第弐楽章「君や何処か屍山血河」
壱「戦争と、死体の山と、そして」
》十二月下旬 ――
フレデリカは、退学と云う扱いになっていた。
歌子は放課後を、誰もいないフレデリカの部屋で過ごすようになった。
寝ても覚めても、フレデリカのことを考えている。
テレビやラヂオをつければ、日羅の戦況が詳しく聴こえてくる。
大日本帝國陸軍は海軍の護衛の下、六個師団、一個戦車師団、二個歌唱旅団から成る三個軍団を朝鮮の仁川から上陸させた。より正確に云うならば、宣戦布告の数週間前から静かに派兵を進めていた。
今は満州鉄道をフル稼働させて、
そして
それらの都市で防衛線を敷き、
食料は現地での徴発・収奪で何とかなるが、武器弾薬と、何より
(……どうでもいい)
歌子は軍事ニュースを聞くたびに、俯いて耳を塞ぐ。
歌子は戦況を聞くのが怖くてたまらない。
フレデリカは
そして今、日本は
近く、旧中国の
日本と
母国たる日本に勝って欲しいのか?
――――――――それとも、たとえ同胞が死んだとしても、フレデリカに生きていてもらいたいのか?
答えのない問い。考えれば考えるほど泥沼にはまっていく思い。
街を歩けば、どこもかしこも『
そんな中にあって、敵國人の安否を案じる自分は、一体全体どうすれば善いのであろうか。
♪ ♪ ♪
》一月上旬 ――
新年は最悪の形で幕を開けた。日羅両軍による初の戦闘である。
幸いにして、羅軍は大天使を伴わない先遣隊であった。
……が、果たしてその程度の幸運を『幸い』と表現して善かったのかどうか。
対する日本軍は、
日露戦争――とりわけ旅順包囲攻略戦において地獄を見た日本は、自軍を
『
そう呼ばれる怪物が、戦闘
水の増幅を得意とし、近海だろうが砂漠だろうが、所かまわず大洪水を発生せしめ、敵國が必死になって用意した要塞も戦車も砲も銃も兵も、何もかもを一緒くたにして流し、壊し、殺してしまう悪魔の歌い手。
その、『
日本軍は両翼に展開していた
ただただ、無数の戦乙女たちの水死体が浮かび上がるだけで終わった。
たとえ無駄だと分かっていても、日本を更地にされたくなければ、やるしかなかった。
死の恐怖におびえる
そのニュースを日本で聞いた歌子は、フレドリクのことを思い出した。
彼が、「
フレデリカが退学してしまい、ふさぎ込むようになって以降、歌子はフレドリクと会っていない。
毎日ふさぎ込んでばかりの歌子を心配した千歳が、「あの傭兵さんに稽古でもつけてもらいなさいな」と云われた時には驚いた。
「何で知っとるんッ!?」と云う歌子の問いに、千歳はさも当然と云った風に「真夜中に無防備な女の子が家を抜け出すんだもの。そりゃア監視兼護衛くらいつけるわよ」と云った。
夜、いつもの埋め立て地に行ったが、フレドリクはいなかった。
何日も無断で欠席したのだから、怒らせてしまったのかも知れない。
その時になって初めて歌子は、自分が彼の素性はおろか、彼との連絡手段すら持っていなかったことを思い知らされた。
恐怖に震える戦乙女たちを死地に立たせた
朝鮮から遠路はるばる
戦闘が始まる。
遠く前線の奥深くで、『
すると日本軍の戦闘機が最前線のその先にまで飛び込んで、『
この作戦が、成功した。
繊細な制御を必要とするのであろう『
『
―――が、同じ絶望を、
暴走した洪水は、
日本軍は数万人の英霊を以て、敵の最大戦力『
♪ ♪ ♪
》一月十五日 十七時三十一分 大阪府立歌唱女学院寮 フレデリカの部屋《
》
「~~~~♪」
フレデリカのベッドに腰かけて鼻歌を口ずさんでいると、
「……やっぱりここにいた」部屋に千歳が入ってきた。「貴女宛ての手紙よ」
手渡された手紙は『新生
「ろ、
震える手で、封を切る。手紙が数枚、入っている。一枚目は、
「フレデリカの字や」
それは如何にもフレデリカらしい、戦場での毎日を陽気に綴ったものだった。
大天使のそばは音度が高いから歌唱の通りが善くて気持ちが善い、とか、
現地は水の確保も難しいような砂漠で、水を無限に生み出せる自分は引っ張りだこだ、とか。
『もう一度君に逢いたい』とも書いていて、思わず泣きそうになった。
次の手紙は、少し毛色が違った。
『本当はこの手紙を自分の手で投函したいところなんだ。けど、何しろ國と國がこんな状態だからね。だけど唯一、君に手紙を届ける方法があるんだ。僕の身に何かがあった時。家族やそれに準ずる相手に、特別に、手紙を届けてもらえるんだ』
(ヱ? どういうこと? それって――…)
震える手で、紙をめくる。最後の一枚だ。そこには男性的な、無機質な字で、こうあった。
『一九二八年一月九日。フリヰデリケ特務少佐、
「あ、嗚呼……」
文字が上手く読めない。
何故だ? 視界が涙で滲んでいるからだ。
頭が痛い。
金槌で殴られたみたいに、頭の奥がガンガンと痛む。
視界がぐるぐると渦巻いている。
文字が上手く読めない。
行方不明?
二階級特進?
理解出来ない理解出来ない理解デキナイデキナイデキナヰヰヰヰ――――……
「
記憶はそこで途切れている。
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