魔王軍との戦いを実況配信して魔力を稼ぐことになった話

星野純三

第1話

 満月の夜だった。

 おれは切り立った崖の上から、森のはずれにある騒々しい砦を見下ろす。


 どうやらパーティの真っ最中のようだ。

 パーティの主役は異形の怪物たちである。


 無数の触手を持つ全長四メートルの毛玉、ローパーと呼ばれる化け物がいた。

 人の倍の背丈で四つの腕を持つ、ギガントと呼ばれる巨人がいた。

 三つの頭を持つ竜、キマイラと呼ばれる怪物がいた。


 大狼が、一本角の小鬼が、緑の肌の小人が、甲殻を背にかついだ爬虫類が、双頭の異形がいた。

 合わせて、およそ五百体。

 いずれも魔物、魔族と呼ばれる存在であった。


 魔王軍。

 魔王に率いられた軍勢だ。

 一般に人型の化け物を魔族、それ以外を魔物と呼ぶが、その線引きは厳密ではなく、そもそも魔族や魔物は自分たちをそういう風には区別していない。


 彼らは、自分たちをこう呼ぶ。

 真種トゥルース


 真種トゥルースに共通しているのは、いずれも人の仇敵であることである。


 たとえば、今、砦の中庭では、いくつもの松明の明かりのもと、知性の高い魔族たちによるゲームが行われている。

 囚われた人間の四肢を少しずつちぎって、何度目で死ぬか競うという、たいへんに知的なゲームだ。

 隅の方では、泣き叫ぶ母娘を嬲っている小鬼たちの姿がある。


 捕まった兵士たちが、互いに剣を向けて、剣闘士の真似事をさせられていた。

 かつての同僚である相手を殺した兵士は、奴隷たちの見張り役として生き延びることができるらしい。

 奴隷というのはもちろん、真種トゥルースの支配下に置かれた人類のことである。


 この砦はかつて、この緑豊かな国の要衝につくられた。

 隣国から攻め寄せる軍勢を幾度も跳ね返した難攻不落の砦として名高かった。


 でも、そんな場所も、魔族と魔物の軍勢を前にして、半日も保たなかった。

 逃げ延びた兵の話によると、キマイラに乗った軍勢が空から押し寄せて見張りの兵を殺し尽くし、ギガントが大岩を投擲して砦の壁を破壊したという。


 人間同士の戦いのためにつくられた砦が、空中からの攻撃やカタパルトより強力な投擲兵器の飽和攻撃なんて想定してるわけがないのである。

 でも、その砦があるから、とこの国の人々は自信満々で、結果的に周辺の民は逃げ遅れて、その大半が魔王軍の奴隷となった。

 あそこで遊ばれている人々は、その一部である。


 そういうわけで。

 仕事を始めようか。


 おれは手にした小杖ワンドを振るう。

 おれの身体が虹色の光彩に包まれ、たくましい身長百八十センチの二十歳男性から、身長百四十センチの十一、二歳にみえる可憐な少女へと変身する。


 秋の稲穂のような金髪が、透き通るような銀髪に変化した。

 海の底のような紺碧の瞳が、ルビーのような紅色に変化した。


 着ている服も、身体に合わせた簡素な革鎧から、派手な桃色のワンピースに変化した。

 際どいくらい短いスカートには、フリルがたっぷりついている。


 自己変化の魔法セルフポリモーフ

 おれが使える、たったふたつの魔法のうちのひとつだ。


「いいねいいね、兄さん! 今日もかわいいよ! キュートだよ!」


 そばで一部始終をみていた十五歳の少女が、いえーいと拳を振り上げて、興奮していた。

 おれの妹のシェリーである。

 兄が女性になることで興奮する性癖なんて、どうしてこうなった。


「シェリー、いつも通り、アシスタントを頼む」

「はいはーい、任せて!」


 妹が己の小杖を振るう。

 ぽん、とワンドの形状が変化し、白い小鳥になる。

 小鳥はぱたぱたと羽ばたき、おれの方をみながら、ホバリングでおれのまわりをぐるりと一周した。


 小鳥の目が、小鳥の耳が、カメラとマイクとなって変身後のおれの姿と声を遠くに伝える。

 おれの前世におけるドローンカメラのようなものだ。


 これが妹の使う魔法のひとつ、物体変化の魔法オブジェクトポリモーフであった。

 ちなみに妹は器用で、たったふたつしか魔法が使えないおれと違って、五十以上の魔法を自在に使いこなす。


 単純に、才能の差だ。

 お兄ちゃんは悲しい。


 いや、まあいいんだ、今は。

 それより、きっと遠方のあちこちで、今ごろ無数の人々が映像ヴィジョンをみているはず。


 おおきく息を吸い込んで、吐く。

 さあ、放送・・を始めようか。


「日々魔族や魔物と戦う勇敢な人類のみなさん、こんばんわ!」


 美少女になったおれは、ぱたぱた飛ぶ小鳥に向かって手を振った。


「今日も王国放送ヴィジョンをみてくれてありがとう! ヴェルン王国特殊遊撃隊所属のアリスだよ!」

「アリスお姉ちゃん・・・・・のアシスタント、シェルだよー」


 妹が画面の外から変声魔法で媚び媚びな声を出して自己紹介する。

 いや、おれも媚び媚びだけど。


 名前を変えているのは、魔王軍のスパイ対策である。

 おれがこうして変身してるのも同様だ。

 なんせ、今、この映像はヴェルン王国中に流れているからな……。


 そう、妹が行使する小鳥の目と耳を通して音と映像が伝わり、それが今、ほぼリアルタイムで彼方の地で放映されているのである。

 魔法による広域同時通信技術、すなわち王国放送ヴィジョンシステムだ。


 システムを閲覧できる端末は王国内のどんな村でも最低ひとつ、小さな町でも二、三か所、王都ともなれば百か所以上も設置されている。

 今、それらのシステムが一斉におれの映像を映し出し、民も騎士も貴族も食い入るようにおれのかわいい顔をみつめているはずであった。


 ああ、気分がいい。

 最高だ。


「今日はアリス、先日陥落したエルトラ砦に来ていまーす。この砦は東エルド共和国が西エルド王国との国境いに建てた堅牢な砦で、八回に渡る大侵攻をことごとく退けたことで有名ですね。でも、魔王軍の前には無力でした」



:アリスちゃん、コメントみてるー?

:魔王軍ってそんな強いの?

:それはそう

:普通の砦、空飛ぶ魔物には無力でしょ

:アリスちゃんきゃわわ

:東エルドもだらしないよね

:そもそも先に滅亡した西エルドの方が国力は上だったんでしょ?

:西エルドの難民を追い返したんだっけ

:そう、だから東エルドは情報収集不足で魔王軍に浸透された

:アリスちゃん、こっちみて笑って



 視界の隅に半透明で表示されるコメント欄が、高速で流れる。

 王国放送ヴィジョンシステムの副次的な機能で、各端末からコメントを送ることができるのである。


 もっとも、それが可能なのはコメントが機能を個人で使用できる者、つまりある程度特別な立場の者たちであり、つまり現在のところ、貴族や一部上級騎士、それに王族たちの特権であった。


 ねえ、なんでそんな特別な人たちが「アリスちゃん笑って」とかコメントしてるの?

 うちの国の貴族、馬鹿ばっかりなの?


 っていうか誰がコメントしてるかこっち側ではわかるシステムなんだけど、おれの正体を知ってるはずの王族まで「アリスちゃんきゃわわ」とかコメントしてるのなんで?

 もう駄目だようちの国。


 まあ、いいや、演出・・を続けよう。

 小鳥に向かってにっこりとしてみせる。


 笑った、おれに笑いかけた、いやおれだ、とコメント欄が沸く。

 ちょろい。


「これからアリスはエルトラ砦に巣くう魔王軍を打倒し、砦を人類の手に奪還したいとおもいまーす。みなさん、応援、螺旋詠唱スパチャ、よろしくお願いします!」


 螺旋詠唱スパイラルチャントは画面の向こう、つまり王国放送ヴィジョンシステムの端末から特殊な方式によって魔力を供給する機能のことである。

 ただしこの魔力供給、供給する側がけっこうな魔力を消費するうえ、高価な触媒が必要となる。


 必然的に、その使用者は魔力豊富な騎士魔術師や貴族魔術師、王族魔術師に限られてくる。

 おれとしても、彼らの歓心を惹き続けていくのは死活問題であった。


 なにせ螺旋詠唱スパチャシステムがなければ、おれなんて三流の騎士に過ぎないのだから。


「それじゃ、いっくよーっ」


 おれは元気よく叫ぶと、崖から飛び降りた。

 強い風を浴びて落下しながら、手にした小杖ワンドを振るう。


 自己変化の魔法セルフポリモーフ

 背中から、二枚の白い鳥の翼が生えた。


 この魔法を普段使いするため、ワンピースの背中側はおおきく開いている。

 おれがセクシー路線を模索しているわけでは、けっしてない。


 更に、もう一度、小杖ワンドを振るう。

 肉体増強フィジカルエンチャント

  これが、おれが使えるもうひとつの魔法だ。


 白い翼が、ちから強く羽ばたいた。

 風を掴み、滑空する。



:飛んだ! アリスちゃんが飛んだ!

:肉体の延長線上として翼を生んで動かすの、かなり難しいんじゃないっけ

:難しいはず

:かなり訓練いる

:そんなことよりパンツ見えた



 見せパンだよ。


 おれはゆっくりと旋回しながら、砦に向かって、落下していく。

 魔王軍の魔族と魔物は、未だ宴に夢中で上空から接近するおれに気づいていない。


 さて、それじゃまず、大物から仕留めようか。

 キマイラに狙いを定め、身体を傾けて急速降下する。


 キマイラは全長十メートル近い巨体を持つ、恐竜のような胴体とコウモリの翼、三本の首を持った魔物だ。

 その戦闘力は、単体で騎士一千人以上に相当するといわれている。


 たったの一体で、小国をひとつ滅ぼしたという記録があった。

 一万人の兵士で攻めかかり、返り討ちにあったという記録があった。

 魔法を操る熟練の騎士が百人がかりで立ち向かい、半数を犠牲にしてかろうじて討伐したという記録があった。


 とびきりの化け物だ。

 三つの首からそれぞれ炎や酸、毒霧を吐き、自由に空を舞う。

 知性も高く、一軍の指揮官であることも多い。


 今回も砦の広場の中央に鎮座していることから、おそらくあの魔王軍の部隊を率いているのはあのキマイラなのだろうと見当をつけた。

 よって、最初に始末する。


 脇の鞘から左手で小剣を抜いた。

 刃が月明りを浴びて、銀色に輝く。


 おれは落下の勢いを乗せて、キマイラとすれ違いざま、小剣を振るった。

 一度。

 二度、そして三度。


 肉体増強フィジカルエンチャントによって強化された剣筋は、ほぼ同時に三つの斬撃を繰り出してみせる。

 キマイラの三本の首が、ことごとく胴体から離れた。


 キマイラは断末魔の声もあげられず、どうと地面に倒れ伏す。

 周囲の魔族と魔物たちが、なにごとかとキマイラの方に視線を集中させる。


 その間に、おれはもう別のところにいる。


 行き掛けの駄賃で四本腕の巨人、ギガント三体の首を刈った。

 続けて無数の触手を持つ巨大な毛玉、ローパーのひとつ目に刃を叩きこみ、これを始末する。

 ついでにその近くにいた一本角の小鬼たちの首を、五つばかり刎ね飛ばした。


 魔族と魔物が戦場には不釣り合いな格好で大暴れする小柄な少女を発見するまでの間に、おれは二十体ほどを始末し終えていた。

 そして、彼らは桃色のワンピース姿のおれをみて、目を白黒させる。


 なにが起きているのかわからないのだ。

 おれがこいつらにとっての死神であるということを理解できないのだ。


 なら、理解させてやろうじゃないか。


「そーれっ」


 明るい声で叫び、拘束した女たちを嬲っていた緑の肌の小人の群れに突進する。


「悪い子は、お仕置きだよっ」


 小剣を十二回、振るった。

 十二の小人の首が宙を舞う。


「次はこっち!」


 続いて、老人の手足をもぎ取り悲鳴を愉しむというセンスある遊びをしていた双頭の巨人が近くにいたので、これの手足をすべて斬り飛ばす。

 絶叫をあげて倒れ伏す巨人は放置して、次に近くにいた爬虫類の肌をした魔族の群れに突入する。


 この爬虫人、リザードマンという名の魔族は、首を刎ねると緑の血を噴き出して倒れていく。

 七体倒したところで、残りが背を向けて砦の外に逃げ出した。


「あははっ、リザードマンって逃げるときに尻尾をくるくる巻くんだね! 尻尾を巻いて逃げ出してる! 無様だね!」


 煽りはするが、逃げる敵は追わない。

 それよりは、今後を考えての大型の殲滅だ。


 実際のところ、ここまででたいした量の螺旋詠唱スパチャを得ていたのだけれど、同時にふたつの魔法を維持するためにだいぶ魔力を消費してしまっている。


 具体的には、平均的な騎士の魔力量を100として……。

 今回得た螺旋詠唱スパチャが17361、消費したぶんが9812。


 おれは魔力量でいうと、極めて平凡な騎士だ。

 そんなおれの継戦能力を担保するのは螺旋詠唱スパチャである。


 短時間で、とはいえ百倍以上の力を発揮できているのだ。

 お布施はいくらあってもいい。


「さてさて、次はあっちのギガント五体、いってきますかーっ」


 四本の腕で子どもの死体を弄んでいたギガントの集団に向かう。


「なんだぁ、てめぇ! ガキが、てめぇも五体ばらばらにしてやる」


 ギガントたちは子どもの死体を捨て、怒声と共に棍棒を握って、こちらを向くが……。


「バラバラになるのはどっちかな?」


 遅い。

 おれは螺旋詠唱スパチャをつぎ込んで肉体増強フィジカルエンチャントを増強し、一段と加速する。


「くふふっ、でくのぼうは頭に血が巡るのも遅いのかな?」

「こんのっ、クソガキァっ!」


 ギガントの棍棒が広場の地面をえぐり、土埃が舞う。

 だがそのとき既におれは棍棒の下をかいくぐり、敵の懐に飛び込んでいた。


 おれの小剣が煌めく。

 一体のギガントの両目を切り裂き、暴れるその個体の隣にいたやつの膝を断ち切る。


 残りの三体がおれを見失う。

 おれはその間に、敵の背中にまわっている。


「血の巡りが悪いなら、アリスがよくしてあげるね?」


 巨人たちの後ろから跳躍し、一体の後ろ首を断ち切った。

 もう一体の脳天に刃を突き立て、その一撃は骨を貫通して脳をえぐった。


 残る一体はおれに対して振り向いたところで首筋を一閃する。

 喉を切り裂かれ、赤い血を噴き出して、そいつは絶命する。


「ガキのくせに化け物だ! 逃げろ!」

「逃げるな! 戦え! こんなメスガキに背を向けるな!」


 おれの存在に気づいた魔族や魔族の反応はふたつだった。

 立ち向かってくるものと、逃げるものだ。


 小鬼や緑肌の小人は逃げ出す者が多かった。

 こいつらは一般兵でも倒せる程度なので放置する。


 ざっと、逃げる敵が七割、立ち向かってくるのが三割といったところか。

 小型、中型の比較的知性が高い魔族は、だいたい逃走を選んでいる。


 対してローパーや双頭の巨人は知能が低いのか、無謀にも立ち向かってくる。

 都度、おれは螺旋詠唱スパチャ肉体増強フィジカルエンチャントにつぎ込んで、これを始末する。


 視界の片隅に浮かぶコメント欄が高速で流れていた。

 戦うのに懸命で、コメントを目で追うのも難しいが……。



:その調子だ、やってしまえ!

:ローパーは嫁と娘の仇なんだ、殺してくれ!

:なんだこの娘……強すぎる……

:うちの国は、こいつらになすすべもなく蹂躙されたんだぞ……

:これがアリスですよ

:我が国の誇りです



 他国から逃げ延びてきた貴族が、ガンガン螺旋詠唱スパチャを飛ばしてくれている。

 そりゃおれの活躍に螺旋詠唱スパチャをつぎ込むのは、効率のいい復讐の手段かもしれんが……。


 いや、おれが自国を解放してくれるとか思ってるのかな。

 そういう風にうちの国の上層部が抱きこんだのかもしれないな。


 まあ、いいさ。

 せいぜいおれに貢いでくれたまえ。


 それが、この世界を救う、ただひとつの冴えたやり方なんだから。


 そう、この滅亡が約束された世界で、それを覆す唯一の方法なのだから。



:その我が国の誇り、さっきから口が悪くない?

:興奮すると煽り出すアリスちゃんかわいい

:天然なのかな? 計算かな?

:何故だろう、アリスちゃんの煽りを聞くと興奮してくる



 一部変態さんがいるね?

 しかもそのコメントID、うちの王子だね?


 おれはそれからも暴れ続けた。

 一時間ほどで、動く魔王軍の姿は消える。


 積み上げた魔族と魔物の死骸は、ざっと百五十体ほど。

 残りはみんな、逃げてしまった。


 そいつらは別動隊が始末するだろう。

 わざわざおれが相手をする必要はない。


 捕虜として、奴隷となっていた人々が、呆然としつつも、戦いを終えたおれのもとに集まってくる。

 おれは愛想笑いを浮かべて、彼らの代表であるという傷だらけの騎士と、今後についての話を始めた。

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