第180話 リーンナース星

目覚めると、周囲は降り注ぐ陽光に照らされた……公園……

たぶん、公園のような場所だった。

ジョニーの故郷と似たような服装の豆粒のような子供たちが

私の周りを走り周っている。

あの、なんですかこれ……。たしか、修正者に見つかって

ワープしたところまでは覚えてるけど、体も動かない。

遠くから、よれたシャツとジーンズを着た痩せた男が歩いてくる。

髪の毛はボサボサで目はギラギラ輝いている。

異様に小さな男は私の近くまで来ると、立ち止まり

「おい、そろそろ起きてくれ。三歳の時にアイに話しかけて二十三年が経った。

 こっちの世界の両親を説得するのも大変なんだぞ。

 分かってるのか?働くか精神科に行くか

 どっちかにしろと毎日言われる俺の辛さが」

どうやら痩せた男の中身はジョニーのアホらしい。

どうにかしてアホに返答しようとして全身に力を入れてみる。

風も無いのに、私の周囲に木の葉が揺れて落ちていく。

もしかして、私って、木なの!?しかも大木でしょこれ……視点が高い。

ジョニーはハッと気づいた顔をして

「とっ、とうとう起きたのか!よ、よし、俺が二十六年の生活で勉強した

 この惑星の歴史について、語ってやる。心して聞け」

いや、聞きたくないし……それより私が何でここに居るのか教えてよ。

という気持ちはまったくジョニーには通じていないようで

ジョニーは私を見上げながら得意げな表情で

「この星はリーンナース星というんだ。

 この星の歴史はまず、神に守られて地表に降り立った二人の女の話から始まる。

 ……はぁ、まあ、もったいつけなくても

 それがイノーと背の高いアイのことなのはわかるよな?

 要するに、ここはあれから千二百五十七年ほど経った時代だ」

なっ、なん、なんなん……なんという……つまりあの二人が創った未来がここ……。

私が心中驚いていると、ジョニーは微妙な顔で

「惑星に降り立った二人の女たちは、大破壊を経て荒廃した星の

 避難シェルターでまずは過ごした。

 そこには、運のよいことに大量の食糧と混沌粒子を使った出産装置があった」

ジョニーはそこで、私の根本付近に座り込むと

「運がいいというか、全てスズナカが用意してたんだろうがな。

 そこでこっちのアイは自らの身体に男性器を創り出し

 避難をしつつ、やることもないのでイノーと生殖活動に励んだんだ」

よ、よくわかんないけど……つまり女と女でも子供ができる技術が

あったってことだよね?という言葉はジョニーには届かない。

「出産装置はイノーが八人目の子供を妊娠した時に壊れた。

 そこで、この惑星から混沌粒子は完全に駆逐されたんだ。

 歴史の教科書にもデカデカと書かれてる。

 二人の八人の子供たちは丁度男女四人ずつで近親相姦で結ばれた。

 アイとイノーが老いて死ぬ頃には、シェルター内には数十人人間が居た。

 近親相姦なので、お互いの遺伝子が近く、障碍児が生まれ易くなるんだが

 不思議と、そんなこともなかった。これは

 混沌粒子の出産装置によるものなんじゃないかと後世では言われてる」

ジョニーは大きなため息を吐いて

「……真面目に説明するの飽きてきたから、大体で行くぞ。

 そんでシェルター内で、あの二人の子孫は無事に増えまくった。

 百年近く経った頃には、大破壊による気象変動も治まって

 子孫の中には各地へと旅立つ者たちも居た」

そこでジョニーは一瞬、いびきをかいて寝かけて

「あ、すまんすまん。喋っててつまんないから寝てた。

 そんでな、まあ、旅立ったそいつらも奇跡が救いまくって

 無事に世界各地で子孫を増やして、各地に残ったシェルターの科学技術で

 この星をたった千年くらいの凄い勢いで再建していったっていう

 もうなんというか、ご都合主義もさすがにやり過ぎだろっていう

 そういうふざけた歴史ということだ。

 今では世界に七億人の人々が争いもなく平和に暮らしてる。

 混沌粒子も無いが、科学技術はそこそこ発展してるな」

ジョニーはそう言うと立ち上がり、手に収まるくらいの四角い黒い板を見せてきた。

「スマホまではいかないけど、ガラケーほど使いにくくもないっていう

 ネット通信機器すらある。ほら、見ろ」

黒い板は、モノクロのアニメらしきものを再生し始めた。

動物たちが楽し気に跳ね回って、何か会話している。

「酷いだろ?まだまだ萌えアニメとか造られるには五十年くらいはかかりそうだ。

 ネットも酷いんだよ……地球に居たころにネットで見た

 まとめサイトでまとめられてたガラケー時代みたいに

 既成でガチガチで自由にサイト見れないしな……。

 でな、こっからが重要なんだが……」

ジョニーは深刻な顔をすると、私を見上げて

「そろそろ還りたい……地球か天帝国か……どっちでもいいから

 楽しい生活をしたいんだ……俺、この星だと

 高卒のどこにでもいるニートだぞ……。

 実家も別に裕福でもないし、家業も無いし、ネットもアニメもつまらないし

 親は働くか精神科に行くかどっちかにしろしか言わないし……。

 どっちも嫌なんだが……本当の俺は、無敵の天帝教皇なんだが……」

それはとても、すっごく、いい気味だけど、確かにこのままだと

私は延々と木のままで、ジョニーは死ぬまで無職のままかもしれない……。

いや、ジョニーはそれでもいいんだけど、私は木のままは嫌だ。

どうしたらいいんだろうと考えて、あ、死ねばいいのかと……思ってしまった。

発想としてはとてもよくないが、今までのパターンだと

それも抜け出し方の一つではある。

なんか油でもかけて、ジョニーが焼いてくれないかなぁと

ろくでもないことを考えていると、私の根元に座り込んだアホがポツリと

「なんか、アイはこの地区の御神木らしくてな。

 俺、一回アイを燃やしたら状況変わるんじゃないかと思って

 放火しようとしたときに、酷い目に遭ったんだよ。

 その時は、どうにか逃げ切れたけど、未だに捜査が続いてて

 何度か警察がうちに聞き込みにも来てる」

悪いと思うが私は心の中で爆笑してしまう。

この世界でのジョニーは本当に運に見放されているようだ。

「今、笑ってるだろ……ほんと、この世界はダメだ。全然楽しくない。

 何やっても上手くいかないし、親は厳しいだけだし

 金もないし、魔法も使えないし、ネットもアニメもろくでもないし

 女にはもてないし、ちなみに自殺はしないぞ。俺はそれだけはしたくない。

 あーでも……どうしよっかなぁ……何もできないまま二十六だもう……」

ジョニーがめんどくさそうに両手を伸ばして、気づいたように

「ああ、お前がアイだって気づいたのは、すぐだった。

 三歳の時に大木になったお前を一目見た瞬間に、アイだってわかった。

 ふっ……これが主人公補正だなと思ったけど……もう遠い前の話だ……」

そう言うと、根元で寝息を立て始めた。

そんなジョニーに遠くからいそいそと黒髪で黒いワンピース姿の

清楚な女子が近づいてきて

「……ガモーゾさん、寝ていらしているのね」

静かに横に座って本を読み始めた。な、なんか知らない女の子出てきた!

私が驚いていると、女子は何と寝ているジョニーの頬にキスをした。

「……ふふっ。あなたは、私が警察に手を回して

 捜査を潰しかけているのもご存じないでしょうね。

 でも、良いのです。このペリーヌ、あなたにいつか……」

しばらくペリーヌと名乗った女の子はジョニーと並んで座って読書して

ジョニーが「ううーん」と声を立てると、女子はそそくさと立ち去って行った。

まったく気づいていない様子のジョニーは起きて頬を右手でこすると

「ん……何か、キスされた夢を見たけど……俺、この世界では童貞だぞ……。

 というか何なんだよ……何か濡れてるな……きもっ」

いや、あんたのことめちゃくちゃ好きそうで権力ありそうなお嬢様が

今立ち去って行ったよ!気づけアホ!あんた、もててるって!

私は全身に力を入れて枝葉を揺らして伝えようとするが

「アイ……嫌がらせで、雨露を落とすのはやめてくれ……。

 お前にまで嫌がらせされたら、誰に頼ればいいんだよ……」

ジョニーは凹んだ顔になって、丸めた背中で立ち上がって

トボトボと公園内を遠くまで去っていった。


それから、数日、ジョニーはこなかった。

私は公園で遊ぶ子供たちや、ひと時の癒しを求めてきた大人たちを見つめ続ける。

ある雨の日、黒い傘を差した黒髪と黒いワンピースの女子がやってきて

「御神木さん、ちょっとよろしいかしら?」

私に尋ねてくる。いいも何も、動けない私に選択権はないよ!と思っていると

「ふふふ。そうでもありませんわ。

 私、遠くからずっとあなたの御様子をうかがっていましたの。

 あなた、意志がございますね?」

なっ、なんでそれを……というか私の気持ちが、と驚いていると

「わたくし、ご始祖であるアイ、そしてイノー様の直系の子孫です。

 ペリーヌ・ミャユと申します」

丁寧に頭を下げてきた。

 

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