エピローグ1(命の選択)
担当者さんとテーブルを挟んで向かい合っている。
モニターとして、これまでに感じた事などを報告するためだ。
報告というより、そう、辛い、苦しい、悲しい、そういう思いを語っていたかもしれない。
「貴重なご意見、たいへんありがとうございました。
では、本件失敗でございますね」
マイナスな報告を聞いて、特に反論もせず早々に納得し、そして見せた表情、それは、なぜか普通の笑顔だった。
「そうなんですか?」
意外な答えと表情に、つい聞き返してしまった。
「それから、たいへんご迷惑をおかけいたしました。
しかし、この結果を持ちまして本サービスは採用されないことでしょう。
……本当によかった。
今後、無駄に人の命を亡くす事にならずに……
今回の四人の方には、本当に本当に申し訳無いことをしました。
尊い犠牲と言う言葉では軽すぎて形容のしようも無いです」
「はい。 わたし、最初はまったく気にして無かった。 わたしが本当に馬鹿だった」
「やめておけば良かったと思われますか?」
「いえ、そうは思わないです。
でも、何が正しいのか、わからないの……」
「考えるのはおやめなさい。
答えは雲の上で出されてしまった。 だから、このサービスは存在してしまった」
「あなたは、平気なのですか?」
「わたくしだって好きでやってる訳ではありませんし、納得しているわけでもありません。
仕事で無ければ絶対にやりませんよ」
「ごめんなさい」
担当者さんは、首を横に振ってから、声のトーンを落として話を付け加えた。
「クローンも記憶の操作も今後必要になる技術です。
……すいません、語弊がありました。本来不要ですが、他国が有する事が確実であるため、わが国にも不可欠なのです。
そして、他国に負けないためには、国が全面的にバックアップする必要があり、国としても大手を振って補助が出したい。
だから、一般に認知させる必要があった。
そんな都合で始まったサービスです。
CM等も多かったでしょう?」
「わたしが知ってるくらいですもんね」
「ですので、今更、苦情が増えても頓挫することは許され無いのですが……
それでも、今回の企画は度が過ぎている……。
……さて、一体を作る単価がおいくらだと思われますか?」
担当者さんは、一瞬だけど初めて険しい顔をしてから、わたしに質問を返した。
「百億なんじゃ? あ、違うか、人としての存在がどうとかの費用が高いって言ってましたっけ」
「二億です」
「え?」
「ぼったくりと思われますか?
一体の完成品を作るのに、およそ百体作るのです。 人間の形まで成長できない者もありますが……」
「そ……んなに……」
当然知らなかったし想像もしていなかった。
「ええ、そんなレベルで一般向けに初めてしまったのです。
補足ですが、もちろん彼らの体は再利用されます。 詳しくは申しませんが……他の人の命を救うことにもなります。
その売却費で残りの百億と利益を確保します。 製造単価二億で百人だと大赤字ですからね」
「じゃ、五人って事は…」
「ご安心ください……というのもおかしいですが、今回は企画の検証ですので百体です。
その中から五体選択してあります」
「それでも、既に九十五人の彼が殺されたってことなのね」
思わず口にしてしまったが、担当者さんは、特に肯定もせずに話を続けた。
「このサービスが採用となれば、精度向上のため制作数は五百体となります。
つまり、四百九十九体の死体ができあがる。
数が増えれば単価自体は下がり弊社は利益増大です。
もっとも、サービスを選択するかどうかはお客様次第……といっても、そもそも破格ですから費用に拘る方はほとんどいないでしょうね。
ですが、わたくしには、それでも許せないのです」
その感情はわかる。 だけど、助かる人が増えるなら……。
そんな風にも考えてしまう私には、確かに答えは出せないし、決める権利も資格も無いのだ。
わたしは、彼を生き返らせてしまったのだから。ましてや、四人目の彼を欠陥品と考えてしまった。物扱いに他ならない。
「さて、あなた様にはお詫びをしなければいけません」
「お詫び?」
「はい、五人のうち、三人目の記憶の一部を消し、四人目は性格に欠陥のある者を選択しました」
「え?」
「一人目と二人目が本来の製品候補でした。 そのため、そのどちらかを選択いただける前提でございます」
「それは、わたしを利用したということですか?」
「結果は同じになると思いました。 その分を考慮しての値引き二億でございます」
「そういうことですか……。
……あなたを許すのは難しいですが、彼が嬉しかったと言ってくれたから、それでチャラです」
「あなた達は優しいですね。
お礼と言ってはなんですが、何かご希望はありますか?
わたくしに出来る事であれば……」
担当者さんの目が、まだ何かを考えていそうに見える……気がした。
「じゃあ、お願いがあります」
「どうぞ」
「彼らについて……」
担当者さんとの話が終わり、わたしは家に向かった。
後は、十二月二十五日を待つだけだ。
今日、お母さんに伝えよう。
怒られるかもだけど、もう決めた事だから。
それに、今、わたしの心はわくわくしている。
担当者さんのこと、今度会ったら、山田さんって呼ぼうかな……。
そういえば、なんか街に流れてる音楽って、クリスマスの曲?
あれ、景色も、イルミネーションとか装飾とか、全然クリスマスじゃん。
そうよね、もうすぐクリスマスなんだ、いつから、こんなに街は煌めいていたのだろう……いつから……。
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