62話 ユージンは幼馴染と語る

「………………」

「………………」

 俺とアイリは、ピアニストが音楽を奏でる料理店レストラン内で静かにディナーを食べている。

 

「あ、アイリ皇女殿下。こちらが本日の前菜となっております」

 給仕が緊張した面持ちで、食事を並べる。

 

 恐らく原因はアイリの思い詰めたような表情だろう。

 すでに席について10分ほどが経っているが、アイリはほとんど口を開かない。


「あの~……アイリ様?」

「…………昔みたいに、呼び捨てにして」

 俺が話しかけると、ぽつりと言い返された。


「えっと……アイリ。それで用件って何?」

「なによ。用件を聞いたらすぐ帰る気?」


「いや、そんなことは……」

「じゃあ、急いで聞き出さないでいいでしょ!」

 ツン! とそっぽを向かれた。

 

(……俺の幼馴染がめんどくさい女になってしまった件)


「私のこと面倒な女って思ってるでしょ」

「イエイエ、マサカ」

「顔にそう書いてあるわ」

「…………」

 あっさりと心中を読まれる。

 この辺は昔から変わってない。


「こちらは真珠海亀パールタートルのスープでございます」

 そんな会話をしていると、次の食事が運ばれてくる。

 コース料理というやつだろうか。


 迷宮都市や魔法学園にはそんな畏まった料理は無いし、士官学校時代も食事は質素なものだった。

 いまいちマナーがわからず、俺は目の前のアイリの様子を盗み見して真似をした。


 やがて次の料理が届いた。

 白身魚を揚げて野菜のソースがかかった料理だ。


 アイリは上品にナイフとフォークを扱い、美しく切り分けた食材を口に運ぶ。

 ぱらりとした前髪を耳にかける仕草すら、気品があった。


「ユウは食べないの?」

「た、食べるよ」

 俺の視線に気づいたアイリに促される。

 俺はなれない手付きで、料理を口に運んだ。


(う、美味っ……!)


 食べたことのない味だが、美味しいことだけはわかった。

 アイリはグラスに入った葡萄酒ワインを飲んでいる。


 俺も一口飲んだが、たまに迷宮都市の酒場で注文する一杯300Gの安ワインとは別物だった。

 あまり酔わない体質だが、アルコールのせいもあって緊張感はなくなってきた。

 

 みるとアイリの表情もやや和らいでいる。

 さて、ではそろそろ本題を伺おうかと思っていると




「おや……、珍しい組み合わせだな。お前たちも来ていたのか」




 突然、横から声をかけられた。


 パッと振り向くと、そこには尊大な態度でこちらを見下ろす高貴な空気を纏った男が立っていた。

 その顔に見覚えがあり、俺はすぐに立ち上がり挨拶をした。


「アシュトン皇太子殿下、ご無沙汰しております!」

 皇帝陛下の第一子、そして皇位継承権第一位の皇太子殿下だった。


 アイリや俺とは10歳以上歳が離れているため、俺の士官学校時代には既に卒業されていたがアイリと一緒にいる機会が多かった俺は顔を会わせる機会が何度かあった。


 帝国軍における階級は最高指揮官である『元帥』のひとつ下の『大将軍』。


 軍内部の人望は厚く、『蒼海連邦』との国境付近で頻発する紛争を少ない被害で解決してきた実績も十分という、紛れもなく皇帝の座にもっとも近い人物だ。


「堅苦しい挨拶は不要だ、ユージン。久しぶりだな。少し邪魔をするぞ」

「兄さん、食事中に話しかけてくるのはマナー違反ではないかしら?」


「そういうな妹よ。私は心配しているのだ。明後日の『大魔獣』の再封印において、お前の率いる隊が『』になったと聞いてな。いくらなんでも皇族のすることではない」


皇帝陛下ちちうえはお認めになったわ。とやかく言われる筋合いはありません!」

「アイリ! 囮役って……」


「ユージンよ、聞いていなかったのか? であればお前も妹の暴走を止めてくれ」

「暴走などしていません!」

 アイリが軽くテーブルを叩くと、食器がカチャンと音を立てた。


「帝の剣様も心配されていたぞ。自分の持ってきた情報で、この作戦に決まってしまったことを」

「それは……」

「親父が、か」

 そりゃそうだろう。


 親父からしたら、アイリは娘のように可愛がっている弟子だ。

 それが大魔獣の囮なんて、賛成するはずがない。


「邪魔をしたな。言いたかったことはそれだけだ」

 カツカツ、と足音を響かせアシュトン皇太子殿下は去っていった。


 どうやら食事をしにしたのではなく、アイリに話があってきただけのようだ。

 だが、俺はそれどころではなかった。


「どういうことだ!? 大魔獣の囮ってのは……」


「帝の剣様……、ユウのお父様からの情報で、囚人を使った『生贄術』では失敗するということがわかったわ。必要なのは『帝国に忠誠心を持っている者』の魂。だから皇帝陛下は、帝国のためにその身を捧げることができる人材を募集したの」


「それにアイリが選ばれた……?」

「最初は誰も手を上げなかった。……当然ね。でも私はチャンスだと思ったの。もしこの危機を乗り越えられたら、一気に皇位継承権を上げることが……」


 俺はアイリの言葉を遮り、言った。


「生贄術をわかってるのか? 自分の『寿命』を消費する禁呪だ。死んだら皇帝になるも何もないだろ!」

 俺は店の中であるにも関わらず、思わず声を荒らげた。


「……大丈夫よ。聖国カルディアの女神教会へ依頼して運命魔法の熟練者が手助けにくることになっているの。彼らなら死なない程度に、生贄術を使って大魔獣を再封印することができる強力な魔法を発動できる。それに『善行』を積むことで『寿命』を戻す魔法を女神教会の神官が使えることは知っているでしょ? だから……死ぬことはない、はずよ」


「生贄術を禁じたのは女神教会のはずなのに……、聖国では使い手がいるのか」

 その事実に驚いた。

 聖女候補のサラは、このことを知っているのだろうか?


「ね、……だからユウは心配しないで」

 アイリは、儚く微笑んだ。


「心配するなって言われても……」

「ねぇ、それよりユウの話を聞かせて。魔法学園でどんなことをしてたのか。それから……ほら、可愛い恋人が二人もいる話とか。……本当に恋人なの? ユウって士官学校時代は全然、女に興味なさそうだったのに」

「!?」

 急に予想外の方向に話が振られた。

 

「そ、それはアイリだって同じだろ。今はあのベル……なんとかって男が婚約者なんだろ」

 俺は取り繕うため、そんな言葉を返した。


「あぁ……、うん。彼は……まぁ、皇族って立場上、成人した皇女に婚約者がいないわけにはいかないから、仕方なくってやつよ」

 アイリは少し目を泳がせながら、言った。


 あまり言いたい話題ではないようだ。

 アイリが話題を変える。 


「ね! 最終迷宮ってどんな感じなの!? 迷宮内の魔物って帝国にいるのより強いの?」

「どうかな、俺はまだ百階層だし。そこまで強くはないと思う」


「いや、百階層って十分でしょ」

「五百階層までは長いよ」


「……本気なの? 五百階層って」

「当たり前だろ」


「私の大魔獣の作戦より、よっぽど無茶苦茶じゃない。500年破られてない伝説の記録なのよ?」

「だから挑戦のしがいがある」


「変わってないわね、ユウって」

「そうか?」


「そうよ。ところで剣の腕は磨きがかかってるわね。神獣と戦った映像記録魔法を見たわ」

「あれは、かなり久しぶりに剣を握ったんだけどな」


「え? うそ。そうなの!? どうして?」

「……に振られて、ずっと剣を握ってなかったんだよ」


 アイリの顔がひきつる。


 おっと、言うつもりなかった言葉が口から出た。

 飲みすぎたかもしれない。


「……ん~、あー、そっかぁ」

「なにか言うことは?」


「ち、違うの!!」

「違う? 何が」

「き、聞いてよ!! 本当は……」


 そう言って、アイリは語り始めた。


 久しぶりにたくさん幼馴染と話すことができた。


 少しだけ昔に戻ったような気がした。


 途中、何度もアイリに謝られた。


 『選別試験』のあと、俺に距離を置こうと言ったこと。


 本当は、ずっと連絡をとりたかったこと。


 長い間会話したが、店の閉店時間が近づいてきた。


 俺とアイリは、店の外へでた。


 アイリは大魔獣の作戦会議をしている帝国軍の参謀会議へ出席するらしい。


 酔いを醒ます魔法を自分にかけ、アイリは馬車に乗って去っていった。


「ゴメンね、ユウ」

 最後に言われて、俺は「いいよ」と答えた。

 

 アイリが去ったあとも、俺は同じ場所で考えこんでいた。


 どうやらアイリは、俺に謝りたかったらしい。


 それができて、少しだけ晴れやかな気持ちで帰っていった。


 だけど、俺は過去の出来事より、未来の事件に懸念していた。


 頭の中には皇太子殿下の言葉がずっと残っている。



 ――大魔獣の囮。



 それは本当に、アイリが言う通り成功するのだろうか?


(嫌な予感が拭えない……)


 ただの勘だ。


 神獣ケルベロスと出会う前の二十階層。


 魔王が出現する直前の百階層。


 それと同じような、嫌な予感。


 それを確認するため俺は家に戻らず、別の場所へと足を向けた。




 ◇




「……母さん」

 俺は、先日親父と一緒にやってきた共同墓地内にある森の中の教会へやってきた。


 母さんと会えるのは、一年に一日だけ。


 しかし、声を聴くだけなら可能だと教えてもらっている。


 俺は返事が来るまで何度も呼びかけるつもりだったが、思いの外すぐに返事は返ってきた。




(あら、ユージン。母さんの声が恋しくなったのかしらー☆) 


 


 頭の中に、天使かあさんの声が響く。


「聞きたいことがあるんだ」 

「あら? 真剣な話なのね。どうしたの?」

 母さんがすぐに察して、口調を改めた。


 俺はアイリから聞いた新たな作戦を、天界にいる母さんへ説明した。


 


 ◇




(駄目ね。多分、再封印の成功確率は半分以下。あと生贄術をかけられた人間は、ほとんどが死ぬわ)


 母さんが断言した。

 運命の女神様に仕える天界の天使である母さんがだ。


「じゃあ、どうにかする方法を知りたい」

「……そう言われてもね」

「お願いだ! 母さん」

「仕方ないわね~」

 俺が頭を下げると、若干うれしそうな声になった。


  

 ――その日は、夜通し小さな教会内で作戦会議を行った。

  


 家に戻れたのは朝だった。


 部屋に戻ろうとすると、スミレとサラに捕まった。



「あー! ユージンくん、朝帰りだー!」

「ま、まさか例の幼馴染さんと一緒にずっと……」


「そ、そんな……私たち捨てられるの?」

「駄目よ、そんなこと言っちゃ! 捨てられるのはスミレちゃん一人で十分よ!」


「は? 燃やすよ?」

「やれるものならやってみれば?」

 スミレとサラが、一触即発の状態になる。


 いつものことだが。

 だから、俺もいつも通り二人に声をかけた。


「スミレ、サラ。二人に頼みがある」


「「いいよ」」


 即座に、二人同時に『了承』の返事が返ってきた。


「まだ何も言ってないんだけど……」

「ユージンくんの頼みを断るなんて無いって」

「で? 何をすればいいのかしら」

 

 俺を真っ直ぐ見つめる二人の瞳。

 

「ありがとう……」


 俺は徹夜で、立てた作戦をスミレとサラに伝えた。 



 そして向かう先は。



 ――皇帝陛下のいるエインヘヤル宮殿。


 その謁見の間。


(爵位を貰っておいてよかった……)


 宮殿内には、名乗るだけで入ることができた。


 謁見の間はさすがに止められたが、そっちも親父の名前で強引に押し通った。

 

 謁見の間は、『明日』の大魔獣の再封印の作戦会議の大詰めだった。


 帝国軍内の作戦会議の最終案が作成され、皇帝陛下の承認を得ている段階なのだろう。


 俺は小さく、深呼吸をした。



「失礼いたします!!」

 

 

 俺は声を張り上げ、広間内の全員の視線を受けた。


「ユージン殿! そなたは呼ばれておらぬであろう!」

「後ろの二人は何者だ! 部外者を入れるなど!」

 帝国貴族らしき者が、こちらに詰め寄ろうと近づいてきた。

 が。




「用件を述べよ。ユージン・サンタフィールド」




 皇帝陛下の声が、広間に響いた。

 それによって広間内に静寂が支配した。



「恐れながら申し上げます。明日実行されようとしている大魔獣の再封印の計画は、おそらく失敗いたします! これは私の知るもっとも運命魔法に精通している者からの情報です」

 そう言って俺は親父に視線を送った。

 親父はすぐに察してくれたようだ。


「ユージンは嘘を言っていない」

 親父が俺の言葉に続けてくれた。

 それによって反論をしようした者たちが、口を閉ざす。



「それで? 用件はそれだけか?」

「いえ、ここからが本題です」

「聞こうか。代案があるのだろう?」


 どうやら俺の意図は、皇帝陛下は承知のようだ。

 おかげで話しやすい。


 俺は小さく、息を吸い、言葉を発した。



「皇帝陛下、私に大魔獣を『討伐』する案がございます」



 皇帝陛下の謁見の間で、俺はそう宣言した。

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