捌「空中戦」

 歌子は自身の歌唱による飛翔には自信がある。

 並みのプロペラ機などは悠々と引き離せるだけの自信がある。

 高速飛翔、高高度飛翔の際に問題となる呼吸、気圧も風の歌唱で解決出来る。

 が、今現在、歌子の背後に喰らいついているのは――


ジェットヱンジン式!!)


 日本では未だ実用化に至っていない、最新鋭も最新鋭の兵器である。


(ってことは、あれが噂の、羅馬ローマ彗星コメット!?)


 後方で、歌唱。

 一機が猛然と速度を上げ、歌子を追い抜く。

 その一機はあっと言う間に豆粒ほどのサヰズになり、かと思えばインメルマン旋回ターンしてこちらに向かって突っ込んでくる!


「ヘッドオン!」


 敵操縦士パヰロットの声。

 敵操縦士パヰロットと目が合った。


「東洋人――敵だッ!!」


 歌子は仏蘭西フランス人とのハーフとは云え、顔つきは日本人寄りである。騙し通せるものではなかった。

 戦闘機の機首に備え付けられた機銃が、ぱっと火を噴いた。


「ラァーー~ッ!!」


 歌子は鋭く歌唱する。

 捌漆はちしち式の刀身から放たれた突風が弾道を狂わせるが、そのうちの一発が左肩を擦った。


「ギャッ!」


 焼けるような痛みに集中力を乱され、飛翔が途切れる。

 ゆっくりと落下していく歌子を、もう一機が追撃してくる。

 歌子は震える手でバックパックから音響爆弾ノヰズキャンセラを取り出し、安全装置ピンを抜いて戦闘機へ投げつける。

 果たして音響爆弾ノヰズキャンセラが戦闘機の機首にぶつかり、同時に甲高い音を発する。

 対音子障害ノヰズ用ではなく、対歌姫Diva、対音子回路オルゴール用の歌唱阻害兵器。

 戦闘機が制御を乱した。

 錐揉みするように落下していく戦闘機を包み込むように、歌子は歌唱で爆炎を発生させる。

 猪突猛進ヰノシシ娘の名は伊達ではない。

 歌子は、歌唱力だけにおいて云えば、大阪府立歌唱女学院の歴代トップなのだ。

 戦闘機は、今や明確に墜落軌道を取る。

 そんな敵機を尻目にフラフラと浮かび上がったところに、背後からの猛烈な射撃を受けた。


「ガハッ!?」


 もう一機の戦闘機だ。

 バックパックに何発もの射撃を受け、あまりの衝撃に呼吸も出来ない歌子は、為す術もなく落下する。

 音子回路オルゴール式防弾仕様のバックパックが盾になって呉れなければ、今頃自分は死んでいただろう……呆然と考えながら落下した先は、湖だった。

 歌子は無我夢中で手足を動かし、浮上する。

 水面に漂う何かにしがみつき、水から顔を出すや、


「ぷはっ――――……うッ!?」






 とてつもない腐臭。






 己がしがみついていたそれは、腐敗し、ぶくぶくに膨張した水死体だった。

 右を見ても左を見ても、死体死体死体。無数の死体が浮かんでいる。

 ここは湖などではない。

 自分は、水没した張掖ちょうえき只中ただなかに飛び込んでしまったのだ。


 泣きながら歌唱し、水没していない家屋の屋上に立つ。

 探さなければ。フレデリカを、探さなければ。

 バックパックはバラバラになって水の中に落ちてしまった。

 中山女史から託された捌漆はちしち式は、しっかりとこの手にある。

 背中はジンジンと痛むが、幸いにして――本当に幸いにして、出血はなかった。

 上空ではジェット機の音が鳴り響いている。

 歌子が家屋の影に隠れていると、やがて戦闘機は遠ざかっていった。


「フレディ……」


 また、人を殺してしまった。

 今度は、羅馬ローマ歌姫Divaを。


「フレディ……うっ、うぅぅ……」


 非道ひどい腐臭に耐えながら、歌子は張掖ちょうえきをさまよい歩く。

 フレデリカは生きているのだろうか。

 こんな、血と死肉と水しかない場所で、果たしてフレデリカは生きて呉れているのだろうか? 

 千歳が云った通りではないのか。

 自分の考えが甘すぎたのではないだろうか。

 そこら中に散らばる死体、見渡す限り一面に広がる市の光景に、歌子は茫洋としてくる。

 軍部苦を着た男性の死体があった。

 同じく軍服を着た女性――歌姫Divaの死体があった。

 優秀な歌姫Divaであることを示す蒼い髪をした死体が沢山あった。

 日本の将兵も羅馬ローマの将兵も、一緒くたになって死んでいた。

 民間人の死体も山のようにあった。

 老人の死体があり、子供の死体があり、赤ん坊の死体があり、皆一様に膨張していた。

 戦闘機の音がしないことを今一度確認し、歌唱で空へ舞い上がってみれば、水没していない場所を見つけた。

 小高い丘のようになっていて、丘の上には赤十字の旗を掲げた大きな建物があった――病院である。




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独逸ドイツのMe163は、この世界線では1920年代の新星羅馬ローマ帝國で活躍しています。

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