様だ。
手には長く棘の生えた棍棒を持ち不敵な笑みを浮かべながら進軍して来る。
「ドーソン隊長……あれはもしや……」
「四天王ギランデル……!! まさか魔王軍はとうとう本気を出してきたと言うのか!?」
「冗談じゃない!! 俺は故郷に妻と子供を残してきてるんだぞ……こんな所で死んでたまるか!!」
怖気づいた一人の兵士が剣を捨てて後方に逃亡を開始。
「お……俺だって帰ったら結婚の約束をした彼女が居るんだ!!」
「俺が死んだら年老いた母ちゃんを誰が面倒みるんだ!!」
「こんな僻地でモンスターの襲撃の少ない楽な仕事だって言うから志願したのに!! こんなのは聞いてないぞ!!」
それが引き金となり次々と兵士たちがその場から立ち去ったでは無いか。
「貴様ら!! 逃げるな!! 王国騎士団の誇りはどうした!!」
ドーソンも普通の人間だ、若き兵士同様この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
しかし彼には責任と誇りがあった、衛士隊隊長になる時に国王に誓いを立てたのだ、わが命に代えてもこの辺境の地を守り抜くと。
『ほうほう、これはこれは、うんうん、大したものだ大したものだ、我らの軍勢を前に逃げ出さぬとはな我らの軍勢を前に逃げ出さぬとはな』
「ぬううう……」
ドーソン隊長とほんの数人の衛士が残る村の中央広場で魔王四天王が一人、魔獣戦鬼ギランデル率いるミノタウロス部隊が睨みあう。
しかしどう見ても多勢に無勢、衛士側に勝ち目は無い。
「魔王様は大層お飽きになられている……お遊びは終わりだ、悪いがさっさと片を付けさせてもらうぜ」
気だるそうに首をゴキゴキと鳴らしながらギランデルの真ん中の顔の戦士が衛士たちにそう告げる。
事実上の死刑宣告だ。
「勝手な事を!! 戦は遊びではないぞ!!」
ドーソン隊長は毅然とした態度でギランデルに向き合う。
「あ~~~あ~~~分かっちゃいねぇなぁ爺さん、戦ほど楽しい娯楽がどこにある、俺としちゃあもう少しお前らをいたぶって踏み躙っていじめ倒してやろうと思ったんだが魔王様の命令だ、そろそろ進軍を開始せよってな」
ギランデルの口角が嫌らしく吊り上がる。
「そ、そうはいかん!! 例え敵わなくとも一時でも長く貴様らをここに留めて見せる!!」
「爺さん、そんな事をして何になる?」
「……伝説の女勇者様だ!! 女勇者様が来て下さる!! それまで貴様を足止めできればそれで良いのだ!!」
「伝説の女勇者だぁ? ハッハッハッ!! これは傑作だ!! そんなおとぎ話の登場人物が本当に存在していると思っているのか!? おめでてぇ奴だな!! もう耄碌してるのか!?」
「来る!! 噂を聞いた!! ここより西のマルロゥ村を救った女戦士の事を!! きっとそのお方が伝説の女勇者様だ!! ここで耐え凌いでいればいずれ必ず来て下さる!!」
余りに大真面目に弁舌を振るうドーソンを見てギランデル及びミノタウロスたちは一瞬静寂に包まれる、しかしそれも長くは持たずすぐにモンスターたちの大爆笑の渦に飲み込まれてしまった。
「耐え凌ぐ? こんな雑魚しかいない部隊で? この俺様を相手に? その今にも死んじまいそうな老いた身体で? ハッハッハッ!! コイツはおかしい!!」
『全くだ全くだ』
ドーソン隊長の口上に対し小馬鹿にして腹を抱えて嘲笑するギランデル。
両肩の顔もそれに賛同する。
「くそっ!! 言わせておけばーーー!!」
誇り高い気性が仇となりドーソンは単独で駆け出しギランデル目がけて駆け出した、剣を頭上高く掲げて。
その様子を実に楽しそうに見つめるギランデル。
もちろんこれはギランデルの策であり、相手を挑発して逆上して向かって来るところを返り討ちし当人と周りの人間に更なる絶望を与えようと言う残忍な手口だ。
「馬鹿め!! これであの世に送ってやるわ!!」
ギランデルがドーソンに向かって巨大な棘付き棍棒を横殴りに振り抜く。
「隊長ーーー!!」
衛士の声が響く、その光景から目を背けている者もいる。
このままではドーソンの身体は原形すら残さずに肉の欠片と化すであろう。
「ぬぅ……?」
金属同士が激しくぶつかる鈍い音が鳴り響く。
ギランデルの様子がおかしい、どこか戸惑っているような声が漏れる。
それもそのはず、棍棒はドーソンの僅か手前で何者かの剣によって遮られ地面に先端が突き刺さっているのだ。
細身の剣を地面に突き立てたまま屈んでいる人物がいる、その人物がおもむろに立ち上がるとすぐ傍で腰を抜かして石畳に倒れているドーソンの表情がまるで花が咲いたかのように目が見開かれていく。
「女勇者様だ……来てくださった!! やはり女勇者様は実在しておられた!!」
立ち上がった戦士は女性であった。
整った美しい顔立ち、大きく意志の強そうな翡翠の様な瞳、まるで吸い込まれてしまいそうだ。
しゅっと細い鼻筋にプリッと突き出した小さく赤い唇……まるで女神か天使と見紛うばかりだ。
そして最も特徴的で目を引くのは彼女が身に着けている装備。
胸当てと腰当てが離れている所謂ビキニアーマーと呼ばれる防御面積が小さい上に煽情的な見た目の女性用防具を着用している。
そのせいでデコルテ、腹に臍、二の腕と太ももが露になっているので防御の面で大丈夫なのか見ている方が心配になるほどだ。
「貴様……ただ者では無いな、この俺の得物をそんな細い剣で受けるとはな……」
「………」
ギランデルの顔から今までの笑みが消える。
美しき女戦士は何も言わず燃えるような紅くて長い髪を靡かせ厳しい視線でギランデルを睨みつけている。
「そうかいそうかい、この俺とは口も利きたくないってんだな、それも良し!! 女風情が!! 早々にご退場願おうかぁ!!」
ギランデルは地面から棍棒を乱暴に引き抜くと高々と振り上げ、女戦士目がけて渾身の力で振り下ろした。
「貰った!!」
ギランデルに確かな手ごたえがあった。
棍棒は確実に目の前の女戦士を叩き潰している……筈だった。
しかし棍棒は女戦士の細身の剣に貫かれ串刺し状態で寸での所で止められていたのだった。
「ばっ……馬鹿な!!」
信じられない光景に慌てて棍棒を動かそうとするがビクともしない。
「信じられん……こんな細腕にこんな力がある筈が無い……」
動揺しているギランデルをよそに女戦士は棍棒に突き刺さったままの細身の剣に力を籠めそのまま前に歩き出す。
すると棍棒がまるで粘土で出来ていると錯覚する様な柔らかさで切り開かれていく。
だが実際に柔らかい訳では決してない。
徐々に距離を詰めていく女戦士。
ギランデルは直感した、これは相手が悪いと。
すかさず棍棒から手を放しその巨体に似合わぬ身軽さで大きく後ろへ飛び退いた。
「ちっ……伝説なんざ信じちゃいないがお前からは何か嫌な気配がしやがるぜ……」
ピィイイイイイイイッ……!!
ギランデルは指で輪を作りそれを口に咥えて指笛を鳴らした。
途端に一斉に退却していくミノタウロスの軍勢。
残ったのはギランデル只一人。
そしてギランデルは目の前の小さく華奢な女戦士を睨みつける。
「俺としちゃあ多少張り合いがなけりゃつまらないからなぁ、女、名前は?」
『何者だ? 何者だ?』
「……ライアン」
ギランデルの問いに囁く様な声で女戦士はライアンと名乗った。
その声は少し掠れたハスキーボイスであった。
「女勇者ライアン、今日の所は退いてやる、次合う時には存分に殺し合おうじゃないか、俺の名はギランデル、憶えておけ!!」
マントを靡かせながら踵を返し悠然と引き返していくギランデル。
ライアンは敢えて追う事はせずそのままギランデルを見逃すのだった。
「わああああああああああっ……!!」
モンスターが全て去った後、村の広場に大歓声が巻き起こった。
「やはり女勇者様は実在しておられた!!」
「ありがとうございます!! ありがとうございます!!」
「きゃああっ!! ライアン様素敵ーーー!!」
「万歳!! 女勇者ライアン様万歳!!」
(………)
村民や衛士の大歓声に反してライアンは浮かない顔だ。
やや暫くしてやっと歓声に応え作り笑いで手を振るライアン。
(ううっ……どうしてこんな事に……)
彼女、いや彼の名はブライアン……女勇者ライアンは仮の名だ。
訳あって女勇者をやっている。
『ぷふっ……様になってるじゃねぇかブライアン……』
ブライアンの頭の中に直接男の声が響いてくる。
込み上げてくる笑いを堪えているかのように所々声が震える。
(てめぇ!!
『そう言うなよ相棒、オレのお陰でここまで強く成れたんだ、逆に礼を言ってもらいたいものだな』
(よくもそんな事をぬけぬけと!!)
ブライアンは彼がウィズダムと呼んだ存在と自身の頭の中で会話をしていた。
『このオレ、リビングアーマーの
(気持ち悪い笑い方をするな!!)
ウィズダムとはブライアンが着けているビキニアーマー自身であった。
ビキニアーマー自体に精神が宿っているとも言える。
本来男であるブライアンに何が起こったのか……それは数日前に遡る。
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