第19話 スライム


 スライムは、背丈が俺の膝下ほどある。姿はお馴染みのもので、頭部を若干尖らせた横長の楕円形で体色がブルーの半透明だ。飛び出した反動のためか、今は全体がプルプルと揺れ動いている。


「い、意外と、大きいな…。それに…」


「キラキラしてて、ゼリーみたい! 触ると、気持ち良さそう~」


 戸惑った俺が呟くと、隣のモモが合わせた両手を頬に添えながらうっとりと話をした。


(ええっ!? こんなものに、触ってもいいのか!?)


 恐れ多いと感じた俺だが、自然と足が一歩前に出る。そして、


(はっ! いかん! あれはモンスターなんだ! それに、ここはゲームの世界ではなくてテーマパークでもない。現実の世界なんだ! だから、迂闊に近づいてはダメだ!)


 奴のスキルの影響なのかは分からないが魅了されていることに気付き、慌てて首を左右に振り煩悩を捨て去った。


 このスライムは、極めて美しい。芸術と言っても過言ではないその流線形なフォルムと、光沢を持ち目視でもはっきりと分かるしっとりとしたボディ。恐らく奴に抱き付いたのであれば、天に召されるであろう。スライムとは正に美神! こちらの官能をことごとく支配し、狂おしく揺さぶる存在だった。しかし、今から奴を倒さなければならない。張り裂けんばかりの悲痛な感情を抑え込みながら俺は力強く剣を握り締め、


(悲しいけど、これ戦争なのよね)


 名言を思い出して正気を取り戻した。


「モモ、下がっててくれ。まずは俺がやる」


「うん! お兄ちゃん頑張って!」


 モモの所為で無性に触りたいという衝動が残っていたが、俺は声を掛けながら鞘から剣を引き抜き、盾を構えて再びこの場から一歩踏み出す。後方寄りのモモの声援を受けていると、奴はこちらに気付く。続けて、奴はその場でピョンピョンピョンと三回飛び跳ねたあとプルプルプルと体を小刻みに揺らしながら縮め、その直後に元の大きさに戻る反動を利用してこちらに飛んで来る。


(んっ? ドッジボールみたいだな。それなら、まずは受けるか!)


 冷静に判断した俺は、盾を握る手に力を込めながら腰を落とす。


『ドン』


 鈍い音と共に衝撃が伝わり、若干体が仰け反った。


(むう!? スライムの癖に、人のショルダータックルぐらいの威力があるのか。だが、これなら不意を突かれなければ大丈夫だ)


 確信を得ながら俺は態勢を元に戻したが、若干跳ね返った奴がボヨンと目の前の地面に落ちたためすぐさま好機と判断し、


「ここだ!」


『ヒュン』


 気合と共に剣を斜めに振り下ろした。


(ん!? 硬い!?)


 触れた瞬間、それを重たく感じた。まるで、野球のバットでボールを打ったかのようだ。しかし、この手応えは知っているため、焦らずにそのまま剣を振り切る。


『ズバッ!』


 切り取られた奴の体の一部が宙に舞った。続けざま、手首を返して剣を斜め上に振り切る。


『ズバッ!』


 再び、奴の体の一部が宙に舞った。それにも関わらず、奴はその場で何事もなかったかのように体をプルプルと揺れ動かしている。


(痛みとかは、ないのか?)


 疑問に思った俺だが、同様に剣を振り回しながら奴の体を削っていく。すると、大きさが最初の半分以下になったところで、奴はプルプルと揺れ動かなくなる。それを観察していると見る見るうちに体が地面に溶け出し、最後に宝石のような物を残して消滅した。確証は持てないが、奴は体を半分以下まで削ると倒せるようだ。


「ふぅ」


 俺は一息きつきながら、宝石のような物を拾う。紫色をしていて小指の第一関節ほどの大きさだが、これが魔石だ。モンスターの討伐は魔石を破壊しても良いが、奴はこれが小さいために今回の様に体を小さく削って倒す方法が一般的だ。


「お兄ちゃん、どうだった?」


「初めは少し硬く感じたけど、慣れてきたらそうでもなかったよ。聞いてた通り、スライムは柔らかいみたいだ。まともに体当たりを食らうと怯むかもしれないが、力自体はそんなにあるようには感じなかったな。それよりも、思ってた以上に体が動いて、そっちの方に驚いたよ」


 背後から近付いて来たモモが尋ねてきたため、俺は肩を回すなどして体の感覚を確認しながら感想を述べた。硬さを覚えたのは、初戦なためであろう。奴は他のモンスターと比較すると、かなり柔らかいそうだ。


 それと、剣の使用感だが、意外と簡単に振れることが分かった。俺は日本で日本刀と脇差を振ったことがあるが、あれはとても片手で扱えるものではなかった。しかし、これが新しい体ということなのであろう。片手で扱っていても振り回されるという感覚は、然程起こらなかった。


「モモも、やってみるか?」


「うん!」


 近くに別のスライムが見えていたため尋ねると、待ってましたと言わんばかりの返事が戻ってきた。そのため、俺はこの場でモモの戦闘を見守ることにする。すると、


『ズッ、バババ!』


「なっ!?」


 それは刹那だった。駆け出したモモは奴に一気に詰め寄り、その勢いを殺すことなく左のダガーで奴を空中に掬い上げて左右からの連撃であっという間に四等分にした。驚愕した俺は、思わず声を漏らしていた。


(あ、あれがニュータイプなのか!? 動きが、まるで別次元じゃないか…。これは、元猫だからか? それとも、狩り慣れているということか?)


 呆気に取られていながらも、俺は思考を巡らせて戸惑った。俺とモモのステータスは、同じなためだ。


「やったよ~! お兄ちゃ~ん!」


 モモがこちらに、嬉しそうに手を振りながら声を上げた。俺は思わず、昔飼っていた猫のことを思い出す。


 その猫は雄猫で体重が約10キログラムあり、それでいてデブ猫ではなかった。恐らく、普通の人ではその大きさを想像できないであろう。そして、その猫は自分よりも更に大きなモグラを捕まえてきたことがある。モグラの首の裏に噛み付き、引きずり揺らしながら威風堂堂とこちらに運んで来る姿は、マジで開いた口が塞がらなった。やはり猫と人間とでは、あらゆるものが違うのであろう。


 ついでに言うと、その猫は近所のボス猫だった。そして、ライバルはハクビシンで、その強さはよく分からないが互角の戦いを繰り広げていた。


(よし! あれぐらいは、やれるようになろう!)


 俺は、まずはモモをライバルと定めることにした。



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