第4話 ライアー・ゲーム

「じゃあまず、私から! 『柏木・一姫イツキ・陽菜』です! 一番最初に、お兄ちゃんのお嫁さんになるからね!」


 『イツキ』と名乗った一人目の少女だが、『柏木陽菜』であることも譲らないらしい。

 カシワギ・イツキ・ヒナって、ミドルネームみたいになっちゃってるじゃねぇか。


 だが本人は、自身の名前の違和感を気にすることなく。ピンクのリボンで結わえたサイドテールの茶髪を揺らしつつ、明るい笑顔を向けてくる。


 俺としては最初に出逢った『陽菜』であり、今朝目覚めた時はめちゃくちゃビビッたが……。こうして見ると、そのニコニコした顔には、どこか陽菜の面影がある。機嫌が良い時の妹そのものだ。

 しかしやはり、髪色も髪型も全然違う。あと大きいオッパイも。

 とはいえ、彼女の明るい表情や声色自体には、不快感や嫌悪感を抱かない。クラスメイトだったり幼馴染の関係だったら、きっと物凄く楽しいだろう。そう思わせてくれる、『性格良さそう』オーラが全身から漂っていた。


 だが何も、彼女以外の『陽菜』達が全員性格悪そうとか、そういう意味ではない。


 その筆頭。イツキの正面――俺から見て左側――に座っている、イツキと同じ制服を着た少女。穏やかな雰囲気をまとう『二人目』が、ゆっくり喋り始める。

 二人目の陽菜の言葉も、聞いた者に安心感を抱かせる声色や口調だった。


「次はワタシですね~。『柏木・三奈ミナ・陽菜』ですぅ~。新也お兄さんと皆とで仲良く生活できれば、ワタシはそれで良いかな~って思います」


 『ミナ』と『ヒナ』で微妙に語感が被っているな。いや、逆に覚えやすいかもしれない。

 ……いやいや、イカンイカンイカン。そんなどうでも良いことに、思考リソースを割くべきじゃないのに。

 こんがらがった脳では、取り留めもない考えばかりが浮かんでは消えていく。


 それに――ミナのゆ~っくり、お~っとりした喋り方は、俺の中で湧き上がる不安や警戒心を、トロトロに溶かしてしまう魔力を秘めていた。もしくは聖力か?


 人畜無害そうで、他人への悪口なんて言うどころか、心の中で思ったことすらないんじゃないか。そう感じさせる、まさに聖母といった雰囲気。あの大きな胸で全てを受け入れ包み込んでくれそうな、どんな男でも甘えたくなる母性を醸し出していた。


 ……クソッ! さっきからオッパイのことばっかじゃねぇか! しっかりしろ、俺!! いくら逃避したいからって! 女子の胸じゃなくて現実を見ろ!!!


 そんな風に、混乱する心すら惑わし溶かすを持つミナの次。

 俺から見て右斜め側、一人目の少女ことイツキの右隣に座っている、和服少女へ順番が移る。

 着物姿が似合う、彼女の平坦な胸部を見ていると……凄く失礼だけど、物凄く心が落ち着く。


「はむっ……!? むぐ、んぐっ!」


 しかし和服少女は、落ち着きとは真逆の様子を見せた。

「自己紹介の手番はまだ回って来ないだろう」と油断していたのか、茶碗を持って白米を箸で持ち上げ、小さな口へと運び込んだ瞬間だった。

 慌てて口をモグモグし、味噌汁で流し込んでから、恥ずかしそうに頬を赤らめつつ頭を下げる。まるでハムスターみたいな口の動きだった。


「お、お見苦しいところを……。申し遅れましたが、わたくしは『柏木・四姫シキ・陽菜』にございます兄様あにさま。兄様の未来の妻ですので、どうぞ『四姫』とお呼びください。もしくは『おい』とか『お前』とか『なぁ』でも構いません」


「そんな亭主関白な呼び方はしないけど?」


 シキちゃんは、どういう夫婦像を抱いイメージしているのかな?

 俺はそんな、時代錯誤ガンコ親父的な夫になる気はないけど?

 てかなんで、ナチュラルに兄と結婚するつもりでいるの? 最初のイツキも、なんかそういうこと言ってた気がするけど。


 しょうもない疑問や考えばかりが次々に浮かんできて、重要事項ではないのに、また小さな質問が俺の口をついて出た。


「……ん? 姫で奈で姫で……。『二』は? ナンバーツーちゃんはいないのか?」


 気にするべきことではないが、どうしても引っかかってしまった。


 気持ちを落ち着かせるため、俺は普段から頻繁に6秒を数えているせいか、数字が飛んだりするとムズムズしてしまう性質たちなのだ。


「二番はお兄ちゃんじゃーん!」


「柏木『にい』也お兄さん、ですからね~」


「漢数字ではありませんが、素敵なお名前です兄様……!」


「あっ、なるほどね?」


 いや「なるほどね?」じゃないけどね?

 なんで長男が『二』の称号なんだよ。

 ――いやいや、それは別にどうでも良いだろ俺。


 マズイ。

 どんどんこの状況を受け入れて、麻痺してきているのかもしれない。考えが全然まとまらない。

 現在の異常な状況や、彼女達のメチャクチャな主張を、自然と受け入れ始めている自分がいる。


 シッカリしろ、柏木新也。

 彼女達の正体を探り、両親と『本物の陽菜』の姿をこの目で見るまでは、信用も安心もできない。


 子供の頃、父さんと母さんに教わっただろ。

 妹を守るのが、お兄ちゃんの役目だ。


 未だ俺の頭は混乱しているが、ひとまずは彼女達の言い分を、全て聞いてみよう。話はそこからだ。


 それに何故か……「ここにいる全員、俺や陽菜と無関係な赤の他人だろ」と、ハッキリ言い切れない部分もあった。

 どうしてそんなことを思うのか、自分でも説明できない。

 だけど彼女達は陽菜じゃない……陽菜じゃないはずなのに、「もしかすると陽菜かもしれない」と、そう感じてしまう要素が言動の節々にあった。

 明るい一姫の笑顔、穏やかな三奈の包容力、箸の使い方が上手な四姫の丁寧さ。どれも、俺の知る陽菜がふとした瞬間に見せると、凄く似ていて共通している。


 更に、そういった共通点や可能性を感じさせる、もう一人。

 認めたくはないが、『もし陽菜が髪を金髪に染めて、スカート短くするギャルに育ったら』と想定した場合――ミナの左隣、シキの正面に座る彼女は、間違いなく「陽菜ならこんな陽キャギャルになるだろう」と思わせる説得力があった。


「ハーイ、じゃあ次はアタシね~。『柏木・五子コーコ・陽菜』でぇす。とりま兄貴、アタシが貸してた『ラブしゅば』返してね~」


「っ……!?」


 ドクン、と心臓が跳ね上がる。


 コーコが語った『ラブしゅば』――正式タイトル『ラブラブすぎて素晴しゅばらしい日常が待っている』は、1年半前に俺が陽菜から借りていた、ラブコメ系の少女漫画だ。


 俺と陽菜は、互いの漫画をしょっちゅう貸し借りしていた。そして『ラブしゅば』も、俺が事故に遭う一週間前くらいに、陽菜から全巻借りて読んだ漫画本。


(――どうしてソレを知っている?)


 どの漫画を貸したか借りたかなんて、両親すら把握していない情報であるはずなのに。


 から聞いたのか? それとも本当に、この子……コーコが、本物の陽菜――。


「ンフッ、つ、つつつ次は、拙者でござるな……! 『柏木・六花リッカ・陽菜』でござる……! あっ、この口調は『銀河カウボーイ・ステップ』の主人公ステファン・ウルフをリスペクトした結果であって……!」


 ……『銀河カウボーイ』は陽菜も読んでいたから、増々ややこしいなぁ……。推理が迷宮入りしそうだ。


 コーコの左斜め前、シキの右隣に座る、黒縁眼鏡に黒髪ツインテールのオタク少女。

 これまた認めたくないが、「陽菜がオタク沼に沈んだら、こうなってしまうだろう」と容易に想像できる姿だった。


 彼女リッカが言う『銀河カウボーイ・ステップ』とは、大手週刊誌で連載されている少年漫画だ。

 しかし女子人気も非常に高い。イケメンなキャラが多数登場し、バトルありギャグあり人情話ありと、あらゆる漫画の中でも高い人気を誇っている。

 作中で使用されたネタやフレーズがネット上でも使用され、主人公ステファンの口調やファッションを真似する『銀ガール』も多数存在すると聞く。


 以前に俺が貸した『銀河カウボーイ』を読んで陽菜も熱中しハマって、一時期は熱心にグッズを集めていたはず。

 いやだが『銀ガール』はたくさんいるし、それだけで「陽菜本人だ」とは断定できない。

 でも、しかし、うぅむ……。


 一体、誰が本物の陽菜だ? この中に本物はいるのか?


 そう悩んでいると――赤いドレスを着た縦ロールヘアーの金髪お嬢様が、先ほど叫んだ俺と似たような勢いで、椅子をガタンッ! と鳴らしつつ立ち上がった。


「ネクスト!! 待ちくたびれましたわお兄様ブラザー! テキサスを愛し、オクラホマに愛された女! 『東海岸の赤い稲妻』こと、ワタクシ『ヒナ・セブンス・カシワギ』こそが本当の陽菜トゥルー・ヒナですわ~~~!!!! テキサスもオクラホマも、行ったことないですけど!」


「ダウトォォォォォォ!!! キミは! キミだけは絶対に陽菜じゃねぇええええ!! 『陽菜いもうと探し』推理の候補から、真っ先に除外するわ! ハイこれで残り9人!!」


「はへぇえええええええええ!!? あ、あんまりですわブラザー!!」



 俺の妹が、こんなにアメリカ人なワケがないだろ!!!

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