第22話 MP0


 ギルドで用事を済ませた俺達は一度宿に戻り、着替えて銭湯に向かう。その道中、


(そういえば、モモは風呂に入ったことがなかったな)


「モモ、風呂の入り方はわかるか?」


「ん? たぶん、大丈夫だよ。いつも見てたし」


(あっ。そうだったな。いつも風呂に付いて来てたんだった。それでドアを開けろって鳴くから、冬は寒くて仕方がなかったんだよな…)


 歩きながら上を見上げて思い出した俺が尋ねると、隣のモモが何食わぬ顔で返事を戻した。冬場の体を洗う最中に鳴くモモのためにドアを開けた瞬間、急速に流れ込んで来るあのひんやりとした空気を思い出した俺は思わず身震いを起こしていた。


「でも、楽しみだよ。お風呂、暖かそうだったし」


 こちらを向いたモモはどうやら入浴には興味があったようで朗らかに話をしたあと、前に向き直り鼻歌を歌い始める。入浴する猫も世の中には存在するが、あれはかなり珍しいと思う。我が家では長年猫を飼い続けてきたが、その猫は現れたことはない。そして、俺達は銭湯の前に到着した。


「それじゃあ、あとでな」


「うん。ゆっくりしてきて、いいからね」


 俺が伝えると、こちらを向いたモモは優しく微笑みながら返事を戻した。





 銭湯でさっぱりしたあと、俺は番台のおじいさんから瓶詰の飲み物を二本購入する。なんと、こちら世界にもこの定番の商品があったのだ。そのあと中庭でモモと合流し、共に腰に手を当ててこれを飲む。


「美味しい~」


「体に染みるな~」


 二つの三日月が輝く満天の星を見上げながら、モモと俺はうっとりしながら声を漏らした。恐らくモモも俺と同様に、これが骨身に染みたのであろう。味わいは、フルーツ系の柔らかな甘みで非常に飲みやすい。本音を言うと銭湯のあとの俺はコーヒー牛乳が好みだが、残念ながらそれはここでは販売されていない。


(コーヒーは、ゴボウからでも作れるって聞いたことがあったな。似たようなものがあるかもしれなし、今度探してみるか)


 そんなこと考えた俺は、このあとおじいさんの下に瓶を片付ける。そのあと二人で少しだけ街並みを楽しみながら、湯冷めする前に宿に戻る。丁度夕飯時で、そのまま食事を済ませて部屋に戻ることにした。





「お兄ちゃん、一緒に寝よう!」


 ベッドの上で横になったモモが、微笑にながら両腕を広げてウェルカムのポーズを取りつつ淑女らしからぬ発言をした。


(人の姿で言われると、流石にドキッとするな…。まあ、まだ猫の気分なんだろうが…。猫なんだから、猫の気分は当たり前なのか?)


 一瞬、戸惑った俺だが、続けて猫が人間の姿になったとしても猫は猫なのかと頭が混乱した。そして、


(一緒に寝るのか…。布団の取り合いになりそうだが…)


 更に悩んだ。恐らく、猫を飼ったことのない多くの人々は、なんて羨ましいと思うだろうが、実際はそんなに甘い話ではない。想像してみて欲しい。猫がベッドのど真ん中で、仰向けで万歳している状況を。俺は毎晩、もう少し左右のどっちかに寄ってくれよ! 布団がかぶれなくて寒いじゃないか! 密着して寝るから結構暑いんだぞ! などなど、頭を悩ませていたのであった。しかし、その話は今は横に置いておき、


「その前に、ステータスを確認するぞ」


 俺は自分のベットの上に腰を下ろしながら返事を戻した。


「え~。明日じゃダメなの?」


「明日でもいいが、寝るにはまだ早いだろ?」


「それは…、ちょっとそうだけど…」


 不満気なモモはこちらに尋ねたが、俺が聞き返すと口を尖らせて返事を戻した。


 ここは異世界なため、パソコンやスマホなどの簡単に時間を潰せる物はない。探せばあるのかもしれないが、今はそういったものの情報がない。しかし、だからと言って、やることがない訳ではない。


 ステータス内容の確認にスキルや魔法の練習。他にも知らないことが多いためそれらを調べたりと、逆に現状の方がやることが多いと言っても過言ではない。そして、これらの事は早めに知っておかなければ、今後の活動に大きく影響が出る可能性がある。そのため、今は少しでずつも物事を片付けておきたい。


「ほら、やるぞ」


「わかったよ~」


 微笑ましく俺が催促すると、渋々なモモは返事を戻しながら体を起こした。


「まずは、ステータスを確認するぞ」


「はーい」


【【ステータス】】


 俺が声を掛けてモモが返事を戻し、そのあとそれを同時に開いた。俺達のLVは2に上がっていた。俺のステータスの数値も、力が3上がり敏捷は1上がっている。その他に変わらないものもあるが、最大の上げ幅は現状では3ということが分かった。そして、ここから本題に移る。





「それじゃあ、魔法について調べるぞ」


「うん」


 俺が声を掛けてモモが返事を戻し、2人でその準備に移る。魔法については、ストレージで調べる。


 ストレージは空間魔法の一つで、MPを消費して収納を可能にする。一度マリーの下で使用しているため、既に俺のステータス画面には表示されている。収納量が増せば今後の活動が容易になるため、これは最優先でレベルを上げたいと考えている。


 今のMPを確認すると俺達の数値は31だ。レベルが上がりMPが1増えたようだが、この事柄は今は関係ない。


「それじゃあ、いくぞ」


「うん」


【【ストレージ】】


 再び俺が声を掛けてモモが返事を戻し、2人で片腕を伸ばしてそれを使用した。使用したため、MPを確認する。数値が30に下がっている。どうやら、ストレージはMPを1消費して使用するようだ。


「二回目いくぞ」


「うん」


【【ストレージ】】


 地味な作業となるが、俺達はこのままこれを繰り返す。そして、俺がギルドで一度ストレージを使用した分も含めた十回目に変化が起きた。


(何だ? 今、何かを思い出したような、覚えたような? 変な感じがしたぞ?)


 モモがそれを続ける中、俺は今までに経験したことのない感覚に囚われた。


「どうしたの、お兄ちゃん?」


「いや…。なんか今、変な感じがしてな」


【ステータス】


 俺は首を捻りながら、再びステータス画面を開いた。すると、空間魔法がLV1に上がっている。


「おっ!? レベルが上がったぞ!」


「ホントっ!?」


 声を上げた俺が喜んでいると同じく声を上げたモモがこちらのベッドに移動し、俺に寄り添いながらステータス画面を覗く。


「いいな~。私はまだだよ~…」


 モモは呟きながら、俺の胸に力なく顔からもたれた。同様にストレージを10回使用していたが、レベルは上がらなかったようだ。


「モモは、もう少し続けてみてくれないか?」


「うん…。やってみる…」


 頭を撫でながら俺が話し掛けると、モモは弱々しく返事を戻した。そして、このあと更にストレージを十回使用した。


「あれ?」


【ステータス】


 モモは不意に背筋を伸ばしながら声を上げ、それを開き覗き込む。


「あっ! あった! やったよ、お兄ちゃん! レベルが上がったよ!」


 その場で大きく万歳をしながら声を上げたモモは、そのまま倒れ込むかのようにして俺に抱き付いた。その姿はあまりにも嬉しそうで、俺は思わず再びモモの頭を撫でてしまう。


(とりあえず、これで一安心だな。だが、この違いは、たぶん魔法適性の得手不得手ってやつだよな…)


 俺は、マリーとの会話を思い出した。この事で、俺の方がモモよりも空間魔法が得意ということが判明した。





 次は、MP切れについて調べる。


(残りのMPは、11か。少し体がだるいが、まだ大丈夫だな)


「モモ。まだ、動けそうか?」


「うん、平気だよ! でも、ちょっと体がだるいかな~」


 気だるさを感じた俺が尋ねると、元気に返事を戻したモモも若干それは感じている様子だ。それでも続行は可能なため、俺達はこのまま魔法を使用し続けて残りのMPを1まで減らす。


「はあ…。はあ…。体が…、だるいな…。これは…、きつい…」


「わ…、私も…。体が…、だるいよ~」


 俺は息を切らしながら、途切れ途切れに言葉を漏らした。モモも同様にしたが、そのあと俺のベッドの上で寝込んでしまう。実際、これはかなりきつい。呼吸が乱れて吐き気を催し、全身から変な汗が噴き出している。


(た…、体調不良…、みたいな…、感じだな…。だが…、これなら…、意識が飛ぶことは…、ないだろう…。それに…、きついが…、ここで確認しておかないと…、いざという時に…、困るし…、な…)


 マリーから、MPが0になると死ぬ事はないが動けなくなると話を聞いていた。そして、実際にどの程度なのかを、一度体験しておいた方が良いと言われていた。そのため、俺は最後の魔力を振り絞り、


【ス、ストレージ】


 これを使用した。


「クッ!?」


 途端、俺は全身の力が抜け落ち、そのままベッドの上に倒れた。


(き、きっつい…。これは…、ダメだ…)


 それは体力の限界を迎えたというよりも、体の内部の主に内蔵に非情に不快感を覚える感覚だ。慣れればこの状態でも動けるそうだが、今はとても無理だった。モモは既に限界を迎えていたようで、深い眠りに落ちている。


 俺はしばらくは動けなさそうなため、このままMPの回復を図る。そして時間が経過してMPが少し回復すると、気だるさは残るが呼吸は整い再び動けるようになった。


(ふぅ~。これだと、MPを0にするのは止めておいた方がいいな。街の中とはいえ、全くの安全という訳でもないし。いざという時のために、少しは残しておいた方が良さそうだ)


 俺はモモに布団を掛けながら考えを纏め、そのあとモモのベッドに倒れ込むようにして深い眠りに就いた。



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