第2話 お嬢様、人助けで、川へとびこむ

 ラングリド家の未来を担うものとして、はたしてこのままが正しいのか。令嬢として、執事をちゃんと管理しないといけないのではないのか。


 実情は異なるとはいえ、世間体というものがある……


 そう思いながら、リリアは家の近くの川沿いまでずんずんと歩く。軽装をしているので、一見良い仕立ての服を着た村娘だ。豪華なドレスよりも、動きやすさを求めてしまうので、年頃の娘にしては飾り気がなさすぎるだろう……。


「このままだと、いずれ社交界デビュ-か……」


 家を担うものが、まるで人を知らないでは、話にならないだろう。

だが社交界でぼっちになる未来しか見えず、リリアはため息をついた。

この未来に対する不安から生じる、心もとなさをどうにかしたい。


 ずっと、この場所でいたい……


 そう思った時、飛んできた白い小鳥がリリアをぐるりと飛び回り、可愛らしく鳴いた。鈴の音がなるような鳴き声の不思議な鳥だ。タイミングも相まって、リリアは小さく微笑む。小鳥のお陰で、現実に意識が立ち戻れた。


「あら、タイミングがいいのね……ありがとう、そうね、前向きにいかなくちゃね」


 小鳥はリリアの言葉を理解したかのようにピピピと鳴き、また上空へ飛び去った。


 気分転換のためにリリアが訪れることも多い、川沿いまでやってきた。

川には橋がかけられ、子どもたちが橋のたもとで遊んでいた。

元気な声が聞こえる。川に石をなげたり、足を水につけて水遊びをしているようだ。

声が輝いて、眩しさすら感じる。


「ルオネル……こっちよ、こっち」


 幼い頃、兄妹のように育った頃は、リリアとルオネルはこの川で一緒に遊んだものだ。意外と深みがあり、その部分に気をつけて遊んでいた記憶がある。


「リリア、あんま無茶しないでよ、何かあったら、大変だよ」


 そう昔は、ルオネルは結構な心配性で、おてんば気味のリリアをよく心配していた。リリアは大丈夫よとルオネルによく笑いかけていた気がする。


 あれはもう、いったい、何年前か……。


「ルオネルも私も、成長しちゃったわねぇ……」


 ほんわかするような、少し切ないような……子どもたちの今の輝きがきゅっと胸に詰まる。それでも愛おしい気持ちがこみ上げて、遊ぶ様子を眺めていると。


「うわぁあああああ、あいつ、溺れてるぞ!!」


 子供の大声が聞こえてきた。リリアはびっくりして思わず川の岸辺に駆け寄った。


「どうしたの、何があったの」


 子供に声をかけると、半べその子供が。

「リックが川の中に入りすぎて……あそこでっ」


 パニックを起こした声で叫んだ。指を向けた方をみると、子供が沈みかけていた。リリアの顔は顔面蒼白になった。人を呼ぶべきだろうが、いや、それでは間に合わない……。

 

「リックが、リックが、死んじゃう……」


 子どもたちの中で動揺が広がっていく。リリアは川をにらみつけるように見ていたが、やがて落ち着きはらった声で言った。


「大丈夫です、リックさんは」


 リリアは靴を脱いだ。


「私が助けます……泳ぎは得意ですの……」


 リリアは上着をぬぐと、そのまま勢いよく川に飛び込んだ。


「ぐっ・・・」


 服が水を吸い重くなる。しかしリリアは前に進んだ。

今、ここで助けなければ、子供の命は潰える。眼の前で人が死ぬのは目覚めが悪い。

それと同時にあそこにいる子どもたちに、友達の死を味わせるのは、あまりに可愛そうだった。


「負けません……!」


 こうすると決めたら、リリアは迷わない。行動にプライドをかけている。

幸い、いろいろな面で何かあったときの対処は学んでいるのだ。


 まさに沈む、その瞬間の、リックの体をリリアはつかんだ……子供は力がぬけ、とても重い。小さいとはいえ、まだ少女を抜けきらないリリアには荷が重い重さだった。だがここで諦めては自分も死ぬ……リリアは必死に泳いだ。


「はやくっ、病院にっ……!」


 咳き込みながら、リリアは岸辺にたどりつく。先にリックと呼ばれた子供を引き上げ、大きく声をあげた。

 子どもたちの一部はすでに動いていたようで、大人の声が、がやがやと聞こえてきた。リックも咳き込み、水を吐き出そうとしている。


「よかった……」


 きっとなんとかなる……そう思った。すると急に川に飛び込んだ反動が体を襲った。ふらふらとリリアは岸辺にあがったが、同時に体勢を崩す。


「お姉ちゃんっ……!」


 子どもたちの声が響く。あわあわする子どもたちに大丈夫よと言う余裕はなかった。そのくせ、こんなときなのに、昔ルオネルに言われた言葉を思い出した。


「リリア、あなたは身を粉にして頑張ってしまう……無茶はよくありませんよ」


 まさにそのとおりね……リリアは自嘲しながら倒れ込んだ。

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