第2話 人工生命?

「ジイ!我が家の家宝!ノルウェーグ大魔導辞典だよっ!」


感極まった私は、高々と分厚い辞典を掲げミッチャムに宣言した。

「ふふふ。改訂される前の初版ですね。いよいよ、使う時が来ましたか」

「きっと私はホムンクルスは、この辞典に書いてある

 "人造生命体"に近いものだと思う。

 だから、このページを参考にしてそれっぽく造ってみる!」

「お嬢様、失敗しても、めげてはいけませんよ。

 何度でもやり直すのです。失敗は成功の種です。

 それにお嬢様は天才です。その気になれば何だって出来るのですから」

ミッチャムは冷静に褒めてくれるが私は冷静になってなど居られない。

きっと出来る!私は一発でホムンクルスを造って

ネルファゲルト家は、一月後には名家に復権してる!

よーっし、やる気になってきた!


……甘くなかった。

そこから私とミッチャムは二週間ほど寝ている時間以外はひたすら

辞典を参考にしながら

ビーカーの中に様々な魔法素材を入れ

時には魔法薬を調合して、たまにその煙でラリッたりしながら

ひたすらホムンクルスを造るための実験を薄暗い地下室で繰り返した。

私のやる気はどんどん削れていき

そして、失敗して出来た変な物質を焼くときに

毎日、屋敷の焼却炉は紫や緑の煙をあげる始末だった。

今朝、ミッチャムは、近所からの通報で訪れた警察から

かなりしつこく事情を聴かれ、誤魔化すのに苦労していた。

私は少し震えながら玄関の物陰からそれを見るしかなかった……。


地下室で実験をまた繰り返しながら

「ごめん……ジイ……私、やっぱりダメだね……」

と私はとうとう心が折れてしまう。

ミッチャムはつけていたマスクを取り、ニッコリと微笑むと

「お嬢様、人生とは甘くないものなのです。

 私のような出自も才能も無い人間は、苦労して何とか人並になれます」

「そうだよね……私もちゃんと勉強して、大検取った方が

 いいのかなぁ……それから通信でも夜間でもいいから大学に……」

涙目になった私に、ミッチャムは首を横に振り

「お嬢様は私とは違い、出自も才能も持っておられます。

 あとはその芽を伸ばすだけです。

 道は定まったのですから、今が踏ん張り時ですよ」

そう言って再びマスクを着け、真剣な目で実験を再開し始めた。

何度、私は両親が死んでから、ミッチャムの言葉に助けられただろう。

ジイ……ありがとう。大好きだよ。

心の中で感謝してからプライドも余計な見栄も未来への欲も捨てた私は

ひたすら目の前の実験に集中し始めた。


ミッチャムと私の苦闘はさらに二週間続き

いよいよ用意していた魔法素材が尽きそうになるころ

テーブルに置いていた大きなビーカーの一つから虹色の蒸気が立ち上り始めた。

「じ、ジイッ!きっ、きた!きたああああ」

驚いた私がのけ反り過ぎて、後ろに倒れそうになるのを

ミッチャムは咄嗟に受け止めると

「お嬢様、慎重に見守るのです。良いですか」

と優しく背中を押してくれた。

私は冷静さを取り戻してビーカーを見守る。

ビーカーの中で虹色の光り輝く反応が幾度も起こり

次第に中のゲル状の物体が形を為していく。

それは小さな手を身体から出して

何とビーカーからズルリと、テーブルの上に滑り出てきた。

そして……一瞬、小型の人型のような形になりかけると

「……」

グチャッと崩れて、虹色の煙をあげながら

紫のゲル状の塊になってしまった。

私はその場に座り込む。失敗だ……。

もう少しで新しい人工の命ができそうだったのに

失敗してしまった。何という挫折感……。

学校をいじめで辞めたときも、ここまででは無かった。

本気で挑戦して、破れるということがこんなにも辛くて、苦しいとは……。

冷たい床に、へたり込んで動けない私の代わりに

ミッチャムが紫のゲル状の物体を覗き込む。

「……ん?お嬢様、何か言ってますよ?」

不思議そうにミッチャムは、物体に左耳を近づけると

「ふむふむ……お腹が空いているのですか?」

「しゃ、喋ってるの!?」

私は思わず飛び起きて、

ゲル状のぐちゃっとした物体を見つめる。

ミッチャムは私に「耳を近づけて」とジェスチャーで促してきたので

恐る恐る、その気色悪い物体へと耳を近づけると


「め……し……はら……へっ……た……」


と微かに開いた口のような穴を開閉させ

力なく繰り返しているではないか。

「どっ、どうしよう!?なっ、何を食べさせれば……」

実験用の手袋を脱ぎ捨てて必死に辞典を捲って、人造生物の項目を調べると

"初期状態は、人の生き血を飲ませると良い"

と書かれていたので

私はナイフで手首を切ろうとしてミッチャムに慌てて止められる。

「お嬢様!血が必要なら私が……それに血を滴らしたいなら

 手のひらの下部を軽く切れば良いですよ。手首はいけません。

 血が止まらずに、死んでしまいます」

「……分かった。ジイ、見てて。

 私がこいつに初めての食事を与えるから」

私は迷わずに手のひらを切りつけて

紫色の物体に自らの血を与えた。

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